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11月9日(月) 旧暦9月24日
井の頭公園の紅葉。 これはメタセコイヤの木だろうか。 美しい紅葉がはじまっているところもあった。 今朝は、「侍従(じじゅう)」という名の香を炊いてみた。 「秋から冬」の香りであり「晩秋の風を感じさせる香」とも「もののあはれを思わせる香」であるという。 う~~む。 どうだっただろうか。 そんな趣を感じる余裕もなくバタバタと朝は過ぎていった。 そうは言っても、ふっと鼻をつく香に、ああって背中がシャンとなることもある。 ほんの10数分の香であるが、忘れない限りわたしは日課として毎日炊く。 (じつは玄関にしかオシッコをしない愛猫・日向子であるので、玄関がオシッコ臭くならないようにしたのがはじまり。匂い消しスプレーをシュッとかけるより、香を炊くと、その余韻の香りをたのしめて心地よいから好き。) 昨日の朝日新聞の「風信」では、甲斐のぞみ句集『絵本の山』が紹介されていた。 甲斐のぞみ句集『絵本の山』「百鳥」同人の第1句集。 春の夜の絵本の山を崩し読む 生れし子を両手に受くる星まつり 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯なし 198頁 二句組 私家版 著者の斎藤壽代(さいとう・としよ)さんは、1947年高知県生れ、現在は奈良市在住。2002年「七曜」(橋本美代子主宰)に入会、2011年「七曜賞」受賞、「七耀」同人、2015年「七曜」終刊、「ぽち袋」(渡辺徳堂代表)入会。俳人協会会員。本句集は第1句集で、橋本美代子氏が序句を寄せている。 石階を上り第二の薔薇の園 美代子 「あとがき」によると「七曜賞受賞の折に戴いた美代子先生の色紙を、序句として掲載する事を快くご承諾戴きました。」とあり、記念すべき一句である。また、「あとがき」には、 三年程前から、三人の娘達に句集を作ろうと思い、この秋、金婚式を迎える機会に出版することを決めました。 丁度、新型コロナウイルスの感染が広がった事も、私の背中を押しました。 とあり、ご家族のために句集上梓を決心された斎藤壽代さんである。 ゆえに多くの冊数をつくらずに少部数で私家版として刊行された斎藤さんである。 「あとがき」にも詳しく書かれておられるのだが、斎藤さんは、海外生活が長かった。ご夫君のお仕事のためにヨーロッパの国々、そしてその後はアメリカへと17年間の海外生活をされたのである。その間に3人の娘さんを生み育てられた。 句集名となった「リラの花」の所以をつぎのように書いておられる。 リラの花は、スウェーデンのダーラナ地方の夏至祭を見に行った折、初めて見た花です。真っ青な空の下、ホテルの広大な青芝に、紫や空色の香りのよい花を見つけました。それがリラの花でした。また偶然、ウィーンの家の生垣もリラでした。 毎年四月中旬、奈良の自宅の庭にリラの花が咲くと、その香りは、異国での日々を思い出させます。この事が、迷わず句集名にした理由です。 毛衣を着て北欧の人の中 足の裏落花をつけて犬帰る パナマ帽出掛ける父の背丸し 美しき日本語紡ぐ初句会 月昇る群羊の雲ひきつれて あぢさゐや母の記憶に残るもの 敬老日母の笑顔に会ひにゆく 蛍ゐなくて不意に川怖くなる 麦青む歩け歩けと整体師 何の日と夫の問ひけり建国日 初旅や日の出とともに家を発ち 髪切つて春愁なんど吹きとばす 担当の文己さんの好きな句である。 美しき日本語紡ぐ初句会 海外生活の長かった作者であるからこその一句だ。先日、ある東南アジアの言語を習いはじめた知人が言っていたのだが、いかに日本語が繊細で複雑でしかも豊かであるか、ということがよく分かった。というのである。「日本語ってすごいわ」とも。俳句はその上韻文が主体である。韻文は音の響きなどもダイレクトに身体を打ってくるような強さがあり、それが美しく響く。粛々とした初句会であればこそいっそうに披講される俳句のことばの美しさがあらためて思われたのだろう。考えてみると、韻文にふれる、って日常生活のなかではほとんど、いや皆無といっていいほどにないかもしれない。俳句はその韻文にふれるひとつの機会でもある。だって、かな、けり、や、とかふつうの日常語ではふざけて使うくらいでホントつ買わないもの。韻文の伝統をもつ日本語、素敵なことである。幸いなるかな、韻文精神。思うに、たとえば、月に一度でもいいのだけど、天気予報とか、あるいはニュースを韻文で読むなんてしたらどうだろう。迫力あると思うのだけど、いかが。 蛍ゐなくて不意に川怖くなる これはよくわかる。わたしは埼玉県飯能の奥地・名栗に住む俳人の石田郷子さんのところに蛍を見にいくことがあるが、ここの川が背後に杉林をひかえていて、凄まじいところなのである。いったいどんなむかしに踏み込んでしまったのだろうかと思わせるような暗闇が支配しているのだ。聞こえるのは川のながれる音、しかし、暗闇なので川も見えにくい、かなりの時間を待っていると、真っ暗な杉林にかすかな光がついたかと思うとそれがふうーっと横に流れて消える。今度はまったっく別のところにふっと光がともる。そして消える。蛍が出はじめたのである。点滅の数がふえ、それが川をわたってゆらゆらと飛んでくる。大きな川である。私たちの近くまでは来ず、数メートル先をゆらゆらと消えたり光ったりしながら飛ぶ。そんな時間を過ごして蛍が見えなくなると、あとは再び闇の世界だ。声をかけあって手にした懐中電灯で足元を照らしながら、川から逃れるようにして帰っていく。背後にある川はとてつもなく怖い。蛍でもいなければ金輪際近づかない夜の川である。 春の燭十二神将動き出す これはわたしの好きな一句だ。「新薬師寺」と前書きのついた一句である。奈良市にお住まいの作者である、奈良の仏像たちにはきっと親しいと思う。わたしもいっとき奈良へは仏像を見によく行った。「新薬師寺」には三度ほど行っている。好きな寺である。十二神将が有名だ。それぞれが武器を手に動きのある姿勢で筋肉をほこっている。個性的でちょっとユーモラスで見ていてあきない。ここのお寺は風通しがいいっていつ行っても思う。いつだっただろうか、そう秋のお月見の日だったかもしれない、ここで音楽コンサートが開かれてしばし、十二神将とともに笛の音に聞き入ったことがある。その時も十二神将はきっと動きたかったかもしれない。しかし、大勢の目があった。掲出の一句、春の燭である。日も永くなった春の燭のもと、寒さから解き放たれていっそう緊張していた筋肉もほっとおもわず緩む、その一瞬を作者の目がとらえたのだ。 「七曜」終刊後、美代子先生も、亡くなられたご主人様もリラの花がお好きだという事を知り、毎年庭のリラの花をお持ちしています。 この四月、美代子先生に句集出版の決意をお話ししたところ、とても喜んでくださいました。(略) また、後日頂戴したお手紙に 愛わかつごとく賜ひしリラの花 の御句が添えられていて、美代子先生の温かいお心遣いに感激いたしました。 句集を上梓するにあたり、一九年間の一つ一つに思い出のある句の中から三四七句を選ぶのは大変でしたが、同時に楽しい時間でもありました。 ふたたび「あとがき」を紹介した。 本句集の装丁は君嶋真理子さん。 「十年後、二十年後自分がいなくなったときに 娘のそばにこの本があれば安心するだろうと思って、ということで思い立ち、句集をおまとめになったそうです。 カバーをとったときの表紙のブルーがとても気に入っています。装丁の君嶋さんにもくれぐれもよろしく、ということでした。 」と担当の文己さん。 見返しには金銀の箔があるものを。 表紙は薄紫のクロス。 金箔の文字。 扉。 扉のあとに口絵を一丁いれた。 ご主人と一緒の写真。 ご家族の思い出の写真。 上はお嬢さんたちとともに。 下はお孫さんたちと。 ご家族のためにつくられた記念の一冊である。 これからは、もっともっと外に出て、いろいろなものを深く観て、一生に一句でも佳い句を詠んでいきたいと思います。(「あとがき」より) 「間に合わせたいとおっしゃっていた11月3日は 50年目の結婚記念日ということ。 間に合ってよかったです。おめでとうございました。 」 と文己さん。 それはすばらしい!! 50年のご結婚の記念、そして、句集のご上梓、 ともどもおめでとうございます。 こころよりお祝いを申し上げます。 この句集のこともご主人がいろいろと積極的になさったことを申し上げておきたい。 本句集には、夫や子ども以外にもお父さま、お母さまのこともずいぶん詠まれている。 20年後に本句集を手にされた娘さんやお孫さんは、俳句をとおして母の、あるいは祖母の両親への思いを知ることになるのである。 句集『リラの花』には、作者の生活とその思いが、季節の彩りとともに刻印されているのである。 井の頭公園の仲のよい大白鳥。
by fragie777
| 2020-11-09 20:08
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