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1月12日(水) 旧暦12月9日
丸池公園の初氷。 うっすらと氷がはっている。 落葉が閉じこめられて浅い池なのに深い藍色を湛えている。 ここは鳥たちがよく水を飲みに来るところだ。 池と言うより水たまり場とでも言った方がよいか。 この日はあたたかく氷は端からどんどん解けはじめていた。 目をあげれば、 桂の寒木がつらなる。 今日は俳人の仁平勝さんが、ご来社くださった。 昨年からのお約束である。 目下「百句シリーズ」で、「永田耕衣の百句」をお願いしてあって、昨年のうちに百句の鑑賞のみの原稿をいただいていたのだ。 拝読して、今日はその感想などを申しあげるとともに、確認させてもらいたいところや仁平さんのご希望などをうかがうという打ち合わせのためのものである。 仁平さんはこちらへ来るまえに、俳句文学館に立ち寄って永田耕衣関係の書物などを調べたりして来られたということ。 仁平さんは、永田耕衣の師系ではないので、そして永田耕衣は安易な理解はよしとしない独自の俳句観を構築した俳人であるので、最初にお願いしたときは、ちょっと戸惑われたようだった。なかなか難物な俳人である。しかし、引き受けてくださった。そして時間をかけて永田耕衣の作品と向き合い、百句の鑑賞を書き上げらられたのである。 抄出の百句をみて、親しい句もあれば、へえーこんな句もあったんだ、と面白い発見もある。 「永田耕衣の俳句って、春と秋のくばかっりだよね。ほんとうに偏っている」と仁平さんは笑いながら言う。 たしかに、「春の暮」や「秋の暮」の句など多く、また、「梅」の句も多い。 そうであってもこの堂々たる作品ぶりはどうだろう。 俳句史において孤高たりうることを良しとし、生と死のエネルギーが充満した強烈な存在感のある俳人だ。 仁平さん的には、永田耕衣の作品をできるだけ面白く読んで欲しいと言う思いがあって、ずいぶん工夫をされたようである。 巻末の「永田耕衣論」はもう少し時間をかけたいということ。 仁平勝さん。 お目にかかるのは本当に久しぶりである。 今日は、永田耕衣についてのみならず、金子兜太や加藤郁乎あるいは後藤比奈夫などいまは亡き俳人について、素敵なお話をずいぶん伺うことができた。 いずれその辺も書いていただきたいと思っている。 眠るオナガガモの番い。
by fragie777
| 2022-01-12 18:51
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