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12月10日(金) 納めの金比羅 旧暦11月7日
クィーンズ伊勢丹前の今日の桜紅葉。 ここの桜紅葉はなんどかブログに登場させたが、いよいよ残り少なくって、しかし美しい朱色をかがやかせている。 郵便局に行く途中で見あげる。 今日はちょっと訳あって、すっぴんで出社。 そうは言ってもいつもとそうは変わらず、眉を引かず、シャドウをのせず、ぐらいである。 いつもファンデーションは塗らないし、口紅もマスクをしていると不要だから塗らない。 すっぴんであろうと、誰かが気にとめるなんてことありゃしないんだけど、 やや自意識過剰なyamaokaは、マスクをし(これは必須)、眼鏡をかけ、帽子を深くかぶり、マフラーをたかく巻き、黒の革ジャンを着込こみ、黒の細身のパンツで黒のブーツという様。要するに近寄るなオーラ。その風体をみて、口の悪いスタッフが、「ダークサイドに落ちたスナフキンババアみたいですよ」って笑う。 ヘン! 勝手に言ってろ! 新刊紹介をしたい。 四六判変型フランス装帯ありビニール掛け 188頁 2句組。 手のひらにのるやや小ぶりなフランス装である。 著者の村山半信(むらやま・はんしん)さんは、1956年長崎市生まれで長崎市在住。東京の広告業界(博報堂)で企画制作や開発の業務のお仕事をされて来られた方である。1995年に俳句をはじめ、「海程」に入会。2000年朝日俳壇賞、海程新人賞を受賞。「海程」同人。その後「小熊座」に参加、同人。現在は無所属。本句集は第一句集となる。 帯に松岡正剛氏の著書『うたかたの国ー日本は歌で出来ている』より、松岡氏の了承を得てそこより一文を引用している。本句集を上梓されるにあたっての村山さんのお気持ちにかなうものとしてであろう。紹介をしておきたい。 もともと『詩経』も『万葉集』も古代歌謡です。ということは、そこには何か、歌を詠むために「思いを興(おこ)す」という動機のようなもの、発想のようなものがそれなりに共有されていたはずです。それを「興(きょう)」といいます。「興」とは発想の手段のことです。 詩歌や歌謡では、謡(うた)ってみようと感じた「そのこと」「そのおもい」を詠むために、まず歌い手や詠み手が何かを思いおこすことがおこります。 このとき先行するイメージや言葉の動きの初動が「興」というものです。 この「興」と命名された本句集は、著者村山半信さんの遊びこころ満載の俳句ワールドである。 であるので、まず、本句集を手にとったらこころを緩やかにして、これより展開していく俳句の世界にゆったりとこころを遊ばせようって思いつつ頁を繰っていくのが、著者の村山半信さんのもっとも望むところであろうと思う。 目次からして凝っている。 本句集各章の名「祗」「白」「鬼」「闌」「蕪」は、尊敬する江戸期の泰斗たちより、一と文字ずつ。「余興 芭蕉贋作」は、イラストレーター和田誠さんの名著『倫敦巴里』からヒントを頂戴して愉しく書きました。 と。「あとがき」にあるが、半信ワールドの守備範囲の広さをおもわせる。各章には、それぞれ該当する俳人の句が一句掲載してあるのである。 しかし、なかなか遊ぶといってもそれなりの教養や知識がないとその深いところまで味わえるかどうか、ちょっとね、と思ってしまうかもしれないが、村山さんはそんな野暮な方ではない。その人なりの楽しみ方をしてくれればいいって、そう思っているとわたしは思う。まず、ご本人の自選10句を紹介しておこう。 少女美し日本映画に火事多し 武蔵野や馬のまはりに菫咲く をとこ踵かかとをんな踝くるぶし花莚 菜の花やキツチンで妻とすれ違ふ 槍は突くもの泪をこぼすもの夏は 8050父の焼酎そつと飲む 古日記に餘寒とあるは楽しけれ 日焼け止め臍のまはりを一周す みづいろの廊下をあるく去年今年 わたしが面白いと思った句とあまり重ならない。このなかでは、 菜の花やキツチンで妻とすれ違ふ この句はたいへん分かりやすい一句である。「菜の花」がいい。台所に菜の花が飾ってあるのか。明るいよく磨かれたキッチンが見えて来る。わたしがふっと思ったのは、「キッチン」と表記するとやや字余り感がある。どうして「厨(くりや)」ではいけなかったのか。思うに半信さんの家のお台所は、「厨」ではなくて、きっと「キッチン」と呼ぶにふさわしいシステムキッチンが備わった、人と人とがゆったりとすれ違うことができるような、そんなモダーンな広いお台所なのである。そうでしょう?半信さま。「厨」と書くと、あの昭和のやや薄暗いしめった台所が想起されてしまう。音としても「厨」としてきっちり五七五に収めず、五(七.五)五ぐらいにした方がゆったり感があっていい。近代システムのキッチンに飾られていても菜の花はその野趣をうしなうことなく、やさしい明るさを放っていることだろう。 空中に雨のあとあり枯葉山 脱ぎ捨てて破船のごときブーツかな坂のうへに坂あらはるゝ紫木蓮 澄む水に水重なりてまた澄めり ぽつぺんを吹く影淡く白障子 こちらは担当の文己さんの好きな句である。わたしとすごくかぶるのでちょっと可笑しくなってしまった。 脱ぎ捨てて破船のごときブーツかな いわゆる見立ての句というのだろうか。わたしは女物の丈高い茶色のブーツを思った。そしてややくたびれた感の。人間の脚が入っていたときはそれなりに充実していたブーツだったかもしれないが、その肉体を失うやいなや、すっかり魂がぬけ、呆けたように脱ぎ捨てられてある。それを「破船」ととらえたその目が面白いと思った。破船とは難破した船であり、あっちこっと損傷してもはや船として役立たなくなったもの、それは哀れである。その哀れさを脱ぎ捨てられたブーツに見たのだ。このブーツは人間の肉体を得れば、ふたたび活気を取り戻して往来を闊歩していくだろう。しかし、肉体をうしない脱ぎ捨てられたブーツに見た一瞬の「哀れ」に、「破船」のイメージが立ち上がったのだ。 澄む水に水重なりてまた澄めり この句も面白い一句である。「水澄む」という秋の季語の本意をより具象的に目の前に描きだしてみせた。「水澄む」という季語のありようはまさにこういう状態を言うのである。巧みな一句であると思う。たたみかけるように言葉をかさねながら、「また澄めり」と下五で決める。有無をいわさぬ水の澄みかたである。 坂のうへに坂あらはるゝ紫木蓮 この句も好きな一句だ。「長崎」という前書きがあるので、郷里「長崎」への挨拶句でもある。たしかに長崎は坂の多い町である。急坂が多いので、「坂のうへに坂あらはる」という措辞がよくわかる。この表現がいかにも急な坂をのぼりつめていくようで読み手にも目の前に急坂が迫ってくるようだ。そこに、紫木蓮の花が咲いていた。きっとどこかの家の塀越しの紫木蓮であろう。息せき切ったあえぎの先に見つけた深い紫色の木蓮の花。白木蓮のようなあっけらかんとした明るさではなく、紫木蓮のやや暗さを湛えた花であるからこそ、その人の心奥にまで達するような深い光を放っていたのではないだろうか。 遠足の子のひとりだけつめたき手 この句はわたしが好きな句。ああ、いいなって思ったのだが、でもすぐにどうして「ひとりだけつめたき手」ってわかるの?って思った。沢山の子どもがいるなかでどうしてひとりだけ冷たい手をしているか、どうやって分かったの。だけど、こういう子ってぜったいいると思うし、そうおもっている作者の心に共感するものがあった。考えると不思議な一句なのだ。そして冷たい手をした子どもがそこにいるような気がして、そしてその子は遠足の輪からはずれて、ぽつんとひとりだけで淋しそうにしている、そんな勝手な想像を許してくれそうな、そこから物語がはじまるような一句である。あるいは、ひとりだけ冷たい手をしていたのは、小さかった頃の村山半信さんだったのかしら。 校正者のみおさんの好きな句は、「みづいろの廊下をあるく去年今年」、幸香さんは、「肩抱かれ破魔矢の鈴の一つ鳴る」「想像が広がり惹かれた句でした。」ということである。 鶯の身をさかさまに初音哉 其角 伊達で風流で大酒吞みの江戸俳人宝井其角を愛し、言葉の海に満ちる自由、歓び、可笑しさ、怒り、哀しみ、勇気を十七音の韻律に託し─あるときは興に任せ興に耽り、あるときは迷走を繰り返し、勝手気儘に句を創ってまいりました。 本名・信一郎。永遠の阪神タイガースファンなので、俳号・半信。 結社時代、熱くご指導くださった金子兜太先生、高野ムツオ先生をはじめ、多くの先輩方と句友の皆様に、深く感謝いたします。 渡邊白泉、杉田久女、波多野爽波、後藤比奈夫、川崎展宏、大牧広他の方々からも、さまざまなことを学びました。 (略) 広告会社を退職後、長く暮した横浜を離れ、故郷長崎の港を毎日眺めつつ、志ん朝談志の落語を楽しみつつ、俳諧の奥深さに心打たれ、かつ戯れながら、右手にシャープペンシル、左手に本と盃の日々… 帯のための文章の使用を快く許諾してくださった編集工学研究所所長松岡正剛様に、心から厚く御礼申し上げます。 「あとがき」を紹介した。 本句集の装釘は、和兎さんとなっているが、実はおおむねのところ発案とデザインは村山半信さんよりのものである。 和兎さんは、村山さんの提案を具体化しただけ。 広告業界で制作のお仕事をされていた方なので、デザインセンスもおありだった。 面白い一冊になったのではないか。 本の大きさを知ってもらうためにマッチ箱を置いてみた。 「興」「狂」などの文字はすべて金箔押し。 扉。 スピン、見返しを紺色とし、紺の差し色が知的である。 箔押しもふんだんにされているが、それが重くれずすっきりしている。 遊びこころに満ち、かつ瀟洒でスマートな一冊となった。 本句集は、いろいろな創意に満ちているが、つまるところ、村山半信さんに興をおこさせたあらゆるものに対しての、村山さんからのこころからの挨拶なのである。 上梓後のお気持ちをうかがってみた。 懇切なお答えをくださったので以下に紹介したい。 ◆句集をおまとめになってみて改めて感じたこと、見えてきたもの 初句集を上梓するにあたり、先ずは装丁。人形が顔が命、芸能人は皓歯が命、句集は装丁が命、というのかどうか知りませんが、版元さんの了解を得て私のデザイン案でいくことになりました。 タイトル「興」の文字を、複数アングルを変えて配置したのは、中秋節などで中華街の提燈に「福」という字を逆さまに書くことがあり、それは福が天から降りてくることを願っている……と子供のころ育った長崎新地中華街の人に聞いたことがあるからです。 帯文は、敬愛する松岡正剛氏の著書にあった「興」という章の一部を使わせていただきました。 句集編纂で一番難しかったのが、句の並べ方。私の句は三パターンの方向性があり、読んでくださる方の生理にフィットするよう留意しましたが、うまくいったかどうか? 季節をなるべく一と塊にするよう、校正者からアドバイスを頂戴しながら。 寄席でいう色物的な企画型俳句を随所に散りばめましたが、結局は「余興」をオオトリにすることに。いやはや、泥縄でお恥ずかしい限りです。 句集を上梓することは、己の過去と訣別することでもあると知りました。 ◆今後の俳句活動、方向性について 津田清子さんは「俳句は口から出まかせ」と仰ったそうですが、それは達人ならではの言と心得、「機嫌よく元気よく」俳句を作ってゆきたいと考えています。わたしが俳句を愉しめば、俳句もわたしを楽しませてくれます。 うんうん苦しまず、いい気になって書くのが私のスタイルです。ええ、単純なんですよ。 『攻める俳諧』を目指し、志ん朝落語のように、かろやかな韻律とリズムで詠みたいと思っています。俳句は音楽なのだから。 もう一つの趣味が近現代史研究で、現今の戦争遂行者たちへの「怒り」を書くこともあります。長く映像の仕事をやっていたのでイメージを叙景することは得意ですが、花鳥風月描写はからっきし苦手でございます(笑) ◆村山様にとって俳諧とは 私の俳号はフザけているのですが(村山阪神の洒落 四十代以下の人に分っかるかな~)、私にとって俳句はまじめにフザける遊藝なのです。面白くなければ俳句ではありません。 身分制度の厳しい時代、江戸期の泰斗たちが編み出した技、自由な想に惚れています。 俳句は大衆文藝。米や卵のように身近なものなので、日常=俗世界を書くことに妙味があります。素材を拡張し、俗にひそむ情の永遠性に着眼したいのです。 芭蕉門で長崎の人・宇鹿曰く「俳諧は俗中の俗なるものにて、然も自由をつくす物なり」 蕪村曰く「俳諧は俗語を用て俗を離るゝを尚ぶ 俗を離れて俗を用ゆ、離俗の法、最かたし」 俳諧の道は、書き終えると同時に恥ずかしさに気づき、また書くの繰り返し。映像が現われ、やがて消える。そして言葉は点滅し続ける。言葉とは自分の細胞の一片一片かも知れず、剥がしては足し、足してはまた剥がす行為そのものが俳諧。 雑学系俳人として、切り口を広げ、大きな世界に向かってドンドンバンバンつくる。俳句はスポーツなのだから。 拙の中に新あり。拙を恐れず、俳諧暴走老人となってゆくのも一興でしょう。 「村山阪神」は、わたしはすぐにわかりました。 いい投手でした。村山は。 わたしの野球好きの母が大好きでした。(母はアンチ巨人で、横浜ファンでしたが) 村山半信さん。 大根干す民主主義てふ言葉いま 半信 唐辛子畑にいた烏。
by fragie777
| 2021-12-10 19:46
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