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10月19日(火) 旧暦9月14日
秋の薔薇と書きましたが、酔芙蓉です。(汗) 一昨日はすぐに見つかったのだが、昨日なくしたスニーカーソックスの左片方は、とうとう見つからなかった。 仕事場を一歩も出ないときに左足から消え失せてしまい、仕事場中をさがしたのだがない。 スタッフたちは度重なる椿事にあきれ果て、「ここでなくしたのだから、出て来るはずです」と言う。 わたしはあっちこっちと、それこそトイレの中まで捜したのだった。 そして、とうとう出て来なかった。 あまりにも不思議である。 得体のしれない怪物がひそんでいて、わたしの靴下ばかりを狙うのである。 心して過ごさなくてはならない。 そして、家に帰ってパジャマにきかえるとき、なんとスカートを後ろ前反対にはいていたことに気づいた。 R女となってしまっても、もう少し淑女でいたいものである。 やや、反省。。。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯有り 164頁 二句組 著者の小熊春江(おぐま・はるえ)さんは、昭和19年(1944)のお生まれで、現在は埼玉県坂戸市にお住まいである。平成24年(1949)「鷹」俳句会へ入会、小川軽舟に師事。現在「鷹」同人、俳人協会会員。本句集は第1句集であり、序と帯を小川軽舟主宰が寄せている。 抜粋して紹介したい。 この句集を読んでしばしば思い至るのは、記憶の奥行きということだ。それは家族を詠んだ句に顕著だと思う。 大年や入日の浜に黙の父 韮の花働き者の姉逝けり 寒桜空青ければ母死なず 春嶺や赴任の吾子へ発車ベル 柿日和母の紬に袖通す 俳句という表現手段を身に付けて何を詠むか。吟行に行ったり、身辺を眺めたりということもするが、句材を求めて記憶の抽斗を探ることもするだろう。小熊さんはそのようにして家族を詠む。人の記憶は年表のように整然と並んでいない。古い記憶でも印象が強ければそれはすぐ近くにある。 「柿日和」の句は、本句集の集名となった一句である。本句集の前半には、それぞれお元気な父母姉がいる。 母の手の赤きお手玉小鳥来ぬ 大年や入日の浜に黙の父 梅雨晴のシーツ四角に干しにけり 胸中に決めかぬること葛湯吹く 秋高し賽銭箱に軽き音 葉桜や相席に喰ふ伊勢うどん 担当のPさんが好きな句である。 胸中に決めかぬること葛湯吹く この一句、この句につづく次の句との関わりで読むと面白い。〈筋通す女なりけり冬薔薇〉この句はわたしが好きな句なのだが、前にこの「葛湯」の句があるといっそうドラマ性があって、味わい深い。筋を通さなければ簡単に決められることなのかもしれないのだ、しかし、そんな人の信頼を裏切るようなことはできない、そこに葛藤が生まれる。葛湯はそんな作者の気持ちをあたため和らげてくれる。一方「冬薔薇」はいささか峻厳である。かなり迷われて、きっと小熊春江さんは、「冬薔薇」を裏切らなかったような気がする。 寒紅や三越に姉待ちをりぬ 「三越」がいいなあと思う。すでに今は亡きお姉さまであるがかつては三越で待ち合わせをして一緒に買い物をしたり美味しいものを食べながらお喋りをなさったんだろう。「三越」というデパートは昭和世代のそれも戦後復興世代とも呼ぶべき人たちには大いなるステータスとなっていた。わたしもなつかしい。わたしの母も日本橋の三越が大好きで、一年の内何回かは盛大なる三越買い物イベントをしていた。わたしが学生だったころ秩父からでてきた母に三越までよく呼び出された。そのころのわたしは短い髪にジーンズ一辺倒で母親が望むような格好はしていなかったし、そんないいとこお嬢さま風の格好は金輪際お断りだった。それでも母心でなにかを買ってやりたくて呼び出されたのだった。今から思えばありがたいことであるが、かなり突っ張っていたyamaokaだったのである。そうは言っても母親と会えば、半日以上を買い物やら食事やらをともにして三越という晴れやかで贅沢な空間を楽しんだのだった。美しいものにあふれ、フンって思いながらも物の豊かさというものを経験したように思える。だからこの一句、「三越」と記されただけでもうその言葉のもつ華やぎがたちあがる。そして寒紅という季語、それが日常の暮らしを離れて美しく着飾った姉妹を浮き上がらせる。この一句「三越」という固有名詞が句を支配しているのではないだろうか。 単帯否と返事を致しけり この句も好きな句である。「単帯」の季語がいい。夏にしめる帯で薄手のものだ。すっきりと締めるのが粋である。小熊春江さんは、「筋を通すお方」である。きっときっぱりと「ノン」とおっしゃったのであろう。「単帯」の季語によってその腹のくくり方の潔さがみえてくる。有無をいわさぬ「否」であり、嫌味のない「否」だったと思う。きっと。 夫のうそ気づかぬふりや小六月 この一句も物語が潜んでいるようだ。〈筋通す女なりけり冬薔薇〉というきっちりした小熊春江さんであるが、ひろやかにして柔軟な心もお持ちであることがわかる。「小六月」は、「小春」「小春日和」と同じ季題であるが、「小六月」の季語によって作者のきりりとした心持ちが伝わってくる。 ほかに、 桐咲くや裏から入る母の家 ホスピスへ続く坂道水仙花 皮手套海青ければ旅に出づ 焼藷をはひふへほほと喰らふなり 「鷹」俳句会に古稀を間近に入会した私は、小川軽舟先生にご指導いただきました。 父を送り、母を送り、心に穴が空き、振り返ることが多くなりました。そんな時、遠縁の方の句集が手元にあり、開いてみました。私も俳句を作ろうと、始めました。昔の日々を思い出して作り、又、目の前のことを気持ちのままに作句しました。俳句は、後ろ向きになる私を、前に向かせてくれました。 皆々様に助けられて、お蔭様で無事に喜寿を迎えました。拙い句ですが、お世話になりました方々に、お礼の気持ちでお届けいたします。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装釘は和兎さん。 具体的な装画よりも抽象的な装画がご希望だった。 色味も落ち着いた感じにということ。 表紙のクロスの色も落ち着いたグリーン系に。 扉。 緑と白のツートンの花布。 ![]() 冬凪や朽ち舟沖を向きしまま 俳句をつくることは、ここまで生きてきて、 そして今ここにある自分の存在の意味を問うものなのだと感じる。 (小川軽舟・帯) 著者の小熊春江さんに、上梓後のお気持ちをうかがってみた。 いつしか、七十代も後半になっていました。振り返ることが多くなりました。 お世話になった方々のお顔を思い出していると、突然の訃報。言葉を無くしてしまいます。 ありがとうの言葉を言えなかった無念さが、心に残ります。 今なら間に合うかと思い、喜寿という節目に、句集を上梓しました。 ありがとうの言葉を添えて、句集をお届けしております。 句集を上梓した理由は個人的な理由です。 句集をお届けして、皆さんから元気を頂いてます。 作って良かったと心から思っています。 小熊春江さま。 喜寿をお迎えになられての句集のご上梓、おめでとうございます。 さらなるご健吟をお祈りもうしあげております。 杜鵑草。 このブログを書いている途中に歯医者さんの予約が入っていたので行ってきた。 一時間以上、口中の暴挙に耐えてきた。 緊張で身体を硬くしつづけたので、いまもなんだかへんな感じ。 痛みもあるし、 でも仕方ない。。。。 あまり痛かったら、痛み止め薬を飲むつもり。。
by fragie777
| 2021-10-19 18:56
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