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6月10日(木) 腐草為螢(ふそうほたるとなる) 時の記念日 旧暦4月30日
落梅。 美しい落梅。 ほれぼれとするほど。 こちらは色づいた落梅。 落梅のこの球体は文句がつけようがないほど、完全なる球体である。 たくさん落ちていたが、わたしは拾わず、拾っている人もいた。 梅酒をつくったり料理好きな人は、そのようなこともするのであろうが、わたしはしないので拾ってはみたが、その冷たさの感触を手に感じさせふたたび戻す。 梅酒をつくることはしないが、大いに飲みます。 いま家にあるのは日本酒「〆張鶴」でつくった梅酒。 ソーダ水と氷りで割ると、さっぱりして美味い。 ふらんす堂より自伝的エッセイ集『曠野より』を上梓された国文学者かつ文芸評論家でありまた教育者でもあった栗坪良樹(くりつぼ・よしき)氏がこの3月30日に急逝されたことを知った。元新潮社の編集者でいまは俳誌「沖」で活躍されている奥さまの栗坪和子さんより瀟洒な一冊『栗坪さん』が送られてきて、そのご挨拶状によって知った。享年82。心臓の病のためという。 この本は、栗坪良樹氏をしる人たちの著書の感想や思い出など24編の文章からなるもの。最初におかれたのは文芸評論家の三浦雅士の『曠野より』についての毎日新聞における書評の再録である。 その一部を紹介したい。 半自伝と銘打たれているが、素晴らしい小説である。(略)歴史など物語にすぎない。ここではその物語の底に潜む生の原初的な感情そのものが復元されているのである。 2011年10月13日刊 本書の最初におかれた「神さま」と題した文章をそのまま紹介したい。 神さま 神さまは盲目の老婆だった。腹痛を起こして七転八倒するぼくは、母に背負われて神さまのもとへ走った。 腹の痛さよりも、目の見えない神さまの姿が恐怖であった。老婆は身動きのとれないぼくの額に、ひんやりとした両手を当てて、ドウシタノカ、といいながら顔じゅうを撫でさすった。だんだん気が遠くなる思いだった。 それからぼくは、腹を出して仰向けに横たえられた。腹のあたりを神さまの手が這いずりまわっている。さっきの手よりも奇妙に温かい。瞑目した僕の目の裏に、星がいくつもはじけて飛んだ。 イタイカ、神さまはいう。痛いとはいわせないぞ、という気合いを感じた。 盲目の婆さんと母とが喋っている、モウダイジョウブ、冷えたんでしょうかね。神さまとの出会いは、この日はこれで終わった。 「あとがき」で著者の栗坪氏は、「私の脳裡にあった残像の歴史」と記されている。 心より、ご冥福をお祈り申し上げます。 ちょっと余談であるが、『栗坪さん』をいただいてわたしは栗坪和子さんにお電話をした。 先輩の編集者でありよく存知上げている方だ。久しぶりにいろいろとお話をしたのだが、この二冊の本、どれもブルーが用いられている。和子さんによると、 「『田中裕明全句集』があるでしょう。あの本すごくいいのよね、あの本に使われているブルーが、わたしも栗坪も好きだったのよ。だからあのブルーをもってきたの。栗坪もわたしも田中裕明さん、好きだったのよ」 田中裕明さんのことが、栗坪良樹さんまで知られていたとは、また、あの全句集を持っておられるとは、田中裕明という俳人を愛する人がおおいことにこのごろますます驚いているyamaokaである。 大井恒行さんのブログで、渡辺誠一郎著『佐藤鬼房の百句』が紹介されている。 鈴木六林男と鬼房とのことにふれてのエピソードなども書かれている。 また、藤原龍一郎著『赤尾兜子の百句』についてもいろいろな方が取り上げてくださっているようだ。 藤原さんがおしえてくださったものを以下に紹介しておきたい。 →木村草弥さんブログ 木村草弥さんは、口語自由律短歌歌人。 →叶裕さんブログ 叶裕さんは、「里俳句会・塵風・屍派」に所属する俳人。 「今年は赤尾兜子没40年となります。」藤原龍一郎さんが、メールでお知らせくださったのだった。 没後40年、、、、もうそんなに経ってしまったとは。 出版社勤務をしはじめたときに、赤尾兜子氏には原稿をいただいたこともお電話もさしあげたこともあったように思う。 「自死」の知らせの衝撃も今でも覚えている。 今朝は鳥たちがやけに騒がしかった。 いろんな鳥たちの声が聞こえた。
by fragie777
| 2021-06-10 18:52
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