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2月13日(日) 旧暦1月13日
朝起きて新聞をとりにでたら、目の前の畑にいちめんの霜。 ![]() 春の霜である。 ![]() ![]() 春の霜を踏むわたしの足。 あはっ。。。(実は寝間着姿のままなのね) 先見ゆるいのちなりけり春の霜 石塚友二 新刊紹介をしたい。 A5判ソフトカバー装帯有り 194頁 詩人・河津聖恵(かわず・きよえ)の最新詩集となる。 30篇の連作からなるこの詩集は、江戸期の絵師・若冲へのオマージュである。 そしてすべて若冲の作品に触発されて書かれたものだ。 詩集は、序章、第一章、第二章、第三章、第四章、終章からなる連作詩編と、それぞれの詩に対応する若冲の絵の解説があり、若冲略年譜、あとがきからなる。 詩集の解説のはじめに「●連作の始まり」と題して、この連作詩をはじめるにいたった契機などが記されてあるので、それを抜粋して紹介したい。 二〇一六年から五年半をかけて、江戸時代中期の絵師伊藤若冲(じゃくちゅう)の絵をモチーフに連作で詩を書きました。描かれてから二百数十年後あるいは生誕三百年ほど後に、若冲の絵をめぐって詩を書くこととはどういうことなのか、なぜ自分はそのような試みを続けてきたのかと今も考えます。最初から連作を意図していたわけではありません。一篇一篇、なぜ若冲なのかを考えつつ手探りで書きました。振り返ればそこにはつねに、鮮やかな「神気」あふれる絵に詩を触発されようとする自分がいました。この連作詩は、むしろそのような自分にひそむ欠如をめぐって書かれたものだと言ってもいいかも知れません。この今だから、この私だから若冲だった、と。(略) この詩集のタイトルは「綵歌(さいか)」です。「綵」の字にピンと来る方も少なくないと思いますが、これは若冲が一七五八年(43歳※1)頃から着手し、およそ十年をかけて完成した三十幅の花鳥画の題名「動植綵絵(どうしょくさいえ)」から採っています。安易な発想かも知れませんが、やはり若冲の絵へのオマージュを込めようとすれば、これしかないと思いました。ただ各篇のモチーフは「動植綵絵」の絵に限りません。他にも魅力的な作品がたくさんあるからですが、その時々の自分の気持に合う絵を選んでは、気ままに書いていきました。若冲の絵だけでなく、生涯に起こった出来事に想いを寄せて書いたものもあります。 30篇の詩編はすべて若冲の絵のひとつひとつへのオマージュとして寄せられたものであるが、その絵については巻末の「解説」で、絵の図版を提示しながらその絵に対する詩人の思いを述べていく。読者はまず詩のことばにふれ、そして図版と解説によって若冲にちかづきそしてふたたび詩のことばにふれる、そんな風に幾重にも詩集を味わう楽しさがある。 まずは、二編の詩を紹介し、ここでは画集より対応する作品をその後に紹介していきたい。 1 霏霏 芦雁図 霏霏(ひひ)といううつくしい無音を とらえうるガラスの耳が 多くのひとから喪われつつあった時代 ひとひらふたひら 空が溶けるように 今また春の雪は降りだし この世の底から物憂く絵師は見上げる 見知らぬ鳥の影に襲われたかのように 煙管を落とし 片手をゆっくりかざしながら 雪片ははげしく耳をとおりすぎ ことばの彼方に無数の廃星が落ちてゆく ひとの力ではとどめえない冷たい落下に 絵師は優しく打ちのめされる 愛する者がはかなくなって間もない朝 この世を充たし始めた冷たい無力に 指先までゆだねてしまうと 庭の芦の葉が心のようにざわめき この世はふいにかたむいた 雁がひとの大きさで墜落し 風切羽を漆黒に燃やして真白き死をえらんだ 笑うように眠りかけて指先はふるえる 乾いた筆が思わず 共振れする 霏霏 「見る」と「聴く」 「描きたい」と「書きたい」 ひえびえと裂かれてゆく深淵に雪はふりつむ 眠りに落ちた絵師は ついに胡粉に触れた 骨白に燦めく微塵の生誕を見すごさなかった筆先 芦雁図(1766年・51歳) 2 紅の匂い 南天雄鶏図 絵師とは画業の果てに死ではなく 闇に燃えおちつづける 熱い火種となることを選んだ者 見よ 彼は今もここにあかあかと生きている 漆黒の脚で大地をふみしめ 虚空をふりあおぎ 軍鶏はちからづよく言挙げをする 彼方でまなざしに照応する赤色巨星は描かれていない 外の外の宇宙に それはいまもふくらみ赫き いのちを渇仰する わずかにひらく嘴が不思議な笑まいを含み 三百年の空気を共振させる ふいに漆黒の尾が打ち振られ 中空から南天の紅がずっしりと呼びよせられた 鮮血─― 果てなくめぐるものに挑みつづけた軍鶏の ついに あるいは ふたたびの永遠の正午 無量の実と共に鬨の声をたかだかと上げるそれは 一瞬の戦争 あるいは天地開闢 気配に気づいた者だけが絵を「見る」のではなく 色を「聴く」 黒の身じろぎと紅の匂いに (色は匂い 絵師はそれを神気と呼んだ) 抱かれながら 偽りの世にみずから盲い 軍鶏の生命にまなこを見ひらき 世の闇に生きる痛みをおしのべた 絵師のまなざしが 今いきものからあふれる光の辰砂に埋められてゆく 南天雄鶏図(1765年・50歳) 本詩集の装丁は和兎さん。 河津聖恵さんがご希望された若冲の絵のいくつかのうちの一つ「老松白鶏図」を装画として用いた。 解説の部分である。 若冲の生きた十八世紀と私の生きる二十一世紀が浸透し合うような、不思議な時空の感覚。それらをそのまま詩の言葉によって生捕りにしたい─その思いは絵に見入るほどに、そして若冲の生き方や時代を知るほどにつのりました。これまで知らなかった詩の欲望です。(あとがき) もう一篇詩を紹介したい。 21 危な絵 老松白鳳図 あなたを知ってから 私の世界はしずかに滅び始めた 太陽は赤色巨星へ変じようと 遥か彼方で鼓動をはやめる 朝にあなたのまなざしが見るもの あなたの指が触れるものから たちまち別の世の芽がふき 聞こえない笑いが空にまぶしくかがやきわたる あなたの声 言葉 つづる文字さえ 夜に鋭さをます あなたのおびただしい破片 それらは赤と緑に点滅して血管(ちくだ)をめぐり 私はきらきらしい傷の輝きに充たされ眠れない また朝となればあなたは さらに春に近づいた別の世の光と音をゆたかにひきつれ わずかに残されたこの世界の灰を奪いにくる あなたは私の苦しみを知らない あなたの世界に私の苦しみだけがない こんなにたやすく私がいない ならば私はあなたの世界に もっともいないもの ありえないものになりたいのだ あなたを見つめる私のまなこはふいに呟いてしまった (あふれてしまった) 驚いたあなたは この世のすべてを私へおしやるように目を閉じ かたい喉仏だけでねめつけ 遥か恒河の砂色に変じた袈裟をふいにひるがえした 固い背を向け 鋭い鳥の異語で彼方をよばわったのだ するとどこまでも長くのびる回廊の果てから おしよせる見えない大津波 溺れるというより救われるように腕を伸ばし あなたはみずから吞まれていこうとする 待ってほしい 今ひとたび振り返り あなたのために辰砂に染まったくちびるを眼に入れてほしい 私はもはや裸体よりもあらわに翼をひろげる恋情の鳥 薔薇の花弁のようにひとひら宇宙に浮かぶ 真紅のふるえ あなたの世界から私が消えるまえに 私がつかのまここにいた証をください このふるえを拾い上げ つかのま口によせ 春のいけずな疾風に乗せ あなた自身の脱皮のように捨てやってください そうすれば私はあなたの世界に もっともいないもの ありえないものとして 永遠にあなたと共にあれるから 老松白鳳図(1766年51歳頃) 若冲は「具眼(ぐがん)の士を千年待つ」と語ったと伝えられます。自分の絵の価値が分かる人が現れるまで千年でも待とう、という意味です。千年という未来を見据えて描いていたことになりますが、千年闇が深まってもその絵は錦の輝きをますはずです。その輝きから僅かに貰い受けた明かりを手に、私の言葉はどれだけ、どこへ向かって進めたでしょうか。 ふたたび「あとがき」を紹介した。 この詩集の製作・編集の仕事はたのしかった。 「ふらんす堂通信」に若冲についての最初の詩篇をいただいたことがきっかけでこの度の詩集の刊行が実現した。 解説を拝読すれば、5年間を費やして河津聖恵さんは、書き続けて来られたという。 「これまで知らなかった詩の欲望」と「あとがき」に記された詩人・河津聖恵のこれからにさらに期待したいと思う。 わたしはこの詩集をすすめるに当たって、若冲に興味をもち、若冲に関する書物を二冊ほど読んだ。 読めば読むほど、当初思っていた人間像とは異なる人物が現れてきておもしろかった。 あるいはある本では、「老松白鳳図」に描かれているトランプの「ハート型」について、いったい「ハート型」なるものがいつ頃江戸期に入り込んだのか、そんな考察もされていて興味深い。たしかにここには見事な赤と緑の美しいハート型がひそんでいる。 若冲ブームとなる前は、かなりその作品も安価な値段で扱われていたことも知って、驚いたりもした。 ともあれ、作品がすべてを語る。 本詩集によって若冲理解がさらに深まり、その絵に魅了されていく人が増えるのではないだろうか。
by fragie777
| 2022-02-13 18:36
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