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12月21日(火) 旧暦11月18日
国立・谷保の畑の葱。 陽ざしをたっぷり吸って、美味そうでもある。 葱はyamaokaは大好きさ。。。。 友訪わむさかさに提げて葱青し 寺山修司 この日は冬晴れの一日だった。 葱畑のむこう、新しい家が立ち並んでいるが、かつてここは馬場があり何頭もの馬がギャロップしているのを垣間見たりしていた。 鳴き声もよく聞こえてきた。 どんどん様変わりをしていく谷保の里山である。 今日は新刊紹介をしたい。 四六判布クロス貼り上製本帯あり 192頁 二句組 著者の黒沢雪乃(くろさわ・ゆきの)さんは、昭和20年(1945)生まれ、茨城県鹿嶋市にお住まいである。昭和55年(1980)「鹿島俳句会」に入会したのをはじめに。平成11年(1999)「若葉」入会、「鑛」入会、平成14年(2002)「瑠璃の会」入会。平成26年(2014)「若葉」同人、俳人協会会員、現在は「鹿鳴中央公民館句会」代表、「広報かしま」俳句欄選者。本句集は平成8年(1996)から令和3年(2021)までの25年間の作品を精選収録した第1句集である。序文を「若葉」鈴木貞雄主宰がよせている。 まず、たいへん華やかな装釘である。 そして「常陸帯」という句集名。 なかなかインパクトのある句集である。集名は、 常陸帯恋する女だけのもの という集中の一句による。 「常陸帯」という名称、知ってました? わたしは知らない。いったいどんな帯なんだろう。この一句によれば、誰でも締められるものではなく、なんと「恋する女だけのもの」であるという。まっ、わたしはダメだな。。。いやいや、バーチャルリアリティにおいては十分にその資格はあるかも。。。そんなことはどうでもよくてつまり「常陸帯」とはいかなる帯であるか。「恋」にかかわるものであることはたしか。 広辞苑でしらべてみた。 常陸国鹿島神社で、正月14日の祭礼の日に、布帯に男女がおのおのその意中の者の名を書いたものを神前に供え、禰宜がこれを結んで縁を定めた帯占(おびうら)。鹿島の帯。新年の季語である。 著者の黒沢雪乃さんが住まわれているところの神社の風習であるようだ。 序文で鈴木貞雄主宰はこの句にふれて、 「常陸帯」の句は、男女が帯に意中の人の名を書き、神官がそれを結んで縁を定めたという伝説があるが、本来は、恋する女性が男性の名を記して神に祈ったのだと断定したのである。そこに、作者の潔癖さと女性としての情熱が窺える。 と鑑賞。つまりは好きな人の名前を帯に書いてそれを結んで神に祈る、そんな風習がここの土地にはあったのである。 それでいま思い出したのだが、黒沢さまより句稿をいただいたときに、美しい帯に結ばれて句稿がやってきたのだった。 それをわたしが感激してこのブログに紹介したことがある。その意味が本句集を紹介する段になってやっと分かった。 こんな風に。 なんと素敵なはからいであることか。 そして今になって気づくyamaokaの鈍感さ。。。 恋を成就させるような思いを以て、この句集を編まれたのか。 もう少し鈴木貞雄主宰の序文を抜粋であるが紹介したい。鈴木主宰は、黒沢雪乃さんの写生の確かさ、季語への理解力、その独自性、家族や故郷への思いなどにふれ例句をたくさんとりあげて丁寧に鑑賞をされている。ここではそのほんの一部分のみ。 宇宙より烏賊釣船の灯の確と 直角となりて蜥蜴のレンガ越ゆ 「宇宙より」の句は、人工衛星が捉えた地球の映像をテレビなどで見て詠んだのであろう。夜の日本列島を映し出した映像の中に一列に輝く帯があり、それが烏賊火だと知った時の作者の驚き……。宇宙空間からの視点が奇抜である。「直角と」の句は、誰もがどこかで見ている光景だが、句にした例は見かけない。角張ったレンガを越える時、柔軟な蜥蜴も直角になるのである。その意外性が面白い。 本句集の担当は、文己さん。 立葵と並びてバスを待ちにけり 湯豆腐や鹿嶋に霰降りし夜 稽古着の帯とりどりに初詣 この浦も人も変はらず春を待つ 草笛を吹き少年となりし夫 一枚の雨戸開けおく良夜かな 文己さんの好きなくである。 立葵と並びてバスを待ちにけり わたしも好きな一句。立葵ってちょうど人間の背丈ぐらいだ。しかもどっちかというと横の流れよりも縦の流れを感じさせるすっとした花である。立葵という名称からもそのことがわかる。こんな風景はやはり都会の町中ではあり得ない。都会の郊外とか田舎の風景だ。バス停に立葵が咲いていて、それと背比べができそうなそんな感じであり、立葵もいっぱしにバスを待っている、立葵は人間とまるで同等な存在感である。長閑であり、どことなくユーモラスだ。乗り降りする人も多くはなく、あるときは立葵と二人(?)だけなんてこともある。この季語は動かないと思う。向日葵では背が高すぎるし、コスモスでは存在感にかける。立葵であるからこそ、並んでいるときのその関係性のちょっとした緊迫感さえも伝わってくるようだ。 引きし尾の短き冬の流れ星 これは校正者のみおさんが好きな一句だ。「凜としてかっこいいなあと思います」とのこと。「流れ星」は秋の季語。この句は冬の夜空の流れ星を詠んだ珍しい一句だ。「引きし尾の短き冬の」とたたみ込むように言って、流れ星に帰着させる。まさに一瞬の流れ星の様を表しているかのようだ。冬空はことに星が美しい。凍えるような冬空を一瞬つらぬいたもの。 泳ぐ亀追ひ越す鯉や梅雨晴るる こちらは同じく校正者の幸香さんが好きな句。「梅雨晴の感じがして惹かれた句でした。」と。わたしはちょっと気づかなかった一句であるが、こうしてあげてみると、亀と鯉が登場していて、しかも「泳ぐ亀」に「追い越す鯉」どちらも張り切って元気だ。梅雨晴れのひとときを喜んでいるようにも見える。亀と鯉に着眼してよく観察し写生をされている。どことなくユーモラスな感じがいいなあ。そしてこういう句って気持ちが長閑になってくる。詠んでさまになるのは、俳句ならではの表現の領域かもしれない。 二千段登りし茶屋の心太 この句は「立葵」の前におかれた一句である。「二千段」っていったいどんだけ!って思ったが、そりゃちょっといい加減な気持ちでは決して上れない二千段である。多分神社か寺への階段だろう。お茶屋さんがあるというのだから、そこそこ有名なところかもしれない。おお、「羽黒山」という前書きがあったわ。わたしも一度行ったことがある。そうか、あそこか、わたしはむろん上らずに楽をした。すごいな、登られたのだ。登り切ったときに「心太」はさぞかし美味しかったことだろう。これも俳句という表現だからこそ、その感動が素直に「心太」の食感とともに伝わってくる。ラムネでもビールでもあんみつでもなくて、「ところてん」であるということ、喉元をひんやりとしかもある存在感をもって落ちていく、その感触。それが大切。そして「心太」という表記こそ、勝利の気持ちを表している。 春の風邪あのひとのせゐと思ひたる この句も好きな一句だ。「春の風邪」という季語が生きている。春になると万物が潤って緩んでくる。人間関係もゆるんできて、その距離もぐっと近くなる。心の状態も開放的になり油断をしてしまう。だから風邪も貰ってしまうのである。「あのひとのせゐ」って言っても、あなたもいけなくてよ、そんな近くに行ったのだから、っていいたくなる。それぞれが言いたいことも言えるようになるのも春を迎えた嬉しさがあるからかもしれない。ああ、でもこんな平和な時があったのだ、少し前までは。もはや、感染症ウイルスが席捲する昨今、こんなことをおおっぴらに表現する時代は去りつつある。時代は暗黒へと突入しつつある。。。。 灯火親しモノクロームの裕次郎 この一句、「裕次郎」も遠くなりつつある今は令和の時代である。どのへんまでだろうか、「裕次郎」と言って、ある感慨を呼び起こされるのは。わたしは、もっちろん「裕次郎」は特別だ。中学生の頃から日活映画ファンだったので、裕次郎の映画はずいぶんみた。あの頃の日活の映画スターの名前はスラスラと口をついて出て来る。しかも当時の「裕次郎映画」は、モノクロだった。途中でカラーとなったが、裕次郎がカッコつけてドラムをたたくあのシーンはモノクロだ。そう、まさに「灯火親し」というこの感触、わかるわ。だけど「裕次郎」といって通じなくなる時代になりつつある。小津映画は人気があるが、日活映画は忘れられていくのだろうか。 友人に誘われて鹿島俳句会に出席させて頂いてから、随分長い年月が過ぎましたが、今日まで続けてくることが出来ました。偏に鈴木貞雄先生、深見けん二先生、笹目翠風先生、武内ひさし先生の御指導と御励ましを頂いたお陰と心より御礼を申し上げます。そして、多くの先輩、俳友の皆様、いつも背中を押してくれる主人にも深く感謝致しております。 鈴木貞雄先生から頂いた「自信を持ってやりなさい。」との御言葉に支えられて「公報かしま」俳句欄の選をさせて頂いて十二年目を迎えました。少しでも鹿嶋のお役に立てたらと、続けて参りましたが、とりも直さず自分の勉強をさせて頂いていたのだと、つくづく感じております。 「あとがき」を抜粋して紹介した。深見けん二先生ともご縁のあった方なのだと知った。 本句集の装釘は、君嶋真理子さん。 目が覚めるような鮮やかな朱色のクロス表紙である。 最初から、カバーはつけずに表紙のみで、というのが黒沢雪乃さんのご希望だった。 「華やかで上品なクロスを、ということでたくさんのクロス見本の中からこだわられて選んで頂きました。 」とは担当の文己さん。 最初選ばれた時は、すこし派手かしらとも思ったのだが、一冊になったときに思わず、「ああ、いい色ねえ!!」と言ってしまったほど美しい本となった。 文字は金箔押し。 図版はカラ押し。 見返しは透明感のある模様入りのもの。 扉は、金銀の斑入り。 花布は、朱と黄色のツートンのもの。 なかなか使えない花布であるが、この本にはぴったりである。 栞紐は、白。 雪乃さんが、鹿嶋の地を拠り所とされて、ご自身の句を深く究められるとともに、多くの人に俳句の楽しみを伝えて頂くことを願って、筆を擱かせて頂きたいと思う。(序・鈴木貞雄) 「見本を受け取って涙が出てきました。」と仰って頂いたのが嬉かったです。と担当の文己さん。 そして、お写真とご感想をお願いしたところ、「恥ずかしいので」ということでいただけなかったということである。 しかし、句集の上梓を心から喜んでくださったことは間違いない。 ご自身の身ほとりを大切にされながら、俳句をつくりご指導をされていく黒沢雪乃さんである。 爽やかや手足の長き孫とゐて 雪乃 葱のとなりの大根畑の大根。 白く輝いていた。
by fragie777
| 2021-12-21 19:28
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