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2月27日(土) 三の午 旧暦1月16日
あと1日で2月も終わる。 大切な1日だったのにわたしは朝からなんだかもたもたとして1日を過ごした。 昼前には散歩に行こうと思っていたのだが、ちょっと夢中になって入れ込んでいるくだらないものがあって、それに時間を費やしてしまった。 とても申し上げるようなことじゃないので、教えないけど。。。。 今日の翡翠。 セミコちゃんだ。 夕方近くになってのそのそと仙川に散歩にいった。 三羽の翡翠が美しく囀りながら遊んで(?)いた。 可愛いでしょ。 川を覗き込んだら足元にいたのだった。 ザリガニをとってみせた。 石にたたきつけてそれから飲み込んだ。 スピーディで荒々しい。 すこし離れて2羽の翡翠。 ともに雄で仲良さそうだ。 一匹はセミオ、もう一匹はセミチビか。 風に頭の羽毛が逆立っているのがかわいいセミチビ。 セミオか。 2匹連れ立って、とても仲がいい。 夕方にもなるとカメラマンたちはおおかたいなくなって、わたしだけ。 シメタ! とばかり、存分に話しかけたのだった。 聞いていたかどうかは、よくわからんけど。。。。 今日は小川軽舟著『藤田湘子の百句』より。 夕ぐれのづかづかと来し春の家 昭和58年2月4日立春から三年間に及んだ湘子の「一日十句」が始まる。一日も休まずに一日十句以上を作り、そのすべてを「鷹」に発表した多作修行である。句集『一個』『去来の花』『黒』は一日十句三部作。合わせて三〇七一句を収める。 「づかづかと来し」という夕暮れの擬人化は、春の駘蕩たる印象を裏切りながら、なお読者を納得させる勢いがある。夕日が深く差し込んだ床を泥靴が踏み鳴らす。そんな荒々しいイメージが春の家をかえってなつかしく見せる。多作の勢いの恩寵と言えるだろう。 この句について紹介しながら、いまふっと思い出したのか次の一句。 春の家裏から押せば倒れけり 和田悟朗 「春の家」ってどことなく、スキがありそう、、、なのかしらん。 仙川はいま菜の花盛りである。
by fragie777
| 2021-02-27 21:03
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