ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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全てが「美しい」のである。

3月26日(金)  旧暦2月14日



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芽吹きの季節となった。


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木々の緑をあらためてまぶしく新鮮に見上げる季節だ。



全てが「美しい」のである。_f0071480_17365486.jpg



今朝はすっかり寝坊してしまった。
しかもここ数日、花粉症が皮膚にでたのか皮膚アレルギーとなって、唇のまわりが腫れてしまう日が続いている。
マスクをするので、助かっているのだが、数日前は下唇が腫れ、昨夜は上唇が腫れ、今日はどうにか腫れがひいたのだが。
スタッフ達と軽口をたたきながら仕事をしているとき、
「ほんと、唇が腫れたときはもう顔が変わってしまって、、、」
「あれっ、アンジェリーナ・ジョリーみたいになっていいんじゃないですか」と笑いながらスタッフ。
「確かに、彼女の唇は腫れている。けど、どこがちがうんだろう?」って本気でyamaoka.
「骨格はおなじ、世界を4分割したら同じカテゴリーの骨格ですよ」ってPさん。
「じゃ、どこが違うというの?」
「うーん、中身ですね、これはもう」
全然わからん、、、
しかし、決定的になにかがちがうのである。
おなじように唇が腫れていても。。。
違いの原因わかります?
比較それ事態が、無謀だって。。
あはっ、
ですよねー!129.png








新刊紹介をしたい。


涌羅由美句集『音色』(ねいろ)



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四六判薄表紙上製カバー装帯あり。204頁 二句組 第1句集。

著者の涌羅由美(ゆら・ゆみ)さんは、昭和39年(1964)兵庫県生まれ、現在は神戸市在住。大学の音楽科を卒業後、平成5年(1993)に「ホトトギス」への投句をはじめ、平成12年(2000)ホトトギスの「野分会」に入会し、稲畑汀子、稲畑廣太郎の指導をうける。平成16年(2004)日本伝統俳句協会新人賞を受賞。「ホトトギス」同人。平成27年(2015)「円虹」に投句。日本伝統俳句協会会員。本句集には、稲畑汀子名誉主宰が序句を、稲畑廣太郎主宰が序文を寄せている。


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 これよりは春の音色の新しく   汀子



この度涌羅由美さんが句集『音色』を上梓されることになった。長い俳句生活の中で、これが第一句集であることに少し驚いたが、母として、音楽家として、そしてホトトギス俳人として多忙を極めてこられた彼女にとっては満を持したひとつの節目としての大仕事とも言えるだろう。

 爽やかや母となる日の近づきて
 産み月の身のおき所なき暑さ
 子の歩幅それぞれありて青き踏む
 薫風やゴールに描く放物線
 悴みし指に躓くショパンかな
 リスト弾く第一音にある淑気
 時雨忌やモーツァルトも旅の人
 み言葉はものの芽を解く風となり
 十人の涼しきミサでありにけり

涌羅由美さんの詠まれる句は多彩で、色々な経験から豊かな語彙、発想の面白さも多々ありバラエティに富んでいるが、全ての句に共通する言葉を申し上げるとすれば、それは全てが「美しい」のである。これは紛れもなく家族に対する心、音楽に対する心、信仰に対する心が俳句の心へと昇華され、その心の美しさ故の「美」を醸し出しているのである。

「美妙――序にかえて」より句と文章を抜粋して紹介した。
序文でも触れられているのだが、句集のタイトルは「音色」、そして、全体を5つにわけた各章の見出しもすべて「色」がついている。「彼女の今まで歩んできた人生が色で時代分けをされている。」と稲畑廣太郎主宰。第1章「若葉色」、第2章「空色」、第3章「小麦色」、第4章「茜色」、第5章「虹色」である。繊細に編まれ句集である。色によって各章をイメージづけ、全体のタイトルが「音色」という、視覚から聴覚へと、あるいは聴覚から視覚へと、読者を導いていくのである。色と音とによって為されたシンフォニーとも。

 緑蔭に散らばつてゐる子等の声
 夕焼のジャングルジムを独り占め
 夢の底まで恋猫の迫つて来る
 靴の先より冬の夜の迫り来る
 ノクターン聴きまどろみの居待月
 鍵盤の十指に重く梅雨に入る
 みちのくの祈りの数の星月夜
 み言葉はものの芽を解く風となり
 十人の涼しきミサでありにけり
 ゆきあひの風を乗り継ぐ秋の蝶

担当の文己さんの好きな句をあげた。
涌羅由美さんは、阪神淡路大震災を経験されている。「街ひとつ祈りで満ちて冬灯」という句が収録されているが、「みちのくの祈りの数の星月夜」は、東北大震災への一句だろう。震災を経験してものでなければわからない思いをもって詠まれた一句だとおもった。

 靴の先より冬の夜の迫り来る

文己さんがあげた句のなかでこの一句はわたしも好きである。読めばわかりにくい一句ではないのだが、やや不思議な感触がある。冬の夜が靴先から迫り来る、というのだ。しんしんと冷えていく大地、風もつめたく、あたたかに身体を防寒していても、裏地のついたブーツでも履いていないかぎり、靴先というのはいかんともし難いくらい無防備な箇所かもしれない。この句、冬を敏感に察知する靴のイメージは革靴のやや先のとがったもの、そんな靴を思う。そんな靴をはいてこつこつと硬い音をたてて歩いていけば、冬の夜の冷えが靴先より染み込んでくるのだ。ああ寒い。。「靴の先より」で寒さが肉体を制圧しつつある。

 子の歩幅それぞれありて青き踏む

著者は、三人の男の子を育て上げた。いやあ、凄いって思う。一人だって体力と気合いのいる子育てである。しかも男の子って、女からすると異性であるので、小さいときはそれなりに母親絶対で可愛いのだが、長じるとわけわかんない部分もでてきて、反抗期などをむかえたら野球バットをもって向き合うなんてこともあって、ああ、でもこれは出来のわるい母親であったyamaokaの経験だからすべてはそうとは言えないが、でも、体力いると思うなあ、そいう男の子を三人も育てられたのだから、すばらしいというより他はないのだが、この一句、三人のお子さんの歩幅を詠んだ(そうでない句としても成り立つが)としたら、その余裕に敬服する一句だ。優しく冷静に、子ども達が春の草々の上で遊んでいる様子を、描写した一句である。子どもたちを遊ばせて、そして作句。3人の腕白坊主を前に髪振り乱して絶叫する母親であってもけっしておかしくないのだが、句心をもてば、子育てもかくも余裕がもてるのかもしれない。

 み言葉はものの芽を解く風となり

引かれた一句である。「十人の涼しきミサでありにけり」という句もあるように、涌羅さんはカトリック信者である。稲畑廣太郎氏は、「現在時々行われている、野分会芦屋例会の前に、同じ野分会会員でもある酒井湧水司教様司式で行われるミサには必ず与られており、その信仰の深さをこれらの句から豊かに感じることが出来る。」と序文で書いておられるが、稲畑氏も信者でいらっしゃると思う。「み言葉」という言葉がそく聖書の言葉であると反応するのは、キリスト教信者であると思う。わたしも不肖のプロテスタントであるが、「み言葉」という言葉は、聖書の言葉としてしか考えられない。この句、引かれる一句であるが、ちょっとわかりにくい。「ものの芽を解く」というのが、風となった「み言葉」であるということだ。神の言葉は風となって森羅万象にあたらしい命をふきこんでいく、ということだろう。それを具体的に「ものの芽を解く」と表現したところが、詩である。聖書においては、「風」はすなわち「霊」でもある。ギリシャ語において、ヘブライ語において、「風」と「霊」はおなじ言葉でもって表されるとも。しかし、この一句はそのような知識より発したものであるというより、涌羅さんの信仰心によって導きだされた一句であるとわたしは思った。幼児洗礼を受けられたという。み言葉をおなさい頃から聞き続けてきた涌羅さんの心が芽吹きの背後に神の御手を見出した一句と思う。ステキな信仰告白である。


校正スタッフのみおさんの好きな句は、「雲の峰大きく背負ひマウンドへ」へ。「かっこいい男の子が見えてくるようですよね!」と。確かに!

もう一人の校正スタッフの幸香さんの好きな句は、「蜘蛛の囲の風を漁るばかりかな」に特に惹かれました。蜘蛛の囲が風にふくらみ、しがみつくようにいる蜘蛛が哀れです。。



長男を身ごもった頃、叔母から送られてきた稲畑汀子先生の句集に感銘を受け、育児日記代わりに俳句を詠み始めてから二十七年。この春、三人の息子達もみな社会人となり、母親としてひと区切りになることを機に、句集を纏めることにしました。
三人の腕白坊主の子育ては、笑いあり涙ありで、数えきれないほどの思い出でいっぱいです。当時の句帳を繰りますと、昨日のことのようにその情景が鮮やかに蘇ってきます。なかなか句会に参加できない時、汀子先生はいつも「家族のことを一番にお考えなさい。俳句はその次。無理してはだめよ。」と優しいお言葉をかけて下さいましたので、あるがままに、細く長く続けてこられたと、今改めて思います。
そして、俳句を続けることによって、幅広い世代の先輩方や、野分会で共に研鑽を積む全国の句友との出会いがありました。こうした出会いは大切な宝物です。
さて、私には俳句とともに大切にしているライフワークがあります。それは音楽です。結婚前は中学校で音楽を教えていましたが、今は自宅でピアノを教えています。子ども達の瑞々しい感性や、生き生きとした姿に触れるたびに、小さなことにも素直に感動できる心をいつまでも持ち続けたいと思います。
俳句は世界で一番短い詩ですが、その十七音に限りない色彩と豊かな響きを持ち、読む人の想像を広げる素晴らしい力を持っています。音楽もまた、美しい旋律は人の心を揺さぶり、その音色で様々な感情や情景を表現します。これからも、音楽を奏でるように詩情豊かな俳句を詠みたいという思いから、句集の題を「音色」としました。

「あとがき」を抜粋して紹介した。
やはり三人の息子さんを育てながらの、作句の日々だったのだ。音楽と俳句にささえられて今日のある涌羅由美さんである。


本句集の装丁は君嶋真理子さん。

涌羅由美さんは、造本、装丁にもこだわりを持っておられた。

そして出来上がったのが、この句集である。



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鍵盤を装画にして欲しい、ということ、
この紺色がお好き、ということ、

鍵盤から芽吹きがはじまっているような装画であるのが面白い。


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カバー、表紙と紫紺でおさえて、見返しがハッとするような真紅。
これも涌羅さんのご希望だ。


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扉。


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厚いボールではなく、薄いボールを使った上製本であることを選ばれたのも涌羅さんである。


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やわらかな丸背。
金色の花布。



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シンプルな色彩であるが、タイトルの金箔が映えて、洗練された華やかさを感じさせる一冊となった。



 草笛の風の音色となつてをり

この句集『音色』を皮切りに第二、第三句集と続いて出されることは俳句界にとっても大きな財産になる。それこそ花鳥諷詠の使徒として、多くの人々にこれらの「美しい」句が鑑賞されることを祈って、拙文の筆を擱くことにする。(稲畑廣太郎。序より)





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涌羅由美さん

近影を送ってくださった。





段ボール箱ぎっしり詰まった沢山の本を見て、今、改めて自分の句集を上梓できることに感動してます。
何もわからない私に、きめ細やかなアドバイスや連絡を頂き、本当にありがとうございました。
最初から最後まで、何の不安もなく、楽しく句集作りができたのは、ふらんす堂さん、そして横尾さんのおかげです!!


こんなお言葉をいただいた。
そしてyamaoakにもご丁寧なお手紙をいただいている。
「句集を上梓して本当に良かった」と。
そう言っていただけるだけで、yamaokaは嬉しいです!!!







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by fragie777 | 2021-03-26 19:53 | Comments(0)


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