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12月27日(日) 旧暦11月13日
冬枯れのご近所丸池公園。 それにしてもすさまじき枯れである。 今日は昼前に出社して、ずっと仕事。 さきほど島忠に家庭雑貨を買いに行き、それを車に放り込んでふたたび仕事。 島忠はもの凄い人出で、必要品を買うと早々に退散した。 仙川最近人口が過密化してたいへん人が多い。 学園町であるので学生が多く、最近は暮らしやすいと若いファミリーがどっとやって来た。それはそれで結構であるが、高齢者も多い。いろんな年齢の人間がいるというのは理想的であるかもしれないが、いまの状況を鑑みると、あまりのにぎやかさにややたじろぐ。 人にあたらないように道を歩く、という状況。 これから年末にかけて更に人出は多くなってくるだろう。 わたしは毎日出社しなくてはならないから、充分に気をつけるつもりである。 新刊紹介をしたい。 四六判変形ソフトカバー装帯なし 176頁三句組 俳人太田土男(おおた・つちお)氏の前句集『花綵』に次ぐ第5句集である。2015年から2019年までの作品を収録。太田氏は、俳誌「草笛」代表、「百鳥」(大串章主宰)同人。俳人協会評議員、日本文藝家協会会員。 タイトルとなった「草泊り」について、太田氏は「あとがき」に以下のように書く。 嘗て草原の草刈りは、山に仮小屋を建て、寝泊りして行った。それが草泊りである。民謡「刈干切唄」に唄われている。 星のことよく知る人と草泊り に因んで『草泊り』とした。思えば、草原の研究に長く携わった。そんな思いも込めた。 「寝泊りして」の草刈りとはなんと大仰なと思ったが、わたしはいわゆる草原というものをよく知らない。さらに太田氏に詳しく伺ってみた。 「草泊り」は、嘗て阿蘇や久住高原の茅場で行われていました。茅葺きや家畜の餌や敷料としてススキを刈ります。いちいち帰るのは面倒なので、草の仮小屋を建てて、刈ったのです。今は自動車がありますからその必要もなく、ススキの需要もなくなったかと思います。 草原は刈るか火入れをしないと山になってしまいます。「やがて野となれ、山となれ」の喩え通り、雨の多い日本の自然条件では最終的には森林に帰ってゆきます。 草の匂いの中で大地の湿りを背中に感じながら眠るのだろうか。夜は真闇となり星は人間に近く輝き、おのずと星座の話などとなる。わたしたち都会人にとってはまるで神話の世界のようなおもむきがあるが、少し前までは行われていたのだろう。 太田氏は長い間草原の研究をされてきた方である。 きっと「草泊り」の経験もあってこの一句となったのだと思う。 大自然のなかで草を刈ってその刈った草の上に寝て、星をあおぐ。 天と地と草と我の他はなにもない。 こう思うとなにか太古の世界へと通じていくようなロマンがある。 夕焼や縄文はすぐ前のこと 太陽はいま青年期草いきれ こういう感慨や認識になるのである。 あくせくと24時間を分刻みで生きているような現代人にはちょっと推し量りがたいものだ。 働いて働いて死ぬ遠郭公 人間を一喝したる日雷 土着とは草刈ることの繰り返し 万緑やゆつくり坐らせて貰ふ 杉苗は百年めざす夏の月 前半の方から好きな句をいくつかあげてみた。 働いて働いて死ぬ遠郭公 この一句は、ご自身の生き方を詠んでいるようでもあり、また、人間のありようを詠んでいるともとれる。「働いて働いて死ぬ」は、言ってみれば結果的には「死ぬために働く」とも言えるけれど、ちょっと理屈っぽく言えば、これは「死ぬために働く」のではなく、ともかく「働く」その繰り返しの日々の果てに死ぬのである。予期していなかったかもしれないが、死ぬのである。人間なるものをこの一句によって定義しているわけじゃないのだ、あくまで主体は我にあるのだ。ほかの言葉をもたない生きものとおなじようにやがてはクタバルのである。その死の上空はるか遠くの方で郭公が鳴いている。 万緑やゆつくり坐らせて貰ふ この一句も好きな句である。「ゆつくり坐らせて貰ふ」という文脈がもっている時間の経過が、どこか果てしない時間を感じさせるのは何故か。それは上5の「万緑」に対峙しているからだ。満目の草木の緑の世界、時間も空間もたっぷりとあるまるで宇宙の一点にやってきてゆっくりと「坐る」のでなくて、「坐らせて貰ふ」のである。いったい誰に、あるいは何に断っているのだろうか。それは「万緑」である。その壮大な万緑の世界と我が対峙しているのだ。 畦塞ぐ蛇をやさしく叱りをり 座仕事の木屑を払ふ日永かな 耕して石を拾ひて耕せり 母を一人で死なしめき桃の花 干草に乗りて夕日を送りけり 草原に食べ残されて野菊咲く 夏霧をうごかしてゐる牛の群 貧困のかたちは変はり啄木忌 後半の方の好きな句をあげた。 ほかに、 初蝶のごつんと土に止まりけり 「初蝶」の命のエネルギーがみなぎっている一句だ。「ごつん」とがすごい。太田土男さんには聞こえたのだろう。その音が。初蝶が飛び始める季節はまだ寒さが残っていて大地も緩みきっていないだろう。万物は冬の緊張からやっと解放されつつある。初蝶もそんな厳しさが残っている時に現れた。気合い充分だ。そんな初蝶の気迫とまだ固さの残る土の感触がつたわってくる一句だ。 傷みある冬木には声掛けてゆく 命あるものはすべて太田氏にとって等身大である。草木を研究してこられた太田氏であるが、研究しながら共に生きてこられたのだろう。物として向き合うのではなく、すべて命あるものとしてに向きあってこられたのだ。そういう方であるからこその一句である。声をかけられた冬木は、その声を聴きとめたのだろうか。永年を草木とともに生きて来られた方である。声をかければ応えてくれる、その確信があるのだ。わたしも最近よく木に触れることが多い、そして知らぬ間に声をかけたりしている、この一句でもっと木と親しくなろうって思った。 引き続き沢山の仲間たちに恵まれた。俳句は仲間あってこそ、新型コロナウイルス禍の中にあって改めてそう思っている。 尚、装丁に当たっては、一九八五年に日本で開催し、私も関わった国際草地学会議の日本の草地を紹介した冊子収録の写真を使用させていただいた。記してお礼申し上げる。 「あとがき」を紹介した。 「あとがき」に書かれているように、装画は太田氏が用意されたもの。 それを装幀者の君嶋真理子さんがうまくレイアウトをした。 すごい草の量である。 カバーをとった表紙。 見返しは表紙より濃い緑に。 扉にも装画を配した。 狼のゐると信ずる方につく 最後から二番目におかれた句である。日本にいる「狼」は絶滅してしまったと言われているが、いや生きながらえているのではとの説もあるのだろう。かく言うわたしの故郷・秩父では狼は親しい。三峯神社は狐ではなく狼が守っている。あるいは秩父の山奥に狼が生息しているのだろうか。かつてはいたのだ。秩父出身の金子兜太氏の代表句に「おおかみに蛍が一つ付いていた」があるように。いまだってあながち、絶滅したとはいいがたい。わたしの家は秩父市内なのだが、家に働きに来ていた人が、三峯のもっと山奥大滝村で暮らしていた人たちで、ちょっと不思議な話をしていたのを子ども心に聞いている。わたしも「ゐると信じ」たい。狼、会ってみたい。。。 句集を上梓された太田土男に上梓後のお気持ちを少し伺ってみた。 太田土男氏 句集は、三月下旬に脊椎管狭窄症の手術をし、もしもと思って纏めておいたものです。 COVID-19の自粛、自宅待機でまとまったようなものです。 私の仕事は、牧草地、草原の研究、いつも近くに牛がいました。 ある時、師の大野林火先生は、「君にとって牛は一生、足許を詠め」といわれました。 いま、盛岡で発刊され、今年十二月に通巻五百号、来年七月に創刊七十周年を準備している「草笛」の代表をしています。ささやかな祝意を込めたつも り、私の句は多く、みちのくに負っていると思います。「自然と自然とある暮らしを詠む」のが私の基本的な思いです。筑波の農業環境技術研究所にいたこともあり、環境という視点にも関心があり、そんな句も鏤めてあるつもりです。 とはいえ、林火先生の「言葉は易しく、思いは深く」を胸に、できるだけ言葉少なに、と思ってきました。 代表をつとめておられる「草笛」が、来年創刊70周年を迎えられるということです。 太田土男さま 句集のご上梓、そして「草笛」創刊70周年、 ともにおめでとうございます。 心よりお祝いをもうしあげます。
by fragie777
| 2020-12-27 18:22
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