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10月9日(土) 鴻鴈来(こうがんきたる) 旧暦9月4日
神代水生植物園の溝蕎麦(みぞそば)。 溝蕎麦と書いたが、じつは「秋の鰻つかみ」かもしれない。あるいは、「継子の尻ぬぐい」かも。 この違いをすぐにわかる人は、花野の神さま?である。 山渓(山と渓谷社)の『日本の野草』で今しらべているのだが、葉の形状からしてこれはたぶん「溝蕎麦」であると思う。 別名「ウシノヒタイ」「牛の額は葉の形による」と記されている。 野草って動物と関連付けて名前がつけられるというのも面白い。 「ミゾソバ」も「ママコノシリヌグイ」も「アキノウナギツカミ」もどれも蓼科である。 溝蕎麦は水の際より咲きそめし 高浜年尾 草丈を見せてままこのしりぬぐひ 大石悦子 この溝蕎麦のかたわらには、釣舟草が咲いていた。 美しい紅色である。 釣舟草と溝蕎麦の花野。 家から自転車で10分くらいのところにこんな場所があるというのがうれしい。 パソコンやiPhoneを覗いてばかりいる眼には、こういう景色をみて目を休ませてやりたい。 身体も心も緩んできて、ほっとする。 午後より自転車で仕事場へむかう。 鴨が渡ってきてはいないかと仙川沿いをいくが、いまのところ軽鴨ののんびりした姿ばかりで今日は他の鴨の姿は見当たらなかった。 わが家の木犀が花をつけた。 5本も木犀の木があるのだが、どれも今年は花をつけないとあきらめていたのだ。 金木犀がいまふたたび盛りとなって、よい匂いを放っている。 今朝、お隣さんへ回覧板をもっていくときに、その途中で気づいたのだ。 自分の家の金木犀が花をつけているって。 と言っても全部の木ではなくて、いくつかに写真のようにたいへん地味に咲いているのみなのだけど、日当たりの悪い庭によくぞ咲いてくれたかと嬉しい。 こんな感じでとてもささやか。 今日は、山西雅子著『花の一句』より。10月4日付けのもの。 木犀やしづかに昼夜入れかはる 岡井省二 わたしの師岡井省二は秋彼岸の中日に亡くなった。十日ほどを経て木犀が咲き始め、幸せそのもののような金色の花に顔を上げたとき先生のこの句が胸に溢れた。清雅の昼が夜になりまた静かに昼が来て夜となる。清香は秋のひと時を占めそして失われ、しかしまた一とせの後蘇る。幾つもの時間が入れ子になった時の麗しさの中に先生がいらっしゃり私もいる。そう思うのだがやはり涙が出るのだった。(『明野』)季語=木犀(秋)
by fragie777
| 2021-10-09 21:21
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