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8月17日(火) 旧暦7月10日
少し前の回想の翡翠。 台風やら大雨警報のためにまったく会えない。 元気しているだろうか。。。 この近辺もずっと雨降りである。 夜、蜘蛛を殺した。 殺したくなかったけれど、すごく大きな蜘蛛で、いや身体はそれほどではないのだが脚が異常に長い、それはそれは長い。細い絹糸のような脚が高く突き出て、蜘蛛の脚って写真でみると8本だけれど、その蜘蛛はたくさんの脚をもっているように見えた。 お風呂場のドアをあけたとたん、シャラシャラという音をたてて(実際は音がしなかったのかもしれないが聞こえたような気がしたのだ)素早い動きでやってきた。 蜘蛛もわたしの姿をみるとちょっと驚いたようだ。 身の危険を感じたのかシャラシャラと向きをかえた。しかし、蜘蛛が逃げる場所はない。 背筋がぞっとするような気味の悪さがある。直径10センチほど。 (朝蜘蛛はいいけど、夜蜘蛛は、わるいやつ) 小さな時に刷り込まれたこの考えがすぐに浮かんだ。 どうしよう。殺すのいやだな、 しかし、気味が悪い。 不気味な蜘蛛だ。(この時わたしの胸のあたりが硬直しているのがわかった) 殺すことにした。 お風呂場に逃げ込んだので、わたしは自分の服がぬれるのも厭わず、蜘蛛にシャワーを最大級の勢いにして掛けた。 蜘蛛は逃げる、しかし、逃さない、逃げる、逃さない、を繰り返しているうちにやがて動かなくなった。 死んだ。。。。 シャワーを止めると、そこに嘘のように縮んで小さくなった虫がいた。 やや後ろめたさと後味の悪さを感じながらわたしはそれをトイレットペーパーですくいとり、トイレに流したのだった。 その日の明け方(だったと思う)、 人を殺す夢をみた。(どう殺したかわからないが、わたしが殺したらしい) 血まみれの顔があって、わたしが殺したんだ、とささやくわたしがいる。 知っているような知らないような男性だった。 息苦しくて目が覚めた。 ああ、夢だ。。。 良かった。 そして、すぐに殺した蜘蛛のことを思い浮かべたのだった。 逆襲されたっておもった。 新聞記事を紹介したい。 毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」の8月3日付けのもの。西村和子句集『自由切符』より。 冷奴絹に如かずと思ひしが 西村和子 西村和子さんが山形県で郷土料理を食べたときに、美味しい木綿豆腐を食しその感想がこの一句であるようだ。坪内さんは、冷ややっこは絹ごしに限ると思っているので、この一句をみっていったいそれはどういうことか、と思ったらしい。わたしの郷里の秩父には、家からあるいて1,2分のところい美味しい豆腐屋さんがあって、そこによく買いに行かされた。そこの豆腐はすべて木綿だった。しかし、とても美味だった。東京に来てから、お豆腐に絹と木綿があると知ったのだが、東京で買う木綿豆腐は固くて、断然絹の方が美味しかった。しかし、敢えて言えば、郷里秩父で食べていたあの木綿豆腐、絹と木綿の中間のような柔らかさで絹よりも更に風味がある、それがいちばん美味いっていまでも思っている。余談であるが、京都の京豆腐は、絹と木綿の間の柔らかさであると、今見ているビデオ「京都人の密かな愉しみ」(これがすばらしく面白い)という半ドキュメンタリー番組でやっていたが、そういうことからすると京都と秩父のお豆腐はかなり近いところにある、って言ったら京都人は怒るかもしれないな。 おなじく毎日新聞の「季語刻々」の8月7日は、小川軽舟句集『朝晩』より。 階段のよくひびく家走馬灯 小川軽舟 坪内稔典さんの鑑賞によると、ご友人の家は箱階段を上ると二階の座敷に走馬灯がともっていたという。それが羨ましかったと。 「箱階段」だけでもちょっとタイムスリップした感がある。そこへもってきて走馬灯である。昭和のなつかしい風景だ。 「走馬灯」は私の人生ではあまり馴染みがないが、いまでも走馬灯をつるす家はあると思う。箱階段はあまり見ることはできないが。 「階段のよくひびく家」は馴染みである。実際わが家でも階段の上り下りはよくひびく。小さな安普請なのでそれはもうよくひびく。しかもお隣の家の階段の上り下りまで時とするとよく聞こえてくる。それほど密集して建てられていますもので。そんなわが家のような安普請の小さな家でも、そこに走馬灯がまわっていたりしたら、ふっと異界へ道があるようで、ちょっと異次元を匂わせてドキドキするかも。。。 詩人にして俳人の水月りのさんが、雑誌「りらく」8月号の切り抜きを送ってくださった。 そこで渡辺誠一郎著『佐藤鬼房の百句』を紹介してくださっている。 抜粋して紹介したい。 1919年生まれの鬼房先生が遠く旅立たれたのは、2002年1月19日。もう、19年もの時が流れた。(略) そんな鬼房に師事し、鬼房宅から見て丑寅に位置する家に住み、「小熊座」編集長を務めた渡辺誠一郎が、偏愛の百句を選び熱く語ったのが、本書である。 「名もなき日夜」「夜の崖」「海溝」「地楡」「鳥食」「朝の日」「潮海」「何處へ」「半跏座」「瀬頭」「霜の聲」「枯峠」「愛痛きまで」「幻夢」の中から厳選された百句が、一句ずつ丁寧に解説され、誠一郎さんをコンシェルジュに鬼房ワールドを旅出来る。(略) 幼くして故郷を出たという「流民」意識は強く、詩想は遙か彼方を遠望するのが常であった鬼房は、永遠なる命を目指すように、大いなる死(生)へと最後の力を振り絞り、次なる世へと向かった。 鹽竃神社近くには、 縄跳びの寒暮いたみし馬車通る の句碑もある。ぜひ本書を手に、足を運ばれたい。 水月りのさんの紹介文のなかに、渡辺誠一郎さんが、「鬼房宅から見て丑寅に位置する家に住み」とあって、この方角はなにか意味があるのだろうか。と思った。あえて渡辺さんは、その位置を選んで住まわれたのだろうか。方位学(というのかしら)に全然詳しくないので、ちょっといま調べてみたところ、「丑寅の方向」って鬼門とされていて忌むべき方向とある。つまり鬼が出入りするからということで、しかし、わたしははたと得心した。これはまさに「鬼(房)」が出入りする方向なのである。渡辺誠一郎さんにおいては、俳人としてのあらゆることが「鬼房」に向けられていた、のだ。まさに鬼房あっての自身、そんな思いをこの「丑寅」の方位に住んでいた渡辺誠一郎という俳人に見たのであった。「丑寅」の方向に住むとは、まさに鬼房への全存在をかけた誠一郎のオマージュである。とわたしは思ったのだった。
by fragie777
| 2021-08-17 19:10
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