|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
9月17日(金)玄鳥去(げんちょうかえる) 旧暦8月11日
白木槿 深見けん二先生が亡くなられた。 今日のお昼過ぎにご子息の深見俊一氏よりご連絡をいただいたのだった。 ご逝去は15日の午前零時過ぎであるということ。 少し弱られているとうかがっていたが、よもや亡くなられるとは。。。。。 句集を手にとっていただけなかった。。 とても楽しみにしておられたのに。 無念である。 「眠っているかのように静かな最後でした」と峻一氏。 現役俳人として最後まで立派なお姿をみせてくれた俳人・深見けん二先生だった。 2016年10月16日 撮影・各務あゆみ 謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。 yamaokaは気持ちがまとまらないまま、ぼんやりとしています。 気をとりなおして、ブログを書きます。 新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー装グラシン巻き帯あり 206頁 著者の後藤雅文(ごとう・まさふみ)さんは、1949年大分県生まれ、現在は静岡市にお住まいである。2000年に「逢」入会、2012年「船団」入会、「船団」解散ののち、2020年「海原」入会、現在「海原」所属。本句集は第1句集であり、跋文を坪内稔典氏が寄せている。 俳句とはどういうものか。 これについてはさまざまな意見があるが、私の場合、俳句とは日本語の断片である。それを片言とも呼んでいる。断片、すなわち片言を際立たせるために五七五という定型、そして季語などを使う。季語などと含みを持たせたのは、仮名遣い、新語、古語、切れ字なども含まれるから。 昼月の引力強し黒揚羽 (略) その五七五の言葉の世界はどのような世界だろうか。 私の目に浮かぶのは、白い昼の月に引かれているかのように空を舞う黒揚羽だ。白と黒の対象が印象的だが、薄い天上の白の方が強いのだ。なんだか黒揚羽は浮遊する魂という感じがする。 この句の世界には、昼月と黒揚羽しかいない。人間とか建物とか車とか、その他の一切は消されている。五七五の小さな表現がなんと大きな力を発揮していることか。世界を新しく作っているのだ。昼月と黒揚羽だけが存在する世界を。 (略) 五七五という短い表現は、出来るだけ意味を削ぐ、あるいは排除する形式だ、と言ってよい。 坪内氏の跋文より紹介した。 本句集のタイトル「傾山」は、あとがきによると、 句集名の「傾山か(たむきさん)」は山口青邨の「祖母山も傾山も夕立かな」の傾山で故郷の心の山です。 とある。集中にもこの山の句が一句収録されている。 麦の秋父母の背中に傾山 「故郷の心の山」と書いておられるほど、後藤雅文さんの原風景のひとつなのだろう。なにゆえ「傾山」と呼ぶのか、この山について調べてみたところ、 大分県緒方町(現・豊後大野市)と宇目町(現・佐伯市宇目)との境にある山で、祖母・傾山地の東の雄。南面は宮崎県境となっている。そそり立つ岩峰群は、この山のシンボルでもあり、西に君臨する山群の盟主、祖母山と人気を分ける。 山名の由来は、北側から見る頂上部が斜めに傾いているために付されたといわれる。 「傾いているから」「傾山」とはシンプルな。。。。親しみのもてる呼称である。 初蝶やくの字に進む一輪車 春の夜や犬の寝息とアイロンと 凍星の周りを回る深海魚 新ジャガへむかしむかしのマヨネーズ 長い梅雨長い昭和のアーケード 担当の文己さんの好きな句を紹介した。 初蝶やくの字に進む一輪車 春のはじまりのころ、元気にあそぶ子どもの姿がみえてくる。一輪車って女の子が好きな乗り物だ。両手をすこし挙げて梶をとりながら、ヒラヒラと小気味よく乗り回す女の子の姿がみえてくる。そう、よく見れば一輪車って、こうスイスイというよりキクキクと動く感じ、それを「くの字に進む」と表現したが、まさにそういう動きである。でもとても楽しそう。そこに初蝶だ。初蝶のうごきもまだなめらかではなく飛び様も初々しい。春のおとずれの喜びにみちた風景である。 長い梅雨長い昭和のアーケード 面白い句だ。後藤雅文さんは、昭和世代の方である。わたしもそう。平成にも令和にも商店街にはアーケードはあるかもしれないが、この一句には昭和という時代がもっている暗さがある。空がみられない長いアーケードがつづく、梅雨もなかなか明けず、気持ちがさっぱりとしない。梅雨にもアーケードにもあきあきしている。ややふるぼけたアーケードは昭和の時期につくられたものだ。もうやれやれである。ちょっと鬱屈した昭和世代の人間の顔がみえてくる。 ガリ版のアジビラを手に轡虫 この句は坪内さんが跋文でとりあげて「ガリ版の句はまさに私たちの世代の情景だ」と書いておられたが、わたしもガリ版をいたしましたよ。「アジビラ」もとても親しいものだ。文集をつくるにもガリ版だったな。わら半紙(ってわかる? あの手触りと匂い)に青いインキですられた独特の匂い。大学紛争のとき革マル派の諸君が配っていたのも、ガリ版刷りのアジビラだった。こんなアジビラが姿を消したのは、いつごろになるのだろうか。この句、思うに秋の夜長に身辺の整理などをしていて学生時代のころのアジビラが出て来たのではないだろうか。なつかしく思ってそれを手にとる。ややしみじみとして思いでそれを眺めていると轡虫の声がきこえてきた。轡虫ってあの「ガチャガチャ」のこと。そう思うとあまりセンチメンタルになりすぎずにやや冷めた乾いた感情がみえる。 太陽の黒点静か石榴割る これはわたしの好きな句かもしれない。「静か」はいるのか、いらないのか、たとえば「太陽の黒点石榴割りにけり」とした方がいいのか、なんて、ごめんなさい、後藤さま。いや、静かとあるから石榴割るという動的な一瞬が際立つのか、などと心がゆれるが、「太陽の黒点」と「石榴」の取り合わせが心惹かれるのだ。この両者にはとくに関係性はないし、あえて意味づけをすることもできないが、心底にひびいてくるものがある。 校正者の幸香さんは、「ちょっと酸っぱい嘘明日から夏休み」という句が好きであるということ。これも面白い句だ。 今回第一句集を発行させて頂きました。二〇〇〇年五月に静岡市で熊谷愛子主宰の「逢」に入会して以来の二十一年間をふりかえりながら拙句をまとめました。 「逢」では主宰を始め故人となられた諸先輩方の温かいご指導と句会や吟行等の交友により幸せな時間を過ごさせて頂きました。二〇一〇年十二月号終刊までの「逢」誌十年間を紐解き、懐かしさと毎月発刊のご苦労に深く感謝した次第です。 二〇一二年に「船団」に入会、静岡句会を中心に句作りを楽しませて頂いています。「船団」では坪内稔典先生の自由とユーモアに憧れて俳句を作って参りましたが、飛躍した発想による開眼の一句を得ることは未だかないません。 二〇二〇年船団は散在しましたがモーロク俳句ますます盛んで行きたいと思っています。 二〇二〇年から、「海程」沼津句会でご指導を仰いでいました武田伸一先生のいる「海原」に句友として入会させて頂きました。武田先生からは季語を深めることを教えて頂いています。「海原」の同人、句友の句に圧倒されながら、季語と向き合う日々を楽しんでいます 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装釘は君嶋真理子さん。 薄紙(ぐらしん)に巻かれているのですこし色が不鮮明であるかもしれないが、手触りがいい。 なにしろ人間の手作業によって丁寧にまかれるグラシンである。 そのぬくもりが伝わってくる。 用紙はすべて凹凸のある材質感のあるもの。 表紙。 扉にもちいた絵は、後藤さんの弟君である後藤秀宣氏の手によるもの。 カラーの原画を一色刷に。 これが原画である。 うっすら見えるのが傾山かしら。。。 うかがい損ねてしまった。 きっとそうだとおもう。 ![]() 大蛸が谷に来ている十三夜 雅文さんは一九四九年に大分県で生まれた。私は豊予海峡の対岸の愛媛県に一九四四年に生まれた。世代的に近いし、生地は海をはさんで隣同士だ。(略) 一番面白いのは、なにやら意味不明の大蛸の句だ。十三夜のこの谷、いったいどうなっているのだろうか。なんだかわくわくする。(坪内稔典・跋より) 句集上梓後の所感を送っていただいた。 題名を「傾山」にしましたが、この山の力を借りての句集上梓となりました。 故郷の名山「傾山」で兄弟や親戚、中学の先生、同級性には句集が近しく感じられてもらえたのではと思っています。弟の挿画の提供で兄弟の合作に近いものになったことも満足をしています。 句歴22年の駄作の数々、句集にするほどのこともないと思っていましたが、読んで頂いた方から、思わぬ反響を頂き、妻ともども今回の句集の作成本当に良かったと喜んでいます。 次の目標は取りあえず第2句集。力を抜いて季節に向き合い軽みを求め句作していきたいと思っています。 後藤雅文さん。 後藤雅文さま、奥さまともど句集上梓を喜んでくださったということ、とても嬉しく存じます。 「傾山」のことは、しっかりと頭に収めました。 青邨の句は好きな一句ですが、いったい「祖母山」も「傾山」がどこにあるのかさえ知らずにおりました。九州を旅する機会がありましたら、見てみたい山となりました。 第2句集のご上梓へむけて、頑張ってくださいませ。 また、ふたたびのご縁がありますように。。。
by fragie777
| 2021-09-17 20:31
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||