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10月1日(金) 旧暦8月25日
水生植物園に咲いていた水金梅(みずきんばい) そして 秋草の咲く風景。 今日から10月である。 そして台風襲来。 昼過ぎに、わたしは防水加工のあるコートを着て長靴をはいて出社。 こんな日はできるだけ家でリモート体制で仕事をしたいものである。 しかし、そうも言ってられないので、えっこらさって出てきたのである。 スタッフはできるだけ出社しないでということに。 ふらんす堂は、コロナ状況下になってリモート体制で仕事をすることが整えられたので、台風襲来のような非常時でも仕事に支障を来すことがなくなったというのは、良きことである。 新型コロナウイルス蔓延対応策として、わたしたちのはたらく環境を問い直すことができたのは良かったと思っている。 「俳句四季」10月号より。 座談会「最近の名句集を探る」(大西朋、黒岩徳将、松本てふこの各氏に、司会は筑紫磐井氏) ふらんす堂刊行の金子敦句集『シーグラス』がとりあげられている。 抜粋して紹介したい。 筑紫 (略)色彩感覚に優れた句で、「寒月とチェロを背負つて来る男」。アンデルセンの「絵のない絵本」を思い出しました。「ミキサーに色混ざり合ふ春休み」。何の色とは言わないところが洒落ています。(略)全体性に柔軟性のある詠み方で、素材や状況に合わせて自在に詠んでいる気がしました。 黒岩 この句集は私が推薦したのですが、俳句をやっていない友人に、俳句ってどんなもの? と聞かれたら勧めるのに最適な句集だと思います。ぎらぎらしていないのと、俳句を楽しんでいる感じがあります。特定のジャンルへの詳しい知識がなくても、ここにポエジーがあると納得させる力があるのでは。具体的なものから俳句の種を摑みだそうとしている句が非常に多いです。淡いだけでも甘いだけでもなくて、自分はこんな俳句を詠んでいくんだという意思を感じる句集でした。 松本 (略)ただ、パターンが出来上がり過ぎているんですよね。数えたところ色を詠んだ句は25句あって、オノマトペが入っている句は19句、直喩が使われている句が19句ありました。それから、どの句も言葉の質感が一緒なんですよね。大きなものも小さなものも具体物も抽象的なものも、全部口当たりよく加工されて詠まれているので、ずっと同じような句が続いている印象を受けました。(略)金子さんの句集をよむのは今回が初めてだったんです。(略)今回一冊の句集として読んで、徹頭徹尾こういいう書き方をされる方なんだとわかりました。まとまった形で読むと圧倒されたところはありました。 黒岩 (略)表面的にパターンであると見える型式の中にも、樹木が地中に根を広げていくように、バリエーションがあって、それ自体を楽しむということも面白い事ではあると思います。また、パターンを確立させて一定の水準に到達させる、そういう俳句も大事ではないかというのは普段から思っているところです。 大西 お二人が仰っていくることはすごくよくわかります。黒岩さんの視点も面白くて、俳句を知らない人に渡したいという意見はなるほどと思うんですけれど、ただ松本さんが言ったように、俳句をそこそこやっている人にとっては、すこし軽い感じもしますね。これだけのキャリアを持たれている方なので、この世界からもう少し脱してこそ、本当に見えてくるものがあるんじゃないかという気がしました。2020年以降の俳句には彼の人生観が出てきているので、次の句集にどのような句が出るのか楽しみですね。(略) なかなか手厳しい意見などあって、わたしは興味深く拝読した。 よく読み込んでいないとこういう意見は言えないので、作者にとってはありがたい意見なのではないだろうか。 もとより力のある作者なので、金子敦さんの今後の展開が楽しみである。すでに本句集の最終部分では、それを感じさせる作品があるようだ。 他に論じられた句集は、橋本直句集『符簶』(左右社)、塩見恵介句集『隣の駅がみえる駅』(朔出版)の二冊だった。 おなじく「俳句四季」の二ノ宮一雄氏による「一望百里」に、渡辺鮎太句集『蟇』がとりあげられている。 抜粋して紹介したい。 蟇で御座る雨の夕べが好きで御座る この蟇は作者本人であろう。この呟きから作者自身が立ち上がってくる。それにしてもこのような句を詠む俳人は稀である。栞で摘田葦彦氏が「渡辺鮎太の『蟇』の句は、『座』にも『結社』にも属していない孤詠」と述べているがわかる気がする。 雷鳴の夜は罪負えへる身の如し 流連のやうに夕藤見てゐたり 何の哀しさ一望の麦の秋 短歌総合誌「短歌人」10月号松野志保歌集『われらの狩りの掟』が岡本はな氏によって書評にとりあげられている。抜粋して紹介したい。 「月光の会」所属の著者の第3歌集。2007年から2015年迄の歌を収める。四つの章に、定型意識の強い歌が並ぶ。 (略)Ⅰ章とⅣ章は、言葉から精緻な詩世界を織り上げる著者の詩質に因る歌。しばしば現れる「君と僕」の対のイメージは同姓的な香を纏い、喪失、傷、死といった言葉が泛ぶが、これらの歌は、異性愛にも通ずる恋の至純な本質を示していないか。 美しい匣ばかり貰いその内に収めるものを知らぬ思春期 くちびるを押しあてられたその日からわが傷跡を花と信じる さあて、帰るか。。。 今日は台風に対抗しようと思って、家を出る前にスーパーで買い求めた「黒酢漬けにんにく」というのを一欠片口に放り込んだ。するとニンニクの匂いが口のなかに広がりわたしの口中世界を圧倒しはじめた。こりゃちょっと、という感じ。しかし、その上にマスクをするわけなので、いくらか匂いは封じこめるし、今日はたくさんの人とあうこともない。 で、ほぼ半日をわたしはニンニクの強い匂いとつきあっているのだ。 しかしながら、身体はなんとなくほかほかとしてあったかい。 今日はたぶんよく眠れるだろう。。。 それではお休みなさいませ。 では、 なくって 帰ります。 明日は晴れるらしい。 皆さま、よき休日を。
by fragie777
| 2021-10-01 18:44
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Comments(2)
『俳句四季』10月号の座談会を紹介していただき、どうもありがとうございます! yamaokaさんのおっしゃる通り、「よく読み込んでいないとこういう意見は言えない」と,
僕も思います。有り難いことですね(^^)
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金子敦さま
コメントをありがとうございます。 金子さんであれば、ご自身の課題にとりくんでさらに句境を深めることができると思っております。 さらにバージョンアップして、Tこさんをぎゃふんと言わせましょう。 期待しております。 (yamaoka)
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