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3月2日(火) 旧暦1月19日
梅の季節も過ぎ去ろうとしている。 リモート体制となって毎日朝早く仕事場に出かけなくてすむようになり助かっていることがいくつかある。 そのうちのひとつに、「大地の会」の宅配を受け取れるようになったこと。 以前は、暗くなって帰ると、発砲スチロールの箱が玄関の前に積み重ねられて、それを明けて中を取り出す作業をしなくてはならなかった。真夏などものがいたむのではないかと心配をしたものである。 いまは、午前9時過ぎにやってくる宅配のお兄さんからそのまま受け取ってすぐにしまう。 ずいぶんラクになった。 今日のお夕飯は、やってきたばかりの菜花とホワイトマッシュルームとちりめんじゃこのパスタ。 食材を受けとりながら、そう決めたのだった。 春らしくってイイでしょ。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯有り 230頁 令和俳句叢書 西宮舞(にしみや・まい)さんの第5句集となる。西宮舞さんは、俳誌「狩」を経て、いまは「香雨」の特別同人である。本句集に、鷹羽狩行名誉主宰が帯に文章を寄せ、片山由美子主宰が帯の12句を抄出しておられる。 帯分を紹介したい。 こころにも風入る隙間秋すだれ すっと風が入ってくるような隙間が心にもあるという。秋すだれが陰影を感じさせる。 日のさして後ろ姿の夕時雨 去り際に日がさした時雨に後ろ姿を見た。その把握が秀抜。 去年とは音色の違ふ祭笛 笛の吹き手が替ったというのではなく、聞く側の心に変化があったに違いない。 こうした作品が示すように、どの句にも内面の投影があり、著者の昨今の心境をうかがわせる味わい深い一巻である。 鷹羽狩行氏が「心の陰影」に触れているのだが、西宮舞さんは一年前の2月2日にご夫君を亡くされている。本句集はその鎮魂の思いに貫かれたものであるといってもよいかもしれない。 句稿をいただいたときはまだかなり声にお力がなく、大きな悲しみのなかにおられる、そんな思いがあった。ご本人もその悲しみからなんとか、ご自身を奮い立たせようとして句集を編む決心をされたのだろう。 抱く児の確かな鼓動寒の雨 句集名となった一句である。 逝ってしまう命もあれば、この世に生まれてくる命もある。死がリアルなものであれば生もリアルなものとして迫ってくる。本句集は、その死と生を見つめた著者の心がつむぎだした俳句を収録した句集でもある。 驚きの手足のままに鵙の贄 月光や白さざんくわのこぼれ継ぎ 凍鶴の時を封じてゐたりけり 春愁や写真のなかのひと昔 時惜しむごとくゆつくり散るさくら 夫に息吹きかけてゐる雪女郎 終の息冬青空に吸はれゆき 片山由美子氏が抄出した12句より抜粋して紹介。 夫に息吹きかけてゐる雪女郎 句集の後半の終わりにおかれた逝く夫を詠んだ一連の句のなかの一句である。 「あとがき」に「夫は肺炎発症以降、徐々に肺の線維化が進み、在宅で酸素を吸いながら闘病しておりましたが、九か月の入院の末、今年二月初め七十歳を目前に力尽きて逝ってしまいました。」とあり、その闘病の渦中の一句だ。すでに夫の死を覚悟しているのか、冷たくなりつつある夫の身体だ。雪女郎は夫に息をふきかけながら連れ去ろうとしている。そして〈終の息冬青空に吸はれゆき〉と、最後の息を吐いて夫は逝ってしまった。臨終の夫の様子をこうして俳句に詠むことで、夫との絆を言葉にしてより確実なものに留めておこうという作者がいる。それはまた俳人魂がなせることかもしれない。 これらの句をふくめて「枯野」と題した最後の章に収録された俳句は、夫との永訣とその後を詠んだ作品群である。ほかに、 遺されし身にはりはりと薄氷 しやぼん玉浮かぬこころを吹き尽くす 死者になき未来しづかに木々芽ぐむ 人の世のかなしみを吸ひ老桜 夫逝きて永久に片恋春の雲 最後におかれた一句である。ご主人を愛しておられたんだなあってつくづくと思う。いや、愛しておられた、のではなく、「永久に片恋」である、いまもなお生きて愛し続ける作者がいる。その愛は一方通行だ。なんとも切ない句である。長い夫婦生活を経て逝きし夫をなおこんな風に詠めるとは、強い愛情で結ばれていたご夫婦だったのだ。 本句集のタイトルが「鼓動」であるのは救いだ。夫追慕の切ない心情が圧倒する本句集ではあるが、一方、新しい命の躍動も詠まれている。 赤ん坊の睫毛の育つ蝶の昼 白息をつかまんとする幼かな 産道を下る赤子や天の川 この「産道を」の句はとくに好きだ。「天の川」の季語によって、赤子の誕生が宙にかがやく星々の祝福をうけ、産道が天の川より直結していかのような気宇壮大な一句となった。命の生誕は宇宙の神秘に属するものだ。そんなことをも思わせる一句だ。 卵割る窓を初蝶よぎりけり さりげない一句であるが、好きな句である。初蝶におどろき心がうごいたということがはからいなく詠まれた一句だ。目玉焼きでもつくろうとしたのか、卵を割ったそのとき、ふと窓辺を初蝶がよぎったという句であるが、初蝶は人間のくらしのなかのいろんな場面に登場するのだ。しかし、人間の側で初蝶に驚く心がなければ、それはなきに等しい。初蝶を喜ぶそのこころがあってこそ、卵をわる途中にも初蝶は現れる。家事や雑事にあいまに初蝶をつかまえた心が素敵だ。いや、初蝶が作者をとらえたのだ。 『鼓動』は二〇一四年から二〇二〇年春までの作品三六三句を収めた第五句集です。 この間、時代は平成から令和に替わり、昭和五十三年の創刊と同時に入会しました「狩」が終刊となりました。 家族にもそれぞれ大きな変化がありました。結婚して隣に住む長女は無事二人の子を授かり、七歳年下の次女は就職して家を離れました。夫は肺炎発症以降、徐々に肺の線維化が進み、在宅で酸素を吸いながら闘病しておりましたが、九か月の入院の末、今年二月初め七十歳を目前に力尽きて逝ってしまいました。 そのすぐ後、新型コロナウイルスが猛威をふるいはじめ、世の中は一変。一月に入籍し、夫の回復を待って五月に予定していた次女の挙式も延期となりました。今となってはコロナ禍に巻き込まれずに毎日病院へ行き、最期まで看取れたことがせめてもの救いです。 このようなことに取り紛れ、皆このようなことに取り紛れ、皆さまには心ならずも多くの不義理をしてまいりましたことお詫び申し上げます。まだまだ心の整理のつかない日々ですが、一周忌までにと上梓することに致しました。書名は、新たに生まれた孫たちの鼓動、消えてしまった鼓動……悲喜こもごもの日々をとどめおくべく「鼓動」としました。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装丁は和兎さん。 春らしい一冊となったが、何枚かのラフイメージのなかで、西宮舞さんは迷われて、結局お孫さんが選んだというこの装丁に決められたのだった。 タイトルはわたしたちがプラチナ箔とよんでいる、かぎりなく銀に近い金。 表紙の青がなんとも新鮮である。 なかなかつかえない色のクロスだ。 当初、和兎さんは、ブルーではなく鮮やかな緑を選んだ。その色も良かったのだが、西宮舞さんがためらわれた。 結果、こちらで二種類のブルーを提案した。 そのうちの鮮やかなのを選ばれたのだった。 本作りの面白さだ。 こうして出来上がってくると、緑よりもブルーの方がこの句集の本意にかなっていると思う。 本句集には逝きし人への鎮魂の意味もあると思う。 そういう意味において、カバーの華やかさにこのブルーの色がそのことをほのかに暗示しているとも。 見返しは白。 扉。 花切れは白。 この白の花切れは、実はわたしがこの本のなかで一番気にいっているものだ。 白はなかなか使うのが難しいのだ。 喪の家の押入れを出ず雛人形 明日は雛祭りである。 今年はお雛さまを出されたのだろうか。 バタバタしていて西宮舞さんから近影のお写真や感想をいただくことを失念してしまっていた。 また、改めていただきたいと思う。
by fragie777
| 2021-03-02 19:14
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