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6月7日(月) 旧暦4月27日 今は歩けば紫陽花に逢う。 紫陽花の花って、道に沿って植えられていることが多い。 そばによるとその鞠が手にふれたりする。 柔らかくて冷たくて、ああ、紫陽花って思う。 そんな紫陽花の径をたくさん通ってきた。 傘ぶつかつて紫陽花に溺れたり 櫻井博道 紫陽花はきつと誰かを隠しゐる 石田郷子 藤原龍一郎さんが、『赤尾兜子の百句」についての反響をいろいろと教えてくださった。 歌人のさいかち真氏がそのブログで取り上げておられる。 また、SF作家の高井信氏のブログでも。 是非にアクセスを。 さいかち真さんが書かれていた、 ある年齢に達した著者が手掛ける書物として、もっとも望ましいかたちのもののひとつが、こういう本であろうと思う。本を見た瞬間に「ああ、いいなあ」と思わず声に出た。若い頃に影響を受けたものや、師筋の作品について掘り起こしてみるということは、老年に入った創作者がもう一度自分の生の深部を活性化させて、生き直すことにつながる、とても大切なことなのである。 この一文はまさにわたしがこのシリーズにおいて、その師系につらなる俳人の方にお願いしたいとおもっていたことなのだ。 ある俳人を顕彰すること、そのことももちろん大事であるが、その俳人に取り組むことによってあらためて俳人としての自分に出会い、自分を問い直すことになる。自分のための一冊として書いてほしいという思いがあった。 さいかち真さんは、そのことを的確にここに記しておられる。 師を持ち師に学ぶ、あるいは好きな俳人に徹底的に入れ込む、私淑する、親炙するっていうことでもいい、そのことはものすごく大切なことのようにおもう。とくに伝統的な詩型においては。 誰かに自分をみとめてもらうのではなくて、誰に学びたいか誰に認められたいか、ということが大切なように思う。 このシリーズを手掛けるようになってその思いをいっそうにした。 もちろん存命の著者をしらない俳人を手掛けるのも、その向きあい方でいい一冊となる。『加藤楸邨の百句』など然りである。実は北大路さんには「山頭火の百句」を書いてもらうつもりだった。しかし、北大路さんが加藤楸邨をやりたいと言う。楸邨?!っておもったが、考えてみれば師系ではある。そして取り組みたいものはそれなりの情熱をもって取り組んでくださるだろうと思ったのだった。時間はかかったがほかの誰もが書けないような「加藤楸邨の百句」となった。 この「百句シリーズ」はさらに充実させていきたいと思っているのです。 山田佳乃さんより「京極杞陽の百句」が入稿となった。 個人的にはとても好きな俳人である。 ふらんす堂では、お母さまの山田弘子氏の編著で京極杞陽精選句集『六の花』を刊行。 山田佳乃さんは、ご自身が主宰する俳誌「円虹」で、杞陽について連載をしてこられたのだった。 秋頃までには刊行したいと思っている。 この川鵜はアレクサンドルではない。
by fragie777
| 2021-06-07 18:59
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