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1月15日(土) 雉始雊(きじはじめてなく) 小正月 旧暦12月13日
鳥の写真ばかりで恐縮であるが、今日降りた南武線の谷保駅にいた烏。 寒烏である。 線路わきで餌をさがしていた。 ハシボソガラスだと思う。 烏がいるとどうしてもカメラを向けてしまう。 わたし、烏のこと好きなのかも。 さすが、餌をゲットしていた。 いい貌をしている。 たいへん賢そう。 烏とだったら意志の疎通がはかれるような気がするのだれど。。。 そうは思いません? 国立・谷保天神。 今日は小正月。 境内では、どんど焼きをやっていた。 「どんど焼き」は新年の行事。「左義長」「吉書揚げ」とも。 次から次へと人がやってきて、お飾りやおみくじなど投げ込んでいく。 鮮やかな色をしたまま燃え残っているものもある。 自身の投げ込んだものをじいっと見続けている人もいる。 なかには手を合わせている人も。 消えそうかと思うと、人が来て投げ込んでいく。 すると赤い炎がたちあがる。 そばにいるとかなり熱い。 天神裏の梅林では、出店が出て参拝客が立ち寄っていた。 ここの焼芋、一度だけ食べたことがある。 いつも行く古民家では、繭玉が飾られていた。 今日は日原傳著『素十の一句』より。 輪飾のかたまり合うて燃えにけり 素十 「輪飾」は、注連飾の一種。藁を輪の形にして新年の門戸に掛けたもの。それを小正月の左義長で燃やすのである。「飾焚く」は、「左義長」の傍題になっている。大きな炎をあげる左義長の火のなかに投ぜられた幾つもの輪飾りは一緒になって燃えだす。そして輪の形を保ったまま灰と化してゆくのである。「かたまり合うて」という描写がこの句の眼目。弱いものが身を寄せ合って耐えているような哀れがある。 わたしはただ茫然とものが焼けていくさまを眺めていたのだが、鮮やかなものが色を失っていく様子や、あるいは燃えることなく鮮やかな色を遺して煙にまかれていくさまは、確かに哀れであった。 畑にいた二羽の寒鴉。 一羽の影のように見えるが二羽である。
by fragie777
| 2022-01-15 20:25
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