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11月10日(水) 旧暦10月5日
桜の木にとまっていた白鷺。 木にとまることも白鷺は好きらしい、ということに最近気づいた。 そのすこし下ではもう一羽の白鷺がいる。 桜紅葉散るなかの白鷺と真鴨。 仙川にはことしオナガガモがまだ来ていない。 楽しみにしているのだけれど、姿がない。 今年は来ないのだろうか、、、 去年は沢山来たのに。 小鴨も数がすくなく、バンたちの姿もみえない。 ヒドリガモは渡ってきたが、数は去年ほどはいない。 すごくさびしい。 オナガガモが好きな友人がいるので、いたら写真を撮って送ろうと思っているのに、いつまでも写真を送れないでいる。 一方、仙川の住民(?)である軽鴨はたくさんいて幸せそうである。 まっ、それはとても結構なことであるけれど。。 これは昨年のオナガガモの番い。 待ってるよおー! 新刊紹介をしたい。 四六判変型ハードカバー装帯有り 158頁 片山由美子編 比較文学者の大久保喬樹氏のエッセイ集である。俳誌「香雨」(片山由美子主宰)に二年間にわたって連載した二四篇を収録したものである。昨年だったろうか、片山由美子主宰より大久保氏のためにこのエッセイ集をひとつにまとめて差し上げたいので、という意向を伺っていたその直後だったであろうか、大久保喬樹氏が急逝をされたのだった。いったん立ち消えになったと思われたそのお話も、片山由美子氏の思いはつよく、やはり一冊にまとめておき、多くの人に読んでほしいということになり、この度の刊行の実現となったのである。 そのことについての仔細は片山氏の「あとがきに代えて」に詳しく記されている。 40年前に大久保氏を知り、俳誌「香雨」に連載のエッセイをいただくことになった経緯など、大久保氏への思いを籠めて書かれている。 こうして、大久保氏の「ひきだしの奥から」の連載が始まりました。テーマや内容はご自由にと申し上げたところ、幼少期の思い出や海外でのエピソードなどを独特の文体でお書きくださいました。ユーモアを交えつつ、ご自身の日常から文化や歴史にまで思索をめぐらす多彩さは、まさにエッセイの名手であると感嘆するばかり。原稿をいただくと、玉手箱を開くようでわくわくしました。何回分かを一緒に送ってくださることが多かったのですが、パリのノートルダム寺院の炎上事件が起きたときなどは、急遽そのことを書きたいとおっしゃられて、差し替えたこともあります。 その「ノートルダム寺院」についてのエッセイを、一部紹介してみたい。 パリのノートルダム寺院炎上の報道は世界を震撼させたが、私も大きな衝撃を受けた。 カトリック信者でもなく、特別な思い入れがあった訳でもなかったはずが、尖塔が燃え上がり、崩れ落ちて周辺に集まった人々が嘆き、祈る姿が生々しくテレビに映し出されるのを目の当たりにするうちに自分でも思いがけない動揺を経験したのだった。 * 私が初めてノートルダムに出会ったのは留学のためにパリに到着した翌日のことだった。 時差のせいか朝早く目覚めた私は散歩に出た。高等師範学校の寄宿舎のあるユルム街から十分ほど歩くとリュクサンブール公園に面した交差点に出る。そこからサンミシェル大通りをずっと下って行くとやがてセーヌ川にぶつかった。そこで右手の方を向くとノートルダムが見えた。 初秋のひんやりとした朝靄に半ば包まれるように立っている石造りの聖堂はその巨大さにもかかわらず、なるほど「我らの貴婦人」という名称にふさわしく典雅で優美な様子で異国からやってきた異教徒の若者を優しく包んだ。その浄福感に若い私はホッとする思いがした。 (略) パリの町を貫いて流れるセーヌ川の中州に立つこの寺院は砂漠の中のオアシスのように行きずりの旅人であれ異教徒であれ分け隔てなく受け入れてくれる場所だった。それはノートルダムに限らず、本来あらゆる宗教施設に共通することだろうが、とりわけ、世界の様々な土地からきた旅人たちが訪れるこの寺院の際立った特質であるようだった。 そして、氏は思想家森有正について思い起こし、ノートルダムとの森有正との深い繋がりを記している。さらに、「ノートルダム炎上」から「ニューヨーク貿易センタービル崩落」を想起し、そこに思索を巡らしている。 中東の実業家一族の申し子として生まれ育ち、建設や石油産業など現代資本主義のもたらす恩恵にあずかって勢力を拡大しながら、その恩恵の源泉であるアメリカ、ニューヨーク、ウォール街にそそり立つ現代版バベルの塔を神の怒りの雷(かみなり)ならぬ乗っ取った航空機によって一挙に崩壊させた挙句、その代償として虐殺され、殉教したオサマ・ビンラディンの預言者のような風貌が浮かんできたのだ。 中世以来の宗教文化の象徴と現代のバビロンとも呼ばれた商業活動の中核、意図しない災いと意図的な破壊、そして相反する形で、いずれにも宗教が関わっているという逆説……。偶然の符合とはいえ、この対照は二十一世紀現代文明に課せられた十字架として背負っていかねばならない課題だろう。宗教など過去の遺物として忘れかけている時代に、この二つの惨事は逆説的な形で、宗教あるいは信仰という古くて新しい文化の意味を浮かび上がらせたのだと、信仰を持たない私も受け止めた。(略) 大久保氏のエッセイを拝読していて気づいたのであるが、どうやら大久保氏は、ふらんす堂からそう遠くないところにお住まいであるようだった。そんな日常の風景も生き生きとした文体で綴っておられる。そんな箇所をちょっとだけ紹介すると、 ある時、近くの神代植物公園を抜ける道を初夏の緑を楽しみながらのんびり自転車で走っていると、突然、ビシャという音とともに頭上に違和感を感じた。自転車を止めてかぶっていた帽子を取ってみるとベッチャリ白茶のドロドロが広がっている。 上を見上げると電線に一羽のカラスが素知らぬ顔をして止まっている。パチンコでもあれば一矢報いてやるところだが如何せん歯噛みするばかりで、それを見透かしたように敵は悠々と飛び立って行った。カラスに恨まれるような筋合いはないのにと歯噛みしたものの、これも天恵の一種かと諦めて公園の洗面所に向かったのだった。 ここの箇所を読んだとき、あらまっ、神代植物園あたりで大久保先生にお会いしてたかもしれないわ、って思ったりした。このエッセイは井の頭動物園の象のはな子のことに触れていくのであるが、すべてわたしのご近所の出来事、わたしは一層の親しさをもってこのエッセイ集を拝読した。 さすがに比較文学者として守備範囲がひろくその話題は多義にわたり、見通しのよい視座の下に思索の味付けを醸しだしながらフットワークよろしくエッセイは展開していく。押しつけがましくない洗練された語り口の上質なエッセイである。 そんななかで、わたしは、「草葉の蔭」と「ミイラ」と題するこれまた、ちょっとぞっとするタイトルをもったエッセイが印象的だった。面白かったのは最終章の「宿縁ー天心と周造」と題したもの。九鬼周造は個人的にすごく好きな思想家なのだが、その九鬼についての幾つかのことを知ることができたこと、天心という人間についてもであるが、天心と周造とのドロドロ劇などを知りへえーそうなんだと、ちょっと複雑な心情をもったことは事実であるが、面白かった。。。 二年間の約束が終りに近づいた頃、連載終了後に一冊の本にしたいと申し上げたところ、驚かれたようですが、これも快諾してくださいました。何篇か加えられてもよろしいのではと提案すると、考えてみるとのことでした。最後の四、五回分はまとめて送っていただいていたため、掲載前に著者校正だけお願いしていました。 そして、二〇二〇年十一月、突然のご逝去という思いもよらない事態を迎え、呆然としました。本にするという計画も断念しなければならないと。しかしながら、読み返してみますと、この二十四篇は大久保喬樹氏の生涯を締めくくる回顧録であり、これを小誌にお書きくださったことは奇跡に近いと思いました。ご縁に感謝しつつ、著作をずっと読まれてきた方々、交流のあった方々をはじめ、さらに多くの方々にお読みいただけるよう、予定通り単行本として刊行することにしました。 ふたたび片山由美子氏の「あとがきに代えて」より紹介した。 本句集の装釘は君嶋真理子さん。 知的で上品な仕上がりとなったと思う。 このエッセイの原稿をいただいたときに、即おもったことは変型で正方形に近いものでいこうということ、そして角背、さらに本文はオフホワイトのもの。 本文レイアウトも、活字は大きめにして余白をたっぷりとり読みやすいものにしたいと思った。 出来上がったとき、君嶋さんの装釘もあってほぼイメージ通りの本に仕上がったと思う。 片山由美子氏も喜んでくださった。 タイトルのみをツヤ消し金に。 カバー用紙も表情のあるものに。 装画のカラ押しもきれいに押されている。 見返し。 著書も訳書も多く、精力的に仕事をこなされた大久保喬樹氏であった。 真紅の花布。 表紙のクロスとおなじ銀色の栞紐。 角背が美しい。 大久保氏の最後のメッセージが、皆様の心に届きますよう念じております。(片山由美子) 自転車が好きだ。 好きと言っても年代物のママチャリにサンダル履きでまたがってふらふら乗り回しているだけのことだが、この安直な自転車スタイルであちらこちら気の向くまま徘徊するのが私の日常的な楽しみなのである。 これは最初の「自転車の愉しみ」と題した文章のはじまりの一節である。 もし大久保喬樹氏が、生きていらしたら、自転車にのってあっちこっととフラフラするyamaokaゆえに、ご近所のよしみでお目にかかることも可能だったかもしれない。 神代植物園の前でばったりお会いして、 「あの、大久保先生のエッセイ集をおつくりいたしましたふらんす堂です」と勇気を以てご挨拶できたかもしれない。 きっと大久保喬樹氏は、にこやかに対応してくださったことだろう。 わたしは大久保氏のママチャリをちらりとみて、それとなく自慢げにわたしの電動自転車を動かしたりして、「こんど是非にふらんす堂に自転車でいらしてくださいませ。」とか申し上げたりして、そんな出会いも可能だったかもしれないだ。 とても残念である。 バレリーナのように立つ愛猫・日向子。 さきほど気づいて唖然としたのだが、わたし、深見けん二先生の『もみの木』をこのブログで紹介していなかった。。 ちょっと蒼くなった。 もういやだ。大切な句集なのに。 深見先生、ごめんなさいませ。 明日します。
by fragie777
| 2021-11-10 19:21
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