ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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書店がなくても、秋鯖が美味ければ、と思ってしまうが。。

9月27日(月) 社日  旧暦8月21日



書店がなくても、秋鯖が美味ければ、と思ってしまうが。。_f0071480_17233590.jpg

烏瓜。

神代水生公園にて。



書店がなくても、秋鯖が美味ければ、と思ってしまうが。。_f0071480_17233845.jpg

どれもみな隠れるように生っている。



書店がなくても、秋鯖が美味ければ、と思ってしまうが。。_f0071480_17234160.jpg


おっ、見つけたぞ! って、ひときわ鮮やかな烏瓜。。。。

手を伸ばして触りたかったのだが、遠かった。。。





今日の日付の讀賣新聞の長谷川櫂氏による「四季」は、川野里子歌集『天窓紀行』より。

 怒るわれを怒らぬ息子が見てをりぬ未来からしんと振り返るやうに    川野里子

二十世紀後半の「怒れる若者たち」への苦い反省が、今の「怒らぬ若者たち」を生み出した。と長谷川さん。





仕事場へはにぎやかな仙川の商店街を歩いていくのだが、今朝つくづくと思ったのであるが、仙川は老女が元気である。かなりの高齢と思われる女性たちがそれぞれにおしゃれをして、楽しそうにお喋りをしていたり、お店を覗き込んだり、さっそうと歩いたりしている。コワイものなしっていう感じだ。良き風景だ。が、しかし、老女ばかりが元気っていうのはどうよ、と前をうつむいてあるく重たい足取りの初老の男性をみながら、老女のハシクレであるyamaoakaは思ったのだった。






新刊紹介をしたい。


菅美緒句集『片瀬』(かたせ)。


書店がなくても、秋鯖が美味ければ、と思ってしまうが。。_f0071480_17235532.jpg
四六判ハードカバー装帯あり 178頁 二句組

菅美緒(すが・みお)さんの第四句集となる。菅美緒さんは、1935年京都生まれ、1976年「杉」に入会して森澄雄に師事。現在は「晨」「梓」「航」の同人。俳人協会会員。1988年第1句集『諸鬘』、2009年第2句集『洛北』、2016年第3句集『左京』、2018年シリーズ自句自解II ベスト100 『菅美緒』を上梓されている。本句集は2016年から2021年の3月までの作品を収録したものである。

集名「片瀬」は現在の居住地(藤沢市片瀬海岸)から取ったものです。長年住んだ大和市を離れ、二年前に現住所に移転しました。体調不安定のため、娘のそばに来たのです。
この五年の間に身辺に大きな変化がありました。第一は前・「晨」代表の大峯あきら先生が急逝されたことです。「晨」に入れて頂いた十数年前から、しばしば関西の吟行に参加し、又、先生のお寺の報恩講に参加させて頂いて、沢山のたのしい時を過ごさせて頂きました。関西の地に通うことによって、夫を失った心の空虚感を徐々に埋めることが出来たのです。
第二の変化は『左京』出版直後に「航」に入れて頂いたことです。主宰の榎本好宏氏は私が「杉」に入会した頃の編集長であり、居住地も近かったので、長年にわたり、句会を共にし、ひとかたならぬお世話になりました。晩年になって再会しお仲間に入れて頂いたことはこの上ない喜びです。
私自身の居住地が変ったことや、新型コロナのパンデミックという状況の中でメール句会が多くなり、題詠がふえました。仲間の肉声が聞けないことは誠に残念ですが、題詠の面白さを知ったことも事実です。

「あとがき」を紹介した。


 煤払ふボードレールも西行も

集中の一句であるが、この一句は菅美緒さんという俳人の人となりをよく語っている一句なのではないか。シリーズ自句自解II ベスト100 『菅美緒』の略歴を拝見すると、京都に生まれて京都の大学で学び、卒業とともに教職につかれた。「学生時代、桑原武夫の第二芸術論の影響を受け、俳句には全く関心がなかったが、三〇代の終わりに俳句に出会う」とある。意識的な学生であられたのだと思う。そしてボードレールも西行も若かりし日より愛読してきた書物なのである。和洋を問わず広く詩歌の世界を楽しみ学んできた方なのだ。そんな愛読してきた書籍もいつの間にか書棚の奥へと追いやられてしまい、生活の変化(あるいは引っ越しか)によってふたたび取り出されることになる。なつかしい感慨をこめてそれらに堆積している塵を払っているのである。この二人の詩人にかぎらずたくさんの書物の煤払いをしたことであろうと思うが、この二人の詩人はとりわけ菅美緒さんにとっての特別ななにかであり、若き菅美緒に大いなる影響をあたえた象徴的な詩人なのだ。もちろん書棚には芭蕉も森澄雄もあるが、それらはたえず手に取られ読まれている。だから塵を払う必要がないのである。菅美緒という俳人は、かくしてたまたま俳句を作ったという人間ではなく、極めて意識的に表現行為のひとつとして俳句を選んだ俳人なのだ。

 落葉道夫とは違ふ背中見え

本句集をつらぬくものに「夫(つま)恋」がある。すでに2005年にご夫君を亡くされているのだが、本句集にはところどころに夫を詠む句がおかれている。ご夫君は物書きでいらしたとうかがっているが、菅さんにとって大きな存在であった。ご夫君が亡くなられたときは、「生きる気力をなくました」と第2句集の「あとがき」で書かれている。その「夫恋」の思いは、第3句集、第4句集と変わりなく、しかも本句集ではさらに深い思いをもって詠まれている。〈夫亡くてかたつむりに声掛けゐたる〉と第2句集では詠み、その夫の非在を直裁に詠んでいたが、掲出の一句は、さらに思いが屈折して悲しい。落葉の降る道で男の背中がチラッとみえた、夫に似ていると一瞬おもったが、そんなはずはないのである、似ていても違う背中なのだ、15年以上も前に他界した夫であっても、菅美緒さんにとっては今もリアルな背中を持つ夫なのだ。〈写真の夫連れて枯野の人となる〉の句もあり、夫に枯野の風景を見せんとしているのだろうか。
 春の海おーいと君を呼んでみる
句集のおしまいの方におかれた一句。この君はご夫君のことである。「三月二十三日、夫在らば八十八歳誕生日」という前書きをもつ。春の海の季語によってきわめて明るい一句である。この一句によって、菅さん夫妻の夫婦間の関係性まで見えてくる。共に働き、ともに学び、良く語り合い、そして支え合い、対等な関係の夫婦だったのだろう。まさに伴侶という言葉がぴったりの。だからこそその非在の欠落感は大きいのだ。

 汀女忌の今朝たつぷりと化粧水

好きな一句である。菅さんの読書の守備範囲の広さを思わせるように本句集には、忌日の句が多い。菅さんにとってどの人物も読む行為をとおして親しい人物なのだろうと思う。ほかに〈人を待つ人を見てをり漱石忌〉〈下り立ちて残雪の山啄木忌〉〈在五忌の真竹ほつそり皮を脱ぐ〉〈化粧用オリーブ油手に近松忌〉〈花散りしやうに貝殻西行忌〉〈大槙へ背筋伸ばしぬ波郷の忌〉などなど。

 椎咲くや漱石の鬱われの鬱

この句においても、漱石は文学史上にかがやく偉大なる小説家としての漱石であるよりも、常日頃読み親しみしている漱石であり、鬱病になやみ家族に当たり散らす漱石である。鬱病の漱石はおなじく鬱病になやむ菅さんにとりわけ親しいのである。「椎の花」という強烈な匂い発散し、なんとも重たく咲くさまは、鬱病をさらに悪化させそうである。自分の鬱だけでなく、漱石の鬱をもってきたところがなんとも菅さんらしくて面白い。

 書店なく秋鰺うまき町に住む

菅さんは、大和市から藤沢の片瀬海岸に引っ越しをされた。いままでとはちがう海がみえるところにお住まいになったのである。それは「秋鰺うまき町」であり、まことに結構なことである。しかし、読書家の菅美緒さんである。引っ越してきてさっそくに書店を探したのだろう。なんと書店がない、それは驚きでもあった。その引き換えということでもないが、目の前に太平洋がひらけ明るい陽ざしがあり、しかも魚が美味い、書店がなくても良しとするか、やや残念な思いをなだめながらの片瀬海岸という新しい土地への挨拶句である。Amazonなどで本をたやすく入手できる時代であるから、書店がなくても秋鯖の美味いところに住むのはメッケモン、とわたしたちは考えてしまうが、菅美緒さんにとってはそうではないのだ。書物にふれられる店で好きな一冊を捜す、というその喜びが失われてしまったということなのである。

ほかに、
 衣更へてバスのいちばん前の席
 死ぬときは死ぬるがよろしほととぎす
 露草のふたごころなき色や濃き
 カヌー来る赤シャツ黄シャツ半裸もゐ


わずか五年間の句集ではありますが、私の人生の先が見えないこともあり、この辺りで一応句をまとめることに致しました。
四十数年の俳句生活の中で、数知れぬ方々との出会いがあり、ご指導を頂き、それらは何ものにも替えがたい私の宝だと思っております。
残されたいのちの日々にも、何か新しい発見があるのではないかと思いつつ、俳句と共に生きていきたいと思います。私とかかわって下さった多くの皆様に心より感謝申し上げます。

「あとがき」を更に紹介した。




装釘は君嶋真理子さん。


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この貝殻の模様を気に入ってくださった菅さんであるが、原画はかなり派手だったのでややトーンを抑えたものにしてもらった。


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書体は宋朝体で。
タイトルは金箔。


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表紙のクロスも紬風に。そして落ちついた色に。


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書店がなくても、秋鯖が美味ければ、と思ってしまうが。。_f0071480_17241244.jpg

扉。

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金色の花布。


書店がなくても、秋鯖が美味ければ、と思ってしまうが。。_f0071480_17241900.jpg
臙脂の栞紐。
ここだけに赤いものを配した。



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自然界は不思議に満ち、常に新鮮である。
自然界の物たちと対話して、自己の存在を忘れている時が、最も幸せである。(著者)


帯の著者のことばである。
        



上梓後の菅美緒さんにお気持ちを聞いてみた。

〇第四句集になるわけですが、この句集に籠めた思いはございますか。
前句集から5年という短い期間なので、内容に不安はありますが、年齢的にひと区切りをつけたいという気持ちです。また住む環境が変わったので、少し変化がつけれただろうかと思っています。

〇句集上梓後の今後の俳句への思いをお聞かせください。
いよいよ歳晩年ですので、原点に戻って、俳句とは何かを考えてみたい。生涯の師である森澄雄の対談集など読み直し、大きな理念をしっかりと認識し直すこと。手法としては師と違うけれど、写生をしっかりやりたい。ともかくは物(人間を含み)をよく観察することだと思う。観察の中から飛躍が天啓として時には賜れるのではないかと思っています。




 木の芽張るわが身にあたらしき細胞

掉尾の一句である。









書店がなくても、秋鯖が美味ければ、と思ってしまうが。。_f0071480_17244391.jpg

釣舟草(つりふねそう)も咲いていた。
神代水生公園にて。









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by fragie777 | 2021-09-27 20:58 | Comments(0)


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