ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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啓蟄ならぬとんだ啓蟄のような。。。

3月6日(土)  蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) 旧暦1月23日


気持ちのよい春の風がふく一日となった。

夕方ちかく仙川沿いをあるいてみる。



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日向水木の花。



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土佐水木より小ぶりである。




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お隣には木瓜の花。



あたたかくて冬のコートは却下して、春のコートをはおる。

それでも歩いていくと汗ばんできて、コートの前をあけて歩く。



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雑木林も春風がとおりぬけ、ゆったりとした空気感だ。


わたしはいろんな木に触ってみる。





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仙川は菜の花にふちどられ、水が暗くみえる。

ここの一角に翡翠の巣をみつけた。

ふっと現れてそこに入っていったのだ。

しかし、ナイショにしておこう。
目下子育てをしているかもしれない。


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若草にやすらうカルガモ。



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いた、いた。


ここはお気に入りの場所である。


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セミコちゃんだ。


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セミコちゃんは今日もザリガニをゲット。
その手際(?)はまことに鮮やかである。


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こちらはセミオかとおもったがどうやらセミノスケである。



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そしてセミチビ。



今日はひとしおよく鳴いて美しい囀りを聞かせてくれた。



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椋鳥が水を飲みにやってきた。



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おおかたの鴨の姿がみなくなってしまったが、
まだ残っていたコガモ。


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こちらは一対のヒドリガモ。


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しかし、間もなく帰ってしまうだろう。




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丸池公園はさまざまな鳥声で満ちていた。


目白や四十雀もいた。


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コゲラが飛んできて、樹木をつつきはじめた。

かなりの音である。



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これはエナガ(柄長)。

身体は小さいが尾が長い。



あたたかな春の夕暮れを鳥たちとともに過ごしたのだった。


桜が咲くのもそう遠くない日だろう。





今日は、田中裕明・森賀まり共著『癒しの一句』より、今日の日付のもので田中裕明さんの解説のもの。

 啓蟄の銀座の地下の房(ぼう)に逢ふ    高橋睦郎

古い言葉で、「仲春の月、蟄虫みな動き、戸を啓き始めて出で」という。これが啓蟄という中国の暦で二十四節気の一つで、陽暦の3月6日ごろにあたる。蟄虫とは、土中に隠れて冬ごもりをしている種々の虫のことをいう。春になって、蟻、地虫、蛇、蜥蜴、蛙などが地上に這い出してくる。「蛇穴を出づ」「地虫穴を出づ」などと俳諧味のある季語にもなっている。
掲出句はそういう俳意をふまえて、人間界をうやや皮肉に観じた作品である。房は小部屋の意味だが、この場合は茶房か、酒房か。銀座の地下の酒場で出逢うお互いがまるで土中の蛇か地虫のように感じられて、おもしろい。地下の小部屋にも春は確実にやってきているということだろう。すこし体がむずむずする感じ。句集『賚(たまもの)』所収。句集ではこの句の次に「啓蟄の今日出でありく足の数」という作がならんでいる。これも人間界のことをいいながら、まるで忙しく出歩く人間がたくさんの足を持った一匹の地虫であるかのような錯覚を伴う。作者は現代詩人にして、俳諧をよくする。(啓蟄:季語)






いま紹介しながら、今日わが家でおこった事件(?!)を思い出した。
食器棚の下段にある扉をひらいて、菓子などをいれる塗り物の椀をとりだした。
三つの椀が重ねてあったのだが、それはひさしくつかわれなくなったもので、取り出すのも何年かぶりというもの。ひとつ、ふたつと椀をもちあげて最後の椀になったとき、なかに黒いものが、、、ややっ、な、なんと、それは干からびたゴキブリだったのだ。
ヒエー、とわたしは叫び、それをゴミ捨てにすてようとしたところ、傍らにいた人間が「トイレに流した方がいい」という。で、わたしはそれをトイレに流したのだった。
輪島塗などの椀もあってどれもなかなか気にいっていたものだが、その〇〇〇〇が入っていた木製の菓子椀は洗ってはみたもののどうにも気持ちがわるく、「これは捨てる!」と宣言をして燃えるゴミの一群に放り込んたのだった。

〇〇〇〇が永眠していたその食器棚は消毒ティッシュでよくふき取ったが、いやはや、そこを開けるたびに思い起こすことになるだろう。
啓蟄ではないのだが、虫があらわれたということでは、一種の啓蟄か、いやそんなことは断じてないのだが、身体がこうムズムズしてくるのである。
〇〇〇〇の出現におそれおののく季節にもなったのである。











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by fragie777 | 2021-03-06 23:12 | Comments(0)


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