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7月27日(火) 土潤溽暑(つちうるおいてむしあつし) 旧暦6月18日
仙川駅前の百日紅。 散った花びらが地をあかくそめていた。 少し前にこのブログでスタッフのPさんが「ゴジラ好き」であると書いたところ、(ほんとうは「ゴジラ」ではなく「シンゴジラ」だったのだけれど、、、) パートのIさんから思いがけないプレゼントがあった。 「はい、これ」って渡されたのが、 怪獣が吼えている函。 なかには、 ゴジラがはいっていた。 Pさんはとりだしながら、 「シンゴジラとはちがうけど、コイツも悪くない」とか嬉しそうである。 「グワォ-」って鳴き、背骨が光るゴジラである。 なかなかの顔つき。 誰かがわたしの翡翠(ガチャで獲得)をゴジラの手にのせた。 「あら、いいじゃない」なんていいながら、わたしとスタッフのPさんと文己さんで写真を撮ったりしてしばらく遊ぶ。 やや内股気味だったものをPさんが気に入らないとがに股になおす。 ゴジラは翡翠がすっかり気に入ったテイ。 パートのIさんは、クリスマス会でのプレゼントだったということで、そしてややもてあましていたらしく、(ふたりの息子さんも振り向きもしない)、もらい手が決まったゴジラにホッとした様子だった。 新刊紹介をしたい。 四六判変形ソフトカバー装 210頁 ほぼ新書版の大きさである。著者の加藤洋一(かとう・よういち)さんは、1947年愛知県名古屋市生まれ、癌の研究者であり、生物化学研究所を創立されそれに関する著書もある方だ。2016年俳誌「鷹」に入会し、現在「鷹」の会員である。本書を上梓するにあたって、「あとがき」で書かれていることを紹介しておきたい。 私が俳句を実際に詠み始めたのは、古希直前の頃なのでかなり遅い出発となる。随分前から俳句には関心があり、自分でも作ってみたいと思っていたが、なかなか踏み出せないでいた。それまで十年余り写真撮影を趣味とし、自費出版で写真集も上梓したが、いささかマンネリ化してきていたので、俳句の世界に思い切って飛び込んだ。俳句だと紙と鉛筆さえあればよく、さらに身体があまり云うことをきかなくなっても、それなりに続けることが可能であろう、と考えたからでもある。 その第一歩として、朝日カルチャーセンターの通信講座に申し込んだ。いろいろなコースがあるのだが、その時同人誌「鷹」の流れを汲む講座を選んだのは、偶然によるものでしかない。その折実際に添削指導をして下さったのは、昨年急逝された「鷹」の有力同人中嶋夕貴さんであった。この通信講座で一年半ほど指導を受け、俳句のイロハが分かるようになってから、「鷹」に会員として入会し、投句を始めた。 私の俳句の「鷹」への掲載は、二千十六年の六月号からであった。それから足掛け五年、二千二十年九月号で百句となった。俳句を始めて五年そこそこ、まだ「鷹」の一会員に過ぎない駆け出し者の私だが、ここでひとまず「初心百句」として、これまでの句をまとめておきたいと思った。新型コロナウイルスによるパンデミックが発生し、自分にも何時何が起こるか分からない、と云う漠然とした不安が募ったからでもある。 「あとがき」によれば、句歴は浅いが、選をうけた句が100句となったのを機にまとめておきたいと考えられたようである。 普通十年ぐらい俳句修行をして、それなりの句がかなりの数になり、そこから厳選して出版するのが常であろう。しかしまだ初心で拙い句ではあるが、初心は初心なりの素朴な良さもあるのではないか、またしばらくすると自分の句の拙さが目につき、世に出すのを躊躇するようになるのではとも考え、あえてこの段階で出版することを決意した。 ただ下手な句だけでは読者諸氏を飽きさせると思い、エッセイ風の文章も付け加えてみた。この文章によって俳句と無縁な方々にも、俳句の世界が少しでも分かっていただけたらとも思ったからである。ることを決意した。 ただ下手な句だけでは読者諸氏を飽きさせると思い、エッセイ風の文章も付け加えてみた。この文章によって俳句と無縁な方々にも、俳句の世界が少しでも分かっていただけたらとも思ったからである。 出来上がったこの一冊を手にして、わたしはこういう本の出し方も良いものなのではないかと思ったのである。 「初心百句」というタイトルも初々しく、また、添えてあるエッセイもたいへん読みやすい。 担当は文己さんであるが、文己さん曰く、「すごく読みやすくて、面白かったです」ということ。 俳句にむきあい、季語に向きあい、言葉に向きあい、素直につくっておられる著者がいる。とわたしは思った。 初心者の加藤洋一さんにとって、俳句、季語、表現、それらがすべて新鮮で、俳句をとおして新しいご自身の世界をひらいていく、そんな思いがあったのではないか、そして気負っていないのでどんどん読めてしまう。 文己さんが好きな句とエッセイを紹介したい。 古町の古道ぬけて木槿かな 最近岐阜県の東濃方面に写真を撮りに行くことが多い。大きな町はないが、古くからの町がいくつもある。そんな町はたいてい真ん中に街道が通り、その両側に街が開けている。そして細い間道があって、そこを歩くと思わぬところに出たりする。 秋のはじめであると、木槿や芙蓉の花が咲いていたりする。そんな小道を抜けてみると、町の様子が手に取るように分かってくる。たまには町の歴史などを教えてくれる親切な人に会ったりもするのだ。 加藤洋一さんは、「あとがき」にも書かれ、エッセイにも書かれているように写真を撮ることが趣味である。写真集二冊も刊行されている。写真を撮りにいった先々での風景に触発されて一句ができる。この句もそうである。文己さんの好きな句からもう一句。 ものの芽や少女におもき広辞苑 岩波書店から広辞苑の第七版が出版された際、孫娘のためにさっそく購入した。当時孫は小学三年生で少し早いかとも思ったが、多少でも知的雰囲気に浸れば良いと考え、あえて購入したものだ。 大人が持ってもズシリと重く、子供がケースから取り出して調べるのは一仕事になるだろうと感じた。しかしすぐに大人きくなって、使う回数も増えるようになるだろう。子供の成長を願い、ものの芽という植物の成長を表す、春の季語を取り合わせてみた。 小学三年生の孫に広辞苑をプレゼントするとは、なんとすてきなお祖父さまであることか。この少女、広辞苑を前にしてどんな表情をうかべたか、想像すると楽しい。ちょっと肩すかしをくったような、しかし、立派なお祖父さまからのプレゼントである、嬉しそうにしてみせなくては、でも重いよなどと心でつぶやきながら、お礼をいったんだろうなあ。広辞苑をプレゼントするとは、やはり言葉を大事にされる加藤洋一さんである。 ほかに、 密会と云ふほどもなく蛍の夜 縄文の血の沸々と鶏頭花 色町のかすかな名残り秋簾地下街を出でて明るき弥生かな など、文己さんは好きな句をあげている。 本書を読んで、加藤洋一さんがいかに人生を豊かにいきておられるか、そんなことも次第に分かってくるのだ。現役で仕事をし、写真を撮ったり、俳句を作ったりするのみではなく、さまざまなことに開かれた心をもっており興味ふかく前向きだ。美意識も豊かであり、教養とともに長い年月をかけて培われてきたものだと思う。 雁瘡や己しばりし記憶力 雁瘡とは皮膚病の一種であり、雁が来る頃に罹り、雁が去るころに治るといわれる病気である。どうも乾燥肌のひどいものではないだろうか。というのも本当は自身で罹ったことはないのでよく分からないのだ。 ただ俳句では秋の季語となっており、小川軽舟主宰の句にも、雁瘡を季語としたものがあったので、どうしても使いたくなり作ったものだ。こうして季語を一つずつ覚えていくわけである。 季語や言葉に対してもかくも挑戦的である。エッセイ読むと、挑戦したいと思った季語でどんどん作句していく加藤氏の姿がある。 ただ下手な句だけでは読者諸氏を飽きさせると思い、エッセイ風の文章も付け加えてみた。この文章によって俳句と無縁な方々にも、俳句の世界が少しでも分かっていただけたらとも思ったからである。 と「あとがき」にある。 この試みは、俳句をしらない読者にもきっと通じるものがあるとわたしは思ったのだった。 エッセイはまことにスイスイと頭に入ってくる。 本書の装丁は君嶋真理子さん。 「初心百句」というタイトルなので、できるだけシンプルなものをと君嶋さんにはお願いした。 清潔でシンプルなものとなった。 カバーをとった表紙本体。 扉。 本文レイアウト。 こんな風な謹呈用紙をそえて、贈呈された。 初心の初々しい気持ちが伝わってくる一冊となった。 俳句に詠んだ島は、三河湾にある佐久島です。 現在西尾市になる三河一色港からわずか20分ほどですが、日本の原風景が残る島と言われます。 まあ、それだけ過疎が進んでいるということでもあります。 最近ではアートの島としても有名で、若い人もずいぶん訪れるようになったそうです。 この島はモノクロ写真集「島影」にまとめております。 上梓後に加藤洋一さんから文己さんにいただいたメールである。 また、上梓後の感想もうかがってみた。 ○句をおまとめになって改めて感じたこと 今回、初めての句集を自句自解形式で作ったが、自分の句の背景などを文章としてまとめなければならず、その過程で曖昧さや矛盾点がはっきりとあぶり出されてしまった。従って自分の甘さが否応なく露呈されることになり、自己嫌悪に陥ったりもしたが、逆にそれに正面から向き合わざるを得ず、大いに勉強になった。初心の者にとっては、この形式は自句を客観的に眺めるよい機会になり、句集制作の一つの形式としてお勧めしたい。 ○今後の俳句活動について 一応俳句同人誌「鷹」の会員ではあるが、今までほとんど一人で句作を続けてきた。このような行き方は、本来邪道かもしれないが、気楽でよかったとも思っている。ただいろいろな意見を聞かないと、独りよがりになり、いずれ隘路に入る気もするので、今後は気楽に話し合える仲間を探したいと思っている。 ○今の加藤様にとって俳句とは 俳句は、なかなかとっつきにくいものだが、俳句の骨法がある程度分かるようになると、楽しさが一気に増してくるものだとつくづく思った。俳句の他にも写真撮影などの幾つかの趣味を持っているが、俳句は特段の道具もいらず、鉛筆とノートさえあればできるので、多分最後まで続けられる趣味となることと思う。この歳ではもうあまり上達することは望めないであろうが、今後も楽しんでやっていきたい。 そして、文己さんとわたしに写真集を送ってくださった。 刊行された写真集。 写真集『島影』より。(光ってしまってごめんなさい) 加藤洋一さん 雨ながら美濃から飛騨へ山法師 わたしの好きな一句である。地名をうまく詠み込んで、雨にぬれて山道沿いに咲く山法師の白い花がその葉のみどりとともにあざやかに迫ってくる。「雨ながら」の措辞が巧いと思う。 添えられたエッセイには、「美濃も飛騨も今では同じ岐阜県に含まれるのだが、かつては別々の国に分かれていた。美濃と飛騨を結ぶ旧道の一つに、「せせらぎ街道」と名づけられた道があり、車で駆け抜けると、まことに気持ちが良い。」とあり、わたしも是非にこの「せせらぎ街道」を車で走ってみたいとおもったのだった。 初心のときの句をこのようにまとめて刊行するのも、よき試みかもしれない、と本書にふれてあらためてそう思ったのだった。
by fragie777
| 2021-07-27 19:41
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