ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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田村書店の主人って?

10月11日(月)   旧暦9月6日


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水生植物園の「清高泡立草」。



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ひときわ目立っていた。




カレンダーだと今日は祝日となっている。
うっかりもののyamaokaは、今日はお休みであるとじつは昨日の夕方まで思っていた。
スタッフから指摘をされてあわてて軌道修正をしたのだった。
明日が休みって思うのと、仕事があるって思うのでは全然ちがってくる。
お休みだったら今日は自転車で井の頭公園に行くつもりだった。
自転車にたっぷりと空気をいれ、バッテリーも充電した。
しかしながら、わが自転車は気合い十分であっても玄関に閉じこめられている。
今週末の日曜日でも天気がよかったら、自転車でぶっ飛ばそうと思っている。






新刊紹介をしたい。


酒井弘司句集『地気』(ちき)


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四六判ハードカバー装帯有り 230頁 二句組 令和俳句叢書



俳人・酒井弘司(さかい・こうじ)の前句集『谷戸抄』(2014刊)につぐ第9句集となる。昭和13年(1938)長野県生まれ、神奈川県相模原市在住。昭和37年(1962)「海程」創刊同人、平成6年(1994)「朱夏」創刊、主宰。現代俳句協会会員、日本文藝家協会会員。

句集『地気』は、『谷戸抄』につづく第九句集である。
平成二十六年から令和二年までの七年間の三七一句を収録。七十代の後半から八十代初頭の作品である。その多くは俳誌「朱夏」に発表したもの。この間、旅もしたので旅中の句も多い。
句集名の「地気」は、辞書をひもとくと、「動植物をはぐくむ大地の精気」とある。

「あとがき」を紹介した。
酒井弘司氏の俳句を読んでいると、山川草木をぐっと身にちかくに感じる。吟行をして俳句をつくるというより、すでに生活そのものが自然のなかで営まれ、そこから生まれ出てくる一片の詩が俳句である。清々しい風が開いている句集より立ち上がってくる、そんな気持ちにさせられる。旅吟も多いとあとがきに書かれているが、その土地にあってもその土地の精気がたちあがってくる、そんな俳句だ。

 山の子は山の言葉できぶし咲く
 千曲川ぐいと南へ麦の秋
 冬満月裏山おうと歩きくる
 乳房二つ土偶は冬へ口ひらく
 産土の夜蛙地べたよりひびく

〈戦後派と呼ばれし日あり麦青む〉という句があるように、戦争の記憶をもちながら育った世代である。戦争はかつてあった歴史上のことではなく、敗戦を経験しそこからのいまの太平の世の中を経験した世代である。〈鳥の目はなにを見ている敗戦日〉〈八月忌地底より湧く死者の声〉著者の記憶に刻まれた敗戦体験は、戦後という長い時間を経て、〈戦後遠しどくだみの線路跨ぐとき〉の感慨をもたらす。こういう句にであったとき、ああ本当に戦後は遠くなりつつあるのだなあとわたしも思ってしまう。その一方で、〈にっぽん危うしバリバリと踏む霜柱〉のような句も収録されていて、戦後派ならではの時代への危機感をおもう。

 きょう生きて山吹の黄に会うよ

好きな一句である。山吹の花の黄色が目の前にあふれてくるような一句である。「きょう生きて」という感動が、山吹の黄色の燦然とかがやく花にひろがっていくようだ。山吹の花は見あげる高さの花ではなく、ちょうど胸の高さに触れるばかりに親しみの風情をもってひろがる。その横にひろがっていくうごきもまた、生きていることの感動をやわらかく受け止めてくれるようだ。わたしもこの春先だったろうか、深大寺のちかくにある一群の山吹の咲くところにすわってしばらく春の夕暮れをたのしんだことがある。そんなことを許してくれる花である、山吹は。

 田村書店の主人が来たり秋立つ日

「田村書店」は神保町で有名な古書店。知っている人はああ、あのって思うが、知らない人は作者と親しい書店のご主人なんだろうと思うだけだろう。田村書店が古書店としてのステータスを輝かせる世代があると思う。わたしもちょっとは知っている。しかし、酒井氏のところへはわざわざ神保町から店主がやってきたのだ。へえーって思ってしまう。たくさんの本を売られたのかしら。それほどお親しいのかしら、などとミーハー的に。この句、田村書店がいかなる本屋さんであるかを知らなくても、面白い一句なのではないかと思う。秋立つ日に、書店の店主さんがやってきた、酒井氏のところに。どんな用かは記されていないがその親しい交流をとおしてある世代の人間関係が見えて来る。Amazonで本を売り買いする若い世代には無縁な交流だ。人と人とが顔を合わせなくても多くのことがすまされる時代となった。それはそれで便利なこともあるけれど、こんな人間関係ってどこか大切にしておきたいと思うのである。

 山百合をゆさゆさ抱いて朝の人

これも好きな一句である。「ゆさゆさ」と「朝の人」がいい。「山百合」であることも。どんだけたくさんの花って思ってしまった。「ゆさゆさ」に。まだ切り立てで新鮮にはりつめている山百合。山百合だけにたやすく人間には迎合せず、野生の存在感をはなつ。たっぷりと山気をふくんでいて、香りだっている。それを抱いている人間も時間につかれておらず、新鮮にいきいきしている。


ほかに、

 吉岡實に馬の詩ひとつ九月来る
 桜東風武蔵より多摩ひとっ飛び
 きぶしの黄よ兜太先生の返歌
 東より人きて話す半夏生



本句集の装釘は和兎さん。

「地気」という句集名である。
こういうのって案外むずかしい。
あまり派手にならないようにとお願いした。


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集名は、光沢のない金箔。


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この句集は、このクロスの色がすばらしい。

黒でも茶でも紫でもなく、泥でそめた色とでもいうのかしら、(家が呉服屋だったのでこういう色はよく目にした)
大好きななつかしい色である。大島紬に泥初めというのがあるが、あれを思い起こさせるような。。。



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ツヤ消しの金箔がよく合っている。


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見返しは渋いグレーだが、地模様がある。




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花布は、臙脂。(どうしても華やかな色をおきたかった)

栞紐は黒。



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とびら。


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北丹沢の鄙びた谷戸に長らく棲んで、見えないが天地間を充たすもの、その精気の働きに惹かれてきた。
その谷戸を、くまなく歩き、ときに畑を耕して俳句にしてきた。今は、この七年間の軌跡をよしとしたい。(あとがき)


 冬銀河死は遠くとも近くとも



上梓後のお気持ちをうかがってみた。



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酒井弘司氏。


 

〇本が出来上がってお手元にとどいたときのお気持ちはいかがでしたか。

いつもそうなのですが。、上梓後、思うことは、日々書き留めてきた詩句が一冊というかたちになった喜びです。

そしてわたしの手元を離れ、見知らぬ皆さんに読んでいただける喜びも。今回の句集も、しばらくカバーの装丁をながめていましたが、いろいろ編集の皆さんに神経を使っていただいたことに感謝です。

〇第四句集になるわけですが、この句集に籠めた思いはございますか。

わたしは、じんせいについて、いつも「途上」にあるという、どちらかといえば楽観的な気持ちできましたが、八十歳をむかえ、この世でのいのちの終わりを感じるようになってきました。

それだけに、今回の句集では「いのち」「死」という、存在の根源にかかわることが、テーマとなりました。

〇句集上梓後の今後の俳句への思いをお聞かせくださいませ。

いつも思っていることですが、「群れて立たず」。

自分らしい俳句を持続して書いていきたいと思っています。

そして、なによりも俳句という詩を書くことです。



「俳句という詩」という言葉は、この句集を読まれればよくわかると思う。











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by fragie777 | 2021-10-11 18:27 | Comments(0)


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