ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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書かれたところから様々考えを広げていくことのできる一書。

5月29日(土)  旧暦4月18日




書かれたところから様々考えを広げていくことのできる一書。_f0071480_18223674.jpg

紫陽花をながめていると決まって虫がいる。
これは蠅。



書かれたところから様々考えを広げていくことのできる一書。_f0071480_18224042.jpg

こちらは蜂。

美しい色である。


書かれたところから様々考えを広げていくことのできる一書。_f0071480_18224384.jpg

そしてとても可愛らしい。


写真を撮ることに夢中になって刺されないようにしなくては。。。



今日は午前中の散歩から家にもどって昼食をすませ、予定では仕事場に行くことになっていたのだが、iPhoneで中国ドラマを見ているうちに熟睡してしまった。
このドラマ「宮廷の諍い女」というドラマなんだけど、すごいわよ、清王朝の紫禁城における女同士のどろどろとした争いなんだけど、、、いやはや。である。出て来るグッズの素晴らしさには目を瞠ってしまう。
蕁麻疹の薬の作用のためか、それは深い眠りとなり、目が覚めてもなかなかすぐに身体を動かすことができないほどであった。
わたしは百年の眠りからさめた王妃のように優雅にゆっくりと起き上がったのだった。
すでに三時半をまわっていた。
そういうわけで仕事場についたのは、夕方ちかくになってしまった。
大切な手紙を書いていると、スタッフのPさんがめずらしくやって来た。
「あら、どうしたの」と聞けば、これから美容室へ行くという。
「髪をばっさりと切るかって迷ってます。切らないで思い切った色に染めるか、どうしようかなあ」って。
「うふふふふ、まっどっちもいいんじゃない」とわたしは答えたのだった。
どう仕上がってくるかお楽しみといったところである。




書かれたところから様々考えを広げていくことのできる一書。_f0071480_18225055.jpg

俳誌「鷹」(小川軽舟主宰)六月号が届く。


河原風人さんが、東直子・穂村弘共著『短歌遠足帖』を俳句時評でとりあげてくださった。
タイトルは「俳句の呼吸・短歌の呼吸」。
抜粋して紹介したい。
河原風人さんは、俳人であるからタイトルにもあるように、この本を論じながらそこには俳句と短歌がいかに違うかということに着目しておられる。その結果、俳句の固有性が浮き彫りにされる。

 実験用山羊を殺めし若き日を語りつつ指す黒き牡山羊を     岡井 隆

俳句は音数の少なさゆえに時間の経過を詠むのに適さないと言われる。対照的にこの一首に含まれる時間は、自分の若き日を語る上の句、現在の自分がクロスしてくる下の句で明確に分かたれ、その間に横たわる時間はおよそ六十年である。おそらくこれを詠もうとすると俳句では①実験用山羊を殺めた若い頃の自分+取り合わせの季語、②現在黒い山羊を指す自分+取り合わせの季語という二通りの作り方に成るように思う。(略)短歌と俳句の差異は感得した内容から何よりも「どこを削るか」という発想が優先されるか否かにあるのではないか。言葉をいかに削ぎ落とすか、あるいはつけ足すことで膨らみをもたせるか、という詩型それぞれの対象との呼吸のと合わせ方を感じさせる箇所だった。

 「どっちからきたんだ、これからどこへゆく、あっちですか」と動物園で   穂村 隆

解説を読むと、吟行中の岡井氏の発言をほぼそのまま歌にしたとのこと。俳句で言う挨拶句のようなものらしい。一首の大部分を占めるのは不穏な問いかけである、何について言ってるのだろう、と読者は読み下すまでの数秒で逞しく想像を膨らませる。最後の七音で、それは人間が同じ動物を娯楽として眺めるために作り上げた動物園でのことなどなのだと判明する。結果として、一首には人間存在そのものの行く末を暗示するような深い味わいが生まれてくる。俳句でも言葉の効果を考えた場合に下五で種明かしをする、という手法はよくとられる。しかし、短歌では音数の差から、そのギャップが生まれるまでの「タメ」が俳句よりも長大なのである。

このようにして短歌と俳句の違いを綿密にくらべながら、短歌における「季感の稀薄さ」に言及し、「短歌の三十一音では、言葉の強さによって季感を限定せずとも作品が成立するということなのだろう」と語る。そして、「句会のゲーム性」についてふれて、

短歌の座は、「音数」「季感」という縛りがゆるく、自由度が高い分、座の連帯感は弱まり、作家の孤独な戦い色味が濃いようである。その孤独性が作家を己のパーソナルな部分と対峙させ作品に為さしめているとも言えるが、その反面、座自体が作品を拾い上げ新たな可能性を示す力は、俳句に分があると言えよう。

と、俳句に於ける座の力に言及している。そして、

一冊の読み応えは非常にライトであったが、書かれたところから様々考えを広げていくことのできる一書だった。

と紹介をしてくださった。



おなじ「鷹」六月号で、 田上比呂美句集『休暇明』について、夕雨音瑞華さんが鑑賞をされている。抜粋して紹介したい。

 休暇明耳筆パつてピアス挿す
 野暮用が我を追ひかけ扇風機
 サーファーもをりぬ平均的家族
 たんぽぽの絮浮くどこまでが助走

今回明るい句を多く取り上げたが、意気込むことなく句集全体で大きなリズムを感じられる。手元に置いて気軽に手にとりたい。健康的な句集である。



この「鷹」六月号の口絵に俳句月評をされている河原風人さんの結婚式の写真が掲載されている。おなじ「鷹」に所属する佐藤栄利子さんとご結婚されたのである。ともに軽舟主宰も一緒に写っておられ、河原さんは、主宰より賜った「漕ぎ出せば岸なつかしく芽ぐむなり」という祝句を胸の前にかかげておられる。この写真をみてふっと、結社っていいなあっておもった次第。
お二人におめでとうございます。とお祝いを申し上げたい。




これも座の力なすところか、
いや、冗談です、
おゆるしを。105.png




今少し前、Pさんが戻ってきた。

「切りました」とばっさりと長い髪を切ってきた。
「うん、わるくないんじゃない」とわたし。
暑い夏にむけて、短めのボブっていいとおもう。
髪もライトに染めたようだ。

実は明日わたしもその美容室に予約をいれてある。
わたしはカットのみなんだけど、
「やや過激なヘアースタイルに!」
って言おうか言うまいか、迷っているところ。









書かれたところから様々考えを広げていくことのできる一書。_f0071480_18224710.jpg

歩いていたら視線を感じた。

横をむくと猫の視線があった。

猫に見つめられるってなぜか嬉しい。。。。












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by fragie777 | 2021-05-29 19:42 | Comments(0)


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