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10月20日(火) 旧暦9月3日
国立・城山公園。 かつてはたくさんの野良猫がいたが、いまはその姿をほとんどみない。 この日は冷たい秋雨の降る一日だった。 首のまわりの一部が赤くなって痒い。 左の方にすこしだけだったのが、こんどは右のほうに7センチくらい帯状に赤くなってきた。 痒いのでときどき掻く。 数日放置していたら、すこしずつ広がりだした。 で、 歩いて1分ほどの皮膚科のお医者さまに診てもらうことにした。 仙川商店街の二階にあってときどき行くお医者である。 なかなか評判のよいお医者さんということでいつも混んでいる。 コロナの状況になっては初めてだったので、どんなもんだろうと思ながら、ドアーを開けたのだが、 やっぱり混んでいた。 距離をとって待合室で30分以上待って、診察。 わたしの状態をひと目みたK先生は、 「ああ、湿疹ですね、〇〇〇湿疹です」と湿疹の名前を言ったのだが、忘れた。 「薬を出しますので朝晩塗ってください」と言われて、診察は7分ほどだった。 薬は今日の夜お風呂上がりに塗る予定。 治ってくれるといいのだが、。。。。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯有り 194頁 二句組 著者の川原正(かわはら・ただし)さんの第1句集である。川原正さんは、1945年長野県上田市生まれ、現在は東京・大田区在住。2013年より俳句をつくりはじめ、2014年結社「くぢら」に入会し、2018年1月「くぢら新人奨励賞」受賞、海鳴集同人、2019年「くぢら賞」受賞、大洋集同人となる。俳人協会会員。本句集に、中尾公彦主宰が序句、序文を寄せている。 順天を一途に歩め蝸牛 中尾公彦 序句である。これは句集名となった一句〈光年の星と歩みしかたつむり〉に響かせた一句である。 中尾公彦主宰の序文を抜粋して紹介したい。 初任地は海と畑と揚雲雀 若葉風風邪の子ひとり保健室 灰汁少し残し世に出よ青胡桃 正氏は念願の体育教師を目指し、順天堂大学体育学部を卒業後、神奈川県の三校の高等学校を一途に三十七年間勤め上げた。 掲句はそんな高校教師時代の断片を覗かせる。大学卒業後初めての赴任地は生涯忘れる事のない思い出であろう。「海」「畑」「揚雲雀」と体言だけで詠み込んだ省略の効いた句である。潮騒のざわめきと鳥語に満ちた美しい緑が揺れ、海と山のある素晴らしい環境を想像出来た。新学期の生活に不慣れな保健室の生徒への気遣いや卒業期を迎える生徒へのエールなど教師の優しい眼差しが窺える。 霧晴れて箱根駅伝予選会 ノーサイド湯気の背中がたたへ合ふ 夢一途バット振る背に雲の峰 正氏は定年で教師退官後もOBとして、箱根駅伝や器械体操の現場などに足を運び後輩へのアドバイスを欠かさない熱心で律儀な元教師でもある。しかし最近では句会とOBの現場が重なれば句会に顔を出すほどすっかり俳句に傾倒されてきた。 体育の教師をされていた川原正さんの俳句の出発といまにいたる俳句を、お仕事にからめながらまず紹介し、さらにこの作者の俳句をとりあげて細やかに鑑賞していく。そして、「あらゆるスポーツに造詣が深い正氏がこれから先どんな新しい俳句を詠んでくれるのか、その将来をいつも頼もしく思っている。」と結んでいる。 鰆東風生きるものには匂ひあり 初任地は海と畑と揚雲雀 踏青やからだの水を動かせり人体に骨四百本雹が降る 冬めくや一人で使ふ八畳間 担当のPさんが好きな句を紹介。 この5句を拝見すると、ああ、やっぱり体育の先生なんだなあって思うのだけど、短絡的かしら。とくにあとの3句は身体を意識したものだ。とくに、 踏青やからだの水を動かせり は面白い。人体は約60%の水でできているそうだが、日頃この水を意識することなんてない。言われればそうなのか。いま私は自分の腕をこう指でおしてみたのだが、やはらかくてへこむ。これがすべて固体であったら硬くて、それはまるで20世紀のロボットの身体のようであるだろう。「からだの水を動かせり」という意識も面白いけど、これは「踏青」という季語がいいんだと思う。青きを踏む、瑞瑞しい春の青草を踏む、つまりそこに体重移動をさせる、そしたら、青草の瑞々しさにまるで呼応するかのように体内の水が動いた、いや、そうじゃない、体内の水を移動させるように体重移動をさせて青きを踏んだのだ。春のやわらかな草の息吹に身体の水でもって応えたのだ。川原さんという俳人は、つねに身体の水を意識している方なのだろう。だからこういう発想が自由にできるのだ。身体を使って仕事をしてきた方だ。自身の身体にきわめて敏感なのだ。 人体に骨四百本雹が降る これも身体のことだ。人間の身体は四百本の骨でできているのか。考えたこともなかった。「人体に骨四百本」上5中7は、言ってみれ面白いけど報告だ。へえー、そうなんだって驚いたりしてその情報を受け取る。この句が俳句であるのは、下5の季語如何による。ここでは季語は「雹」だ。夏の季語。結構大きな氷のかたまりが空からハイスピードで降ってきて物や大地にぶつかる音に驚く。それが雹である。この現場にいるときは天変地異の一歩手前にいるような感がして、かなり緊張する。天地を支配するおおいなる意志が怒っているような、非日常的感触を味わうこともある。そうなると「人体に骨四百本」は単なる情報ではなくなり、人体を形作っている骨四百本が雹の攻撃に曝されているような、まことに不器用な骨四百本である。その骨に雹が直撃をくらわしているような、不穏感がある。もうこなると血や肉はどこかにいって、人骨と雹の対決だ。「雹」の季語が、人間を形作っている骨四百本を呼び出したのだ。 こうやってPさんが選んだ句をみると結構面白い句ばかりだ。「鰆東風」の句もいいと思う。わたしもこの句集ははじめから終わりまで拝読したけど、もうすこ温厚で、やや大人しい句を選んでいること気づいてた。これも身体の若さの違いだろうかなんて思ってしまった。そのなかで、 鷹匠の脈打つ腕に鷹戻る これは好きな句である。「脈打つ腕」が、鷹の獰猛さと響き合ってさらに荒々しい気がみなぎる。太い腕に血管が浮き上がりおおきく脈打っているのだ。雄々しいことよ、鷹匠も鷹も。ほかに、〈蟷螂の頸に脈動ありにけり〉という句があって、川原正さんは、虫の頸の脈動だって見逃さない。やはり身体へのあくなき興味と観察力である。 小さき手届く高さのみかん狩り これは作者の優しい視線を思わせる一句だ。子どもの手と言わないで、「小さき手」と詠むことによって、観念ではなくて描写となった。低いところにもたわわに生っている蜜柑が見えてきて、なにも言ってないけどよく晴れた青空とにぎやかな家族づれでにぎわう蜜柑山が見えてくる。いい風景だなあ。ひととき幸せな気持ちになる。わたしの人生にこれからこういう時間が来るのだろうか、いやきっと来ないな。。。。 大きな山を登るには、いくつかの山を越えなければならない。山頂までのルート図はあるが目の前に越えなければならない山が見えてくると、一度立ち止まり、振り返って登って来た道を確かめたりする。疲れていると目の前の山がやたら大きく見え、尻込みさえする。勇気を出してまた登り始めるのだが、そのきっかけを作ってくれるのは、友達や隊長の励ましだったりする。俳句を作るのも全くこの山登りと同じで、いい調子で峠を越えてお花畑などにたどり着きウキウキしていたら、突然雷が鳴り激しい雨になる。暫く停滞して、また歩み続ける。まだまだ山頂は遠い。(略) 句集を出すことで、今迄の区切りにはなると思っていますが、それと同時に新しい出発の時だとも思っています。俳句と言う山のやっと一合目にたどり着いたのならいいですが。汗を拭きふき先人の後を追いかけて行きます。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 やはりスポーツマンらしい著者の「あとがき」である。 本句集の装丁は君嶋真理子さんであるが、これは君嶋さんの装丁というより、著者のこだわりの装丁イメージを君嶋さんが具体化したと言ってもいいかもしれない。 それほど、強いご希望がおありだった。 黄色と青。 それも川原正さんのこだわり。 はなやかな紺である。 箔は黒メタル箔。 それがかえって面白い。 扉。 花布は黄色、スピンは紺。 光年の星と歩みしかたつむり 己を蝸牛とみながら光年の星を目指して確実に前進する。歩む速度の速さより生きる目標を見据えて歩み続ける事の意義を感じながら生きる事。光年の星と歩んできた人こそ、正氏自身なのかもしれない。 (序より・中尾公彦) 川原正氏に近影のお写真を送っていただいた。 すごくいい写真ねえー、 ってふらんす堂のスタッフに大人気である。 拝見しているだけでもこちらの心が嬉しくなってくるような。 お言葉もいただいている。 この度は、長年の夢であった自分の句集を出した感想を書かしてもらいます。この句集を出版する時期と長年悩んでいた老人性膝関節症を思い切って人工関節にする手術入院が重なり、くぢら結社の主宰中尾公彦、編集長の工藤進両先生に大変お世話になり、なんとか無事に出版に漕ぎ着けたことを感謝しています。主宰には序文とお祝いの一句を頂き句集がきりっと絞まりました。退院と同時に、句友、結社の主宰からお祝いのお手紙やはがきを沢山頂き感激しているところです。俳句を初めて七年目。思いっきり怖いもの無さにぶつかって行きました。これまで、いろんな趣味を持っていましたが、全く中途半端で形が何も残っていないのです。俳句を始めた時これが自分にとって最後の趣味になるようにしようと思いました。退職し、中国留学から戻って間もない時でした。俳句は趣味だと思っていたらやり始めたら、一生懸けても答えの出るものではないことが分かりました。(光年の星 川原 正) まあ、そうだったのですか。「人口関節」の手術を受けられていたとは、、、お写真の明るさからはとても想像できないことでした。400本の骨ではなくなってしまったのでしょうか。悲しいことです。 その後の経過はいかがでしょうか。 どうぞくれぐれもお大切になさってくださいませ。 ご快癒をお祈り申し上げております。 そして、第2句集を目指してくださいませ。
by fragie777
| 2020-10-20 20:14
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