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ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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季題を更新する句集。

12月22日(火) 乃東生(なつかれくさしょうず)  旧暦11月8日


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季題を更新する句集。_f0071480_17113103.jpg
今の季節、木々ははなやかに枯れてゆく。





ふらんす堂では、朝の9時半にほぼ5分間くらいのミーティングをする。
いまは、リモート体制なのでラインをつかってお互いの顔みながらのミーティングである。
わたしは多くの場合、家の二階の仕事場で、ということが多い。
するとたいてい、その時間になると愛猫の日向子もやってくる。
耳やしっぽの一部をカメラにいれたり、あるいは時としては顔を出すこともあったりで、
「ああ、ひなちゃん」とか言って
スタッフたちは一瞬なごやかな笑顔になる。



季題を更新する句集。_f0071480_20145356.jpg
こんな感じでわたしの膝に乗ってくるのだ。

日向子もひょっとしてふらんす堂のスタッフのつもりでいるのかもしれない。






新刊紹介をしたい。


津川絵理子句集『夜の水平線』(よるのすいへいせん)


季題を更新する句集。_f0071480_17123762.jpg
四六判仮フランス装カバー掛 200頁 二句組


俳人・津川絵理子の前句集『はじまりの樹』につぐ第3句集となる。
2012年から2019年までの8年間の作品が収録されている。

 山の音太きつららとなりにけり
 断面のやうな貌から梟鳴く

最初におかれた二句であるが、聴覚から視覚へ、あるいは視覚から聴覚へと変容させながら物をみごとに詠み止めている。しかも一句は季題へと収斂していく。一句はわたしたち読み手の心に無理をさせることなく素直に入ってきておさまる。
巧みだと思うけれど、その巧みさはきわめて自然でいやみがない。
ゲラの段階でこの句集を読みながら好きな句を書き留めていったのだが、ものすごい数となってしまった。句集『夜の水平線』は、句作りのお手本となるような句集だとわたしはおもった。
どの一句として陳腐だったり手垢がついていたりするような表現はない。
そのなかでもわたしが面白いとおもったのは、

 暮れかかる空が蜻蛉の翅の中
 あたたかやカステラを割る手のかたち
 呼鈴を押す夏帽子二つ折
 濡れ砂を刺す夏蝶の口太し
 レコードを選る涼しさの指二本
 人を待つコートの中の腕まつすぐ

細やかにもののありようや動作を言い止めて、読み手のこころにきっちりとした残像をよびおこすその叙法である。手のかたちや、口の太さがその季語とともに一句をよみおえたあとも残像として残るのである。実体が季節感をともなって十全に描かれているのだ。いったい誰が蜻蛉の翅のなかの暮れていく空をみつけただろうか。
また、わたしは津川絵理子という俳人の脳のなかに収められた言葉の豊富さと、こういう言い方がゆるされるならば、脳宇宙の広やかさとその収縮力を思う。俳句における取り合わせにしてみてもその取り合わせの意外性と距離感の大胆さ、たとえば好きな句から言うと、

 二の腕のつめたさ母の日なりけり
 引力は血潮に及ぶ鏡餅
 香水や土星にうすき氷の輪
 揚羽蝶アラビア文字の炎立つ
 左利き同士並びてラ・フランス
 鷺の脚水面を切る秋思かな

などなどまだたくさんあるけれどこれにとどめておきたい。読者はこの句集を開きながらその取り合わせに驚きつつ、章を季語がみごとに裏切り、季語があたらしくされるその快感さえも感じるのではないだろうか。

 麻服をくしやくしやにして初対面

この一句に出会ったとき、「ああ…」って思った。この句がうまれたときのことをよくおぼえている。句集『はじまりの樹』が田中裕明賞を受賞され、その授賞式の日の吟行会で出された一句だった。神戸からいらっしゃった津川絵理子さん。選考委員の方たちや応募者の方たちなど初めて出合う方々ばかりだったと思う。その時の津川さんのことはよく覚えている。真っ白な麻のブラウスに青の長目のスカート姿の津川さん、やや緊張してご挨拶をされたのだった。長身が涼やかな方だと思った。

 峰雲や応援ときに嘆きの声

この一句もその時の句だ。これも視覚からはいって音へとわたしたち導く一句だ。声の変化をよく聴きとめている。吟行地の小石川後楽園は東京ドームに隣接していてその歓声が聞こえてくる。その応援の声がときとして嘆きの声に変わるというのは、なかなか詠み込めないと思うのだが、それを一句に巧み詠み込んだ。「峰雲」で広やかさと高さがでた。あの日は暑い一日だったな。

 吾を映すあたらしき墓洗ひけり

この句もきわめて印象的な一句だ。あたらしき墓ということは、きっと自分たち家族のための墓を購入されたのだろう。真新しい墓石に水をそそぐ。そしてそこには自分も映っているのである。やがては自身がはいる墓である。余計なことは何も言っていないのだが、わたしはすこしドキドキしてしまう。ピカピカの新しき墓であってもそれは「死」に属するものだ。墓に映っている自身もやがては死ぬべき者の吾であり、映っているのはそのつかの間の一瞬なのである。そのことがいやおうなくこの句を読むと迫ってくるのだ。こわい一句だ。

 坊ちやんに清ついてゐる夜の秋

この句を読んだときも、「ああ」って思った。「坊ちゃん」とは言わずもがなの夏目漱石の「坊ちゃん」であり「清」とは、下女の老女の「清」であり坊ちゃんが唯一心を許す女性だ。かつてもう遠いむかしのこと、この「坊ちゃん」を読んだ少女がわたしに「『坊ちゃん』って、清とのラブストーリーだよね」っと言ったことあった。その言葉があまりにも新鮮で、ああ、この少女はそう読んだのか、そんな風にも読めるのかと自身の陳腐な読みを笑った事がある。この一句、まさにそのラブストーリーを裏付けるものだ。きっと津川さんもそう読んだに違いない。わたしはふたたび嬉しくなったのだった。

たくさんのいい句がつまった句集である。読み返すたびに発見がある句集だ。
季語が豊富なことも魅力である。

日々の暮しのなか、ささやかだけれど心に留めておきたいものがあります。それらを俳句にしてきました。読んでくださった方々に御礼申し上げます。

「あとがき」の言葉である。
きわめてシンプルだ。しかし、この句集には津川絵理子さんが大切におもっていることが詰まっているのである。作品がすべてを語っている。




「今回も戸田勝久さんに装釘をお願いしました。」と「あとがき」に書かれているように、第1句集『和音』、第2句集『はじまりの樹』ともに画家の戸田勝久氏が装幀をされた。
戸田氏は、津川絵理子さんのおじさまであり、津川絵理子さんの良き理解者である。




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型押しを活かしたシンプルなカバー。
地模様のある透明感のある用紙を用いている。
書体も凝っている。


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表紙の用紙の色は濃紺。
それがこの本を引き締めている。


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文字等はすべて銀箔押し。


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見返しは淡いブルー。

ポルカレイドという横筋がはいって時としてピンク色がかすかにとぶわたしの好きな用紙だ。


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扉。


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花切れはブルー。
これは津川絵理子さんが選ばれた。



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清潔感と毅然としたたたずまい。
まるで作者そのもののようだ。


家族、わが家にやってきた鳥や虫たちにも感謝します。

「あとがき」の最後に記された一行である。


この度の句集を上梓された津川絵理子さんに、メールでいくつかの質問をしてそのお気持ちを伺ってみた。

〇第3句集となるわけですが、今回句集を編むにあたって時にこころがけたこと、意識したことを教えてください。
特にこころがけたこと、意識したことはありません。句を削ったり並べたりしているうちに、どんな句集になるのかなあと、わくわくする気持ちでした。

〇タイトルの「夜の水平線」となづけた由来は。

<鏡餅開くや夜の水平線>からつけました。神戸塩屋の海です。JR塩屋駅のプラットホームから見えるのです。ちょうど1月11日、鏡開の日の夕方で(家に返ってから実際に鏡開をしました)、プラットホームから暮れかかった夜の水平線が見えました。空と海の境目、ブルーがとても美しく感じました。

〇今回は略歴に、いままで受賞された賞などをすべて記さなかったわけですが、その理由があったら教えてください。

特に深い意味はありません。帯無しの句集が良いなあ、と漠然と考えていて。その方がすっきりすると感じたからです。一緒にあとがきもプロフィールもシンプルにしようと思いました。

〇句集をまとめてみてのご感想など、あるいはこれから目指すものは。

目指すものは特に無いです。行き当たりばったり、というと言葉が悪いのですが、今度句集を作るときどんな自分になっているか、どんな句集が出来るのか、怖いような楽しみなような。そんな楽しみはあります。
8年間の句をまとめていて、毎年同じくらいの句数をノートに残していたのですが、昔の句はあまり採れなくて、結果的に最初の方の年の句は少なくなりました。8年間でものの考え方とか、価値観とか、私自身がこんなに変わるんだ、ということに驚いています。



近影写真を送っていただいた。


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撮影者は戸田勝久氏。
場所は、神戸市にある弓弦羽神社ということである。



 オリオンの広き胸ゆく明日も晴


掉尾におかれた一句である。





時間はすでに夜の8時を廻ってしまった。
わたしも明るい明日を信じつつ、オリオンを見ながら帰ろうと思う。












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by fragie777 | 2020-12-22 20:12 | Comments(0)


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