ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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有馬朗人氏へささげる一句集。

12月6日(月)  旧暦11月3日





有馬朗人氏へささげる一句集。_f0071480_17500488.jpg

あかあかと枯れていく実。
なんの実だろうか。。



朝出社すると、パートのTさんから「『ひきだしの奥から』ってなにかで紹介されました?」って聞かれる。「いやあ、ちょっと思い当たることないけど、どうして」と言うと、「今朝から書店注文が来ているんです」と。その後、片山由美子さんから「毎日新聞で紹介されました!」って教えていただく。
手元にある毎日新聞を広げてみると、あらまあ、かなり大きく取り上げられていたのだ。
抜粋して紹介します。

幅広い視野から日本文化の特質を論じ、2020年に74歳で没した比較文学者の最後のエッセー集。俳誌『香雨」(片山由美子主宰)に2年間連載した24編の文章を収める。
自由闊達につづられた文はどれも味わい深い。「異国の出会い」は留学生として初めて渡ったパリで香港出身の中国人の少女と知り合う話。愛称は「ミミ」。一時、音信が途絶えるが、10年ほどして彼女がニューヨークで国連に勤め、中国人の同僚と結婚したと分かる。数年後、ミミの私宅に下宿した著者は、訪れるさまざまな国籍や職業の人々と宴会を重ねる。ある日、ミミは洩らす。「私たち一家はもう母国というものがないの」。一緒に食事をする「友人たちが母国の代わり」だと。(略)
小さな本に、和洋の文化に通じた人の面目が躍如としている。

→大久保喬樹エッセイ集『ひきだしの奥から』(片山由美子編)







新刊紹介をしたい。


高橋紀美子句集『天空の星』(てんくうのほし)


有馬朗人氏へささげる一句集。_f0071480_17503605.jpg

四六判ハードカバー装帯あり 232頁 二句組

著者の高橋紀美子(たかはし・きみこ)さんは、1938年東京生まれ、現在は横浜市在住。俳句は、1997年の大学の同窓会句会にて俳句をはじめ、2000年「天為」入会、有馬朗人の指導をうける。2014年「天為」同人。2016年「未来図」入会、須賀一恵の指導を受ける。2021年「天晴」入会、津久井紀代の指導をうける。現在「天為」「天晴」同人、「磁石」会員、俳人協会会員、国際俳句交流協会HI会員。本句集は第1句集であり、津久井紀代主宰が序文、佐藤小枝さんが跋文を寄せている。

『天空の星』は髙橋紀美子さんの第一句集である。
八百句の中から三百七十六句に厳選。紀美子さんの来し方が詰まった貴重な一書となっている。
紀美子さんは科学者である。紀美子さんの師である有馬朗人先生とは同じ分野で研究されていたことから、特に親しく、有馬先生を只一人の師として「天為」で活躍されて来られた。

と序文に津久井紀代主宰が書かれているように、本句集は、科学者であることの自負が貫いている句集である。
津久井紀代主宰は、高橋紀美子さんの美質を一つ一つあげ作品を紹介しておられるが、ここでは、一部のみにとどめる。

 ガスバーナーつける実験春日和
 ビーカーの青の結晶薄暑光
 星月夜キュリー夫人の実験台
 地球負ふコペルニクスや月高し

科学者が捉えた研究室での光景である。有馬先生に憧れ、有馬先生に影響を受けながら同じ道を歩いてこられたことを誇りとし、紀美子さんは科学の道に生涯をささげているのである。紀美子俳句はさりげない知性が働いている。紀美子俳句の一つの特徴と言えよう。紀美子さんの知性は自然に身に着けたものである。人を包み込むような豊かな温かさがある。

 点滴の子も唄ひだすクリスマス
 子と読みしチルチルミチル聖夜かな
 どうしてが口癖の子や寅彦忌

紀美子さんの俳句は楽しい。そして明るい。じめじめした俳句は只ひとつもない。
紀美子さんは現在子ども教室で「理科の楽しさ」を教えている。いままでの経験を次世代につたえるという大きなことに熱心に取り組まれている。
有馬先生も『天空の星』の出版を莞爾として喜ばれているであろう。

本句集は、有馬朗人氏の一周忌に間に合わすべく上梓されたものである。
跋文は、同じく「天為」の先輩である佐藤小枝さん。

『天空の星』は紀美子さんの俳句に捧げる「決意のことば」と受けとめました。
全体として良い個性が感じられます。紀美子さんらしい誠実、やさしさ、健康的、それが光っています。

簡潔な跋文より数行を紹介した。

 水槽の蝌蚪を毎朝見にくる子
 月光の器となりて伊豆の海
 鍋かかへ豆腐買ふ朝昭和の日
 十三夜ポストに落とす白封筒
 風光るペットボトルの潜水艇
 子の描く長き線路や百日紅

本句集の担当の文己さんの好きな句を紹介した。

 鍋かかへ豆腐買ふ朝昭和の日

まさに昭和である。わたしも近くのお豆腐屋さんにお使いにだされた経験がある。家から踏切をわたって3分くらいのところにお豆腐屋さんはあって、いつも少し暗くてひんやりしていた。お豆腐屋さん独特の匂いに満ちていて、なかでは夫婦がきびきびと働いていた。長い薄いゴムで出来ている黒い前掛けをかけてそれがいつも濡れている。入っていって、「お豆腐をください」って言うと、「はいよ、何丁?」って威勢のいい声が返ってくる。「一丁ください」と恥ずかしがり屋のわたしは小さな声で言ってお鍋をわたす。「はいよ!」っておばちゃんが、タイル貼りの大きなお風呂に入っているお豆腐を手のひらでさっとすくってお鍋にいれてくれる。お金をはらって出て来るのだが、わたしは水で濡れたような感じになる。濡れたお豆腐が入ってお鍋は濡れる。お金も濡れた手にわたす。おばちゃんはいつもびしょびしょっていう感じだった。そして、お豆腐は木綿しかなかった。しかし、この木綿豆腐が、とても美味かった。絹ごしと木綿ごし中間くらいで、なんとも口当たりがいいのである。東京で食べる木綿は硬すぎて、絹ごしはちょっと物足らない。美味しかったふるさとのお豆腐。しかし、もうそのお豆腐屋さんもない。すべては昭和の日々の出来事であった。

 十三夜ポストに落とす白封筒

この一句はわたしも好きな句である。月明かりに照らされた夜道をあるく、胸には大切な一通の封書をかかえて。ポストがみえてきた。封筒をそっとポストの口に差し入れて、手を離す、封筒は落ちていく、ポストの底にとどいたことを確認し、もときた月あかりの道を帰っていく。あえて「白封筒」と記すところに作者のこの手紙にこめた心情がつたわってくる。それはなにか疎かにしてはならないものであり、投函することによってあともどりできないある決意のようなものさえ感じさせるものだ、白とあるゆえに。そして、ポストも封書も道もそこを行く人間もすべて十三夜の研ぎすまされた月の光に照らされている。
わたしも今日封書を一通投函した。白ではなく茶色であったが、大切な書簡であるので速達にして一刻もはやくと人頼みにせず、自分で投函に行った。近くなのでコートも着ず、サンダル履きで。しかし、封書はしっかと胸に抱いて行ったのである。

 朝顔を大きく咲かせ夫無職

ちょっと笑ってしまった一句。本句集を読んでいると、著者の高橋紀美子さんのまばゆいばかりの充実したお仕事ぶりなどがみえてくるのであるが、ご家庭のことはあまり詠まれていないのである。この一句、前半におかれて唯一ご主人を詠んだ句である。なんだかいいなあって思ったのだ。あっけらかんとして。ご主人はきっともう定年退職をされてのんびりと生活を楽しんでおられるのだろう。奥さまの高橋紀美子さんは、八面六臂のご活躍である。もう働いていないご主人を「夫無職」とオブラートになどくるまずきっぱりと言い放っているところが面白い。身も蓋もありませんねと言いたいところであるが、「朝顔を大きく咲かせ」という措辞によってご主人への思いが伝わってくるのだ。職から解放されて晴れ晴れとしたご主人の顔が大きな朝顔と並んで見えて来る一句である。

 大声の植木屋の来て四日かな

この一句も好きな句である。正月の4日に植木屋さんがやってきた。三が日は静かに過ごしていたのであろう。四日目、お正月の静寂を破るように大声の威勢の良い植木屋さんの登場だ。お屠蘇気分も一挙にぬけるっていうものである。四日という季語が生活が動き始めた様子を思わせて、植木屋さんも歓待されていることだろうと思う。正月に来てもらうのだとしたら、しょぼくれた植木屋さんでないぼうがはるかにいい。


『天空の星』は私の第一句集です。平成十二年から令和三年までの三七六句を集め、年代別に七章に分けました。各章の初めには理系の句や仕事に関する句を入れ、あとは季節順にいたしました。
私が心より尊敬しております世界的な物理学者、教育者、俳人である有馬朗人先生が昨冬、急逝されました。この句集の題は先生の遺徳をしのび、「天空の星」といたしました。(略)
この句集は、私の来し方のさまざまな経験を句にしたものを編んだものです。お茶の水女子大学で化学を学び、旭化成㈱の特許室、東京工業大学で同位体の研究をいたしました。その後、米国での充実した生活、伊藤博文、渋沢栄一が創立に関わり、夏目雅子さんが卒業した東京女学館や加藤楸邨の校歌が素晴らしい文武両道の桐蔭学園で三十余年間、生徒たちに考えることを基本に理科を親しく学べるように考えてまいりました。また、横浜家庭裁判所の調停委員の経験、世界共通語といわれるエスペラント語世界大会に参加し、世界の国々を訪問いたしました。
新しい経験ができることは楽しく、心のおもむくままに未熟ながら作句を続け、このたびの出版になりましたこと、感無量でございます。
現在は小学生を対象に理科好きな子を育て、子ども達に心ゆたかな生活とは何かを考えさせる団体に所属しております。

「あとがき」より抜粋して紹介した。


本句集の装釘は君嶋真理子さん。

「上品で明るい雰囲気のものを、ということで、紫系のお色味は高橋さんのご希望でした。」とは担当スタッフの文己さん。
紫色を主体としたものとなった。


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タイトルは金箔押し。


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布クロスも淡紫色に。


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花布は、金色。
栞紐は、濃紺。


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 師の一句一句を胸に枇杷の花



長年にわたる有馬朗人先生のご指導・ご温情に深謝し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。(あとがき)




上梓された高橋紀美子さんより所感をいただいた。

有馬朗人師の急逝後一年、早や、忌日が巡ってまいります。
朗人先生には俳句のみならず、魂のご指導もいただき、この句集を天上の先生に捧げさせていただき、至上の喜びでございます。
句集は卒業後、化学・教育・俳句の分野を経ての様々な経験を折々に詠んだものをまとめたものです。化学は卒業後、東工大・原子炉工学研究所で同位体の化学的分離に携わりました。教育では、非常勤講師として理科や化学を30数年ほど教えてまいりました。昭和50年当時に居住地、水戸市の私立大成女子高校の家庭科、看護学科の生徒に化学を教えたのがはじめです。家庭科の生徒には実験を多くし、化学系の映画を見せ、外部の施設や展示会に連れて行き、化学が身近な物質に関わっていることを知ってもらいたいと工夫しておりました。
NHKの鈴木健二アナウンサーの「こんにちは奥さん」の番組で理系女子を取り上げ医学、薬学、看護、研究などさまざまな分野の女性が集まり話をする番組に出たことがあります。私は子育て中で仕事から離れていましたが、幼い子供達にも観察や考えることの大切さを折に触れ伝えていることなど話したような気がいたします。思いがけず多くの方が見てくださいました。
その後、女子校や女子部で理科・化学を通して考えることの大切さと理科的な考え方を身につけ、家庭での子女の教育に、また理系女子として社会に貢献できる女性に育って欲しいと微力ながら教師を続けておりました。いま、医学、教育など様々な分野で活躍してておられることを嬉しく思っております。
有馬先生を師として俳句を学べる幸運に恵まれ、先生の深いご理解のもと、海外詠を含め、私の様々な経験を句に詠んで参りました。
この句集では章の名も理科的にし、章の前半には理系の句を入れてあります。子どもや生徒たちが分かったといって目を輝かせてくれたことが句を作る原動力になっていると思います。句集のなかの理系の句や生徒・子供たちを詠んだ句にご共鳴いただければ幸甚でございます。
私達を見守り続けてくださる有馬先生の御魂に一周忌にあわせ上梓することができ、ほっといたしております。
天上からの有馬朗人師のお励まし、丁寧なご指導と目標をもって前に進むことを教えてくださった津久井紀代先生、句集を品よく、美しく装丁して下さいましたふらんす堂様に深く感謝を申し上げます。




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高橋紀美子さん。



高橋紀美子さま、ご丁寧な所感をありがとうございました。
益々のご健吟をお祈り申し上げます。







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昨日乗った南武線。

川崎・立川間を走る電車だ。












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by fragie777 | 2021-12-06 19:44 | Comments(0)


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