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11月25日(水) 旧暦10月11日
神代水生植物園の大きな榎の木。 ベンチがあって、夏は涼しく、冬は日差しがあたたかい。 水生植物園の裏手の小高い丘の上にあって、わたしはここに来ると必ずベンチにすわってぼんやりする。 風の音を聴く。 ベンチに坐ってみる。 人が少ないというのもいい。 木に守られている、そんな感じがしてくる。 11月2日付けの「京都新聞」の彌榮浩樹さんの「詩歌の本棚」に、ふらんす堂刊行の句集が三冊とりあげられている。 紹介したい。 『田さん』(ふらんす堂)は、田彰子の第一句集。生活の実感を詩的に描出した句群と、奇妙な雰囲気を造形した句群、二つの世界が詰った句集だ。 穴ひとつ持ちて定規の日永かな 小鳥来る後一枚の回数券 水筒が朝礼台に天の川 日常的に馴染んだ事物と季語「日永」「小鳥来る」「天の川」との組み合わせの妙。どこか懐かしい童話のよう。 暗室に海水浴のざわざわと ウツボが口大きく開き台風圏 椋鳥の中心にある裁判所 季語「海水浴」「台風」「椋鳥」と、およそ予想もつかない事物との衝突。奇天烈(きてれつ)な景が現出しているはずなのに、納得させられる力は強い。 梅雨晴間紙の鹿おく案内所 冬の森アルミホイルの音がする 山藤がふるさとに巻く私にも 二つの世界が融合した句群。日常から仄かにはみ出すイメージが、「おく」「音」「巻く」の体感によって、再び日常に着地する。 兵庫県丹波市生まれ。高槻市在住。「船団」会員。 啓蟄や絵巻の裾は巻込まれ 祭馬みじかき橋を渡りけり 揺れてゐる舟に乗込む花菖蒲 仄かな軋みを孕む日常風景と季語との融合からなる静謐(せいひつ)な詩世界。その発露には、精妙な身体感覚がある。 けふ見しものに上京(かみぎょう)の薄氷 さへづりのなかに鋭き眼のありぬ 肉眼だけではなく、記憶・想望・第六感という〈目〉によって〈見〉えた、深い景。 蜘蛛の子にはじめての夜来たりけり 十月の風にまたがる女郎蜘蛛 どきっとさせられる「蜘蛛」の二句。言葉の大胆な組み合わせと、言い過ぎない措辞の抑制との、バランスが卓抜。 母の影足して整ふ初景色 夏めきぬずらりと干して母のもの 尊母を亡くした慟哭の章から二句。風景と母への思いとのこの一体化は、俳人ならではの哀切な感知・把握だ。 昭和十八年兵庫県生まれ。神戸市在住。「とちの木」創刊代表。 『百囀』(ふらんす堂)は、大石悦子の第六句集。平成十四年から三十一年までの三五七句を収録。 七章のはこべらに花つきゐたり 風干の鰺の助六睨みかな 鰭酒のあをき炎を手で囲ふ 鮮やかな点描。どの句にもふっくらとした豊かな味わいを感じるのは、一句に多種な質感が混淆(こんこう)しているからだ。 夏の鴨堰越ゆるとき争ひぬ たんぽぽや少し汚れて御所の猫 蓮ひらく空ゆくものに息あはせ 作者独自の感覚で捉えた身辺の禽獣や風景。情感を下敷きにした個性的な描出は、一句を切ないユーモアに染める。愛らしく、何とも可憐。 白蛾落ち典具(てんぐ)帖紙(てふし)の透きにけり 画眉鳥(ぐわびちょう)を加へ百囀ととのひぬ くれぐれと磐梯山(ばんだい)をゆく冬の雁 説明ではなく、句の立ち姿・イメージを造形的に演出するルビだ。小文字を付した絢爛さが、句の格調・不思議さを増幅する。巧みな技。 昭和十三年舞鶴市生まれ。高槻市在住。「鶴」「紫微」同人。 最近よく飲むものに「そば茶」がある。 先日、クイーンズ伊勢丹で「韃靼そば茶」というの買ったのであるが、これが香ばしくてうまい。 例のステンレスボトルにたっぷりと淹れて、持参するつもりが、忘れた。。。 で、 今日は机の抽出にこっそりと入れてある「たんぽぽ珈琲」を淹れて飲んだのだった。 たんぽぽと珈琲にいかなる親密な関係があるのか、 よくはわからないが、 身体が温まって、これも悪くない。
by fragie777
| 2020-11-25 19:48
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