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9月30日(木) 旧暦8月24日
神代水生植物園の白式部。 紫式部の実は紫色の実があざやかであるが、こちらシンとしている。 午前中は税金の支払いなどで銀行巡り。 銀行のソファーに腰をかけるといつの間にか眠くなってしまう。 「ふらんす堂さあ~ん」という声で目が覚める。 どこででも眠くなるyamaoaである。 9月25日付けの毎日新聞の夕刊の文化欄で、「大坂俳人シリーズ」のことが取り上げられている。 「句集『大坂の俳句ー明治編』完結」と大きな見だし。そして「全10巻と別巻1 安藤橡面坊ら10人に光」とサブタイトル。抜粋して紹介したい。 大坂俳句史研究会(三村純也代表理事)が編集し、ふらんす堂から刊行してきた句集シリーズ「大坂の俳句ー明治編」が、これまであまり光が当たらなかった、大坂を中心とする関西で活動した明治期に俳人を取り上げた。 最終巻として刊行されたのは、京都を拠点に教育者・新聞記者としても活躍した中川四明(しめい)の俳句を選んだ『四明句集』と、同会がいくつかの書籍などから大阪俳壇に関する部分を編集・構成した別巻『明治大阪俳壇史』の2冊。(いずれも1320円)。(略) シリーズで取り上げたのは他に、松瀬青々▽芦田秋窓(しゅうそう)▽相島虚吼(きょこう)▽水落露石▽永田青嵐▽武定巨日(きょじつ)▽前田別天楼▽安藤橡面坊(あんどうとちめんぼう)▽青木月斗。それぞれ巻末には略年譜をつけ、関西俳句の系譜に触れることができる。 それにしても、個性的な面々だ。安蔵は正岡子規の門下生。(略)水落は「子規が提唱した新俳句運動に、はせ参じた最も古い一人であった」と高浜虚子が句集の序文に寄せた人物だ。 研究会で評議委員を務める俳人の坪内稔典さんは、「明治期の主な関西の俳人の作品を手に取って読める形になった.資料としての価値もある」と話す。 ふらんす堂の資料本棚にならべられてある「大阪の俳句」 新聞紙上でも語られていたが、安藤橡面坊は、漱石の『吾輩は猫である』に美学者として登場。 このシリーズは刊行のたびに、俳人の村上鞆彦さんに「ふらんす堂通信」誌上で、書評をしていただいてきたが、今日は10人目の最後の俳人『四明句集』の評を送っていただいたところである。 村上鞆彦さんは、句集にじっくりと向きあい丁寧に読み解きながらこの評をとても楽しんで取り組んでくださったのだった。 あらためて御礼をもうしげたい。 「ふらんす堂通信170号」でそれは読めます。 ということですでに「ふらんす堂通信170号」の編集ははじまっているのだ。 「コラム」のお題、どうしようか、、、って昨日のミーティングで話題となった。 しかし、それは、もうとっくに決まっていたのである。 このyamaokaが提案したのさ。。。 ふっふ。。 「私のささやかにしてひそやかな贅沢」っていうの。。。 お楽しみに。。。 このきれいな和紙のうすがみにつつまれたものってナンダとおもいます。 ゲラなのである。 著者から校正をすませて、返却して貰ったゲラがこんな風に美しい紙でつつまれて、夢をはこぶかのように戻ってきたのである。 著者の名前を申し上げれば、その人を知っている人は、おおきく頷くと思う。 秦夕美さん、である。 よき時代によき空気を吸って美しいものをたっぷり見てこられた方だ。 美なるものが細胞のすみずみまで浸透している。 秦さんにとっては何でもないことだろうが、こうして殺伐とした出版社に届けられると、なにかそこだけ上質な空気がただよい、よき香りがしてくるような、とてもたいせつなものが、届けられたようにおもって、気持ちが改まるのである。 そう書きながら、いまわたしの机を中心にあたりを見回してみた。 ゲッ!! この汚さはどうだろう。。引き出しは中途判場にあけたまま、なにかが飛び出し、テーブルの上にはお煎餅の食べかすが、鋏はしまわれず物騒にこっちをむいておかれ、付箋があっちこっちに散財し、積み重なった本はいまにもくずれそう。。。 あーあ。。 どうやってきれいにしたらいいかわかんないのよ。。。 わたしの脳細胞は、そこだけ欠落している。。。 アシカラズ。。。 野菊も咲いていた。 9月は今日でおしまいなのよねえ。。
by fragie777
| 2021-09-30 18:41
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