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10月4日(日) 居待月 旧暦8月18日
![]() 秋澄む。 今日の仙川。 午後より仙川沿いを歩いて仕事場へ。 曇り日ではあるが歩くのには、気持ちのよい気候である。 セミオに出会い、(鳴き声ととも飛んできてわたしの前でUターンして止まった。まるで待っていたかのように) セミコにも出会った。 左の上段にいるのがセミオ、下段がセミコ。 そしてこの二羽以外にどこかで翡翠の鳴き声がするのだ。 ちょっとしてセミチビチビかしら。。。 結局姿は現さなかった。 新刊紹介をしたい。 四六判小口折表紙帯あり。 232頁 二句組。 著者の巫依子(かんなぎ・よりこ)さんは、1972(昭和47)年大阪生まれ、現在は広島県尾道市在住。2000(平成12)年「知音」入会、2006(平成18)年、「知音」同人。2007年(平成19)年「俳句であそぼ575じゃこむすびの会」スタート。俳人協会会員。今お住まいの尾道は、あこがれて2007年に移住された土地である。本句集は、第1句集であり20年間の作品を収録。帯を西村和子代表が、序文を行方克巳代表が寄せている。 好きで移り住んだ 尾道ぐらしが定着したことを、 愛着をこめた句の数々が 語っている。 情熱のおもむくままに 生きてきた作者が、 大切に培って花咲かせた 風変わりな青い薔薇は、 俳句そのものにほかならない。 西村和子代表の帯文を紹介した。「情熱のおもむくままに生きてきた作者」とあるように、その人生の軌跡がドラマチックに仕立てられているのが本句集である。 序文において行方克巳代表は、作者の人生の波乱とこころの一徹さに寄り添いながらも、さらにその奥にある巫依子の創作者としての視線にもふれていく。 ふたりゐて淋しさのふと五月闇 無器用な男と暮らし柿の秋 想ふ人ありてひとりの涼しさよ 蝙蝠は気づき夫には気づかれず 蟻の巣化してゆく家に住まひをり 雪の日の珈琲店に二人きり 句集には「ひとり」と「ふたり」が頻出する。この「ひとり」と「ふたり」がないまぜになって、『青き薔薇』というドラマは進行する。演ずるのは勿論依子その人であるが、ともすると彼女は演出の立場に回ることがある。つまり句集には第三者的な視座から見ている場面があるということだ。〈雪の日の珈琲店に二人きり〉もその一例である。 (略) 依子にはかつてなかったような平常の日々が訪れようとしている。 人探す眼をしてをりぬ冬鴎 冬薔薇我が忘れゐし我に逢ふ 過去を徒らに振り返るのではなく、過去からの再出発を計ろうという意志のようなものを感じる。依子の自己劇化は新たなる局面を迎えようとしているのであろうか。 序文を抜粋して紹介した。 灰皿に線香花火する女 傀儡女の血脈をふと秋の雲波音に寝て波音に明易し 人形のやうに抱かれて夜の長き 担当のPさんの好きな句である。 灰皿に線香花火する女 この句は、Pさんのみならず校正スタッフのみおさんも「静かなすごみがありますよね」と言って好きな句としてあげてきたものである。この線香花火をする女は多分自画像だろう。線香花火は通常外に出て庭や路地で何人かで楽しむものである、と思っていたので、ちょっと意表を突かれた。多分一人で線香花火をしようと思い、手近にあったいつも使っている灰皿をひきよせて、線香花火で遊んだのだ。線香花火という季語がその背後にもつ、闇の暗さや小さな火の玉の華やぎを楽しむといった情緒はどこかにやられ、もっと荒々しくいくぶんなげやりなこころの有り様の女の孤独がみえてくる。灰皿に落ちる線香花火を見つめている目、そしてそんな自分を突き放して見つめている目。そのふたつの目に読者は行きつくのだ。 波音に寝て波音に明易し 巫依子さんは、尾道が好きで移り住んでいる方だ。尾道は海沿いの町であり、きっと巫さんは海辺近くにお住まいなのだろう。波の音のなかで生活をしている作者がいる。シンプルな表現ゆえに、まるで波音を聞きながら海を揺り籠として眠り目覚めていくようにな気持ちになってくる一句だ。「明易し」という季語が無理なくおかれて夏の気持ちの良い目覚めへと導かれいく。 落葉踏むただ踏むふはと軽くなる これはわたしの好きな一句である。落葉を踏むことって結構気持ちいい。落葉があるとわたしなぞ決まってガシガシと踏んでしまう。踏むことによってわたしの雑念も頭から足先にかけてすーっと降りてきて、落葉がすべて吸収してくれるような感じがすることがある。乾いた軽い音も心地良い。だからすごくよく分かる一句だ。老いも若きも子どももよちよち歩きの赤ん坊も落葉は分け隔てなく私たちを受け入れてくれる。思うのだが、幼子などはさにあらず、さまざな悩みや心配事をまとった大人は、ひたすら踏むことによってそのそれらもやがて消え、ずっしりと重かった心もふっと軽くなるそういう一瞬が落葉にはある。巫さんも悩みは多そうだ。そういう人間に落葉はひそやかな魔法の力を発揮する。 体温の触るるを拒み冬の薔薇 冬薔薇我が忘れゐし我に逢ふ 集中、薔薇の句は多いが、作者は「冬薔薇」への思い入れが強いのではないかと思った。厳しい寒さに毅然として咲く薔薇に己自身を託しているようにも思える二句だ。本句集を読んでいくと、平和な穏やかな生活に充足することが出来ない一人の女性が浮かび上がってくる。さらに読んでいくと波乱を求めて突き進んでいく一人の女性像を俳句という表現形式によって創造し定着させていく演出的手腕をわたしは巫さんに感じる。これは「演劇という虚構の世界に長く情熱を傾けていた私が、自らの体験そのものが表現になる俳句と出会ってしまった」と「あとがき」に書かれていることからもわかるように、まことにさりげなく巫さんは自身の体験を客観化させそれを俳句作品として読者に読ませる手腕のある方であると思った次第である。 青き薔薇一輪のため冬灯 「風変わりな青い薔薇は、俳句そのものにほかならない。」と西村代表が書かれているように、「青き薔薇」とはこの世に存在しない虚構の薔薇である。その薔薇を咲かせるための「冬灯」であり、そしてその青き薔薇は、「俳句は表現。事実ではなく真実を描くもの。」(あとがき)と両代表が語られているところの「真実」としての「青き薔薇」なのだ。つまり自身の体験を赤裸々に俳句にしているように思わせながら、それはまた自身を離れた作品化したものとして読者に示されたものであるのだ。だから巫さんにとって大切なのは「青き薔薇」すなわち俳句なのであり、誤解をおそれずにいえば自身の生き様は俳句のための素材なのではないかと思った、と書いたら叱られるかしら。つまり、それほどの創造意欲のある方だと思う。 この句集には、二十七歳から四十七歳までの私の二十年が凝縮されている。 そして各章には、その時々私に俳句を詠む刺激を与えてくれたとも言える元夫ほか恋人たちの存在が……。 「芸術は生き様よ! すべてさらけ出してこそ愛!」とは、若い頃師事していた演出家大橋也寸のことば。俳句に出会う以前、演劇という虚構の世界に長く情熱を傾けていた私が、自らの体験そのものが表現になる俳句と出会ってしまったのだから、すべては後の祭……。自分の心の趣くままに生きて来た私。 そんな私にとって、俳句の母なる西村和子先生、父なる行方克巳先生、両先生による二人代表制の「知音」無くして、この今の巫 依子は、存在し得ないとも─。俳句を詠み続けることを通し、恋愛に翻弄され自分軸を失ってばかりの自分をも客観視させて頂き、ひとりの人間としても、両先生の長年の懐深い見守りには、改めて心からの感謝を申し上げます。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装幀は和兎さん。 材質感のある用紙に青い薔薇、そして金箔の文字。 扉。 冬灯の中の一輪の青い薔薇は、その存在価値を知る人々にずっと見つめられ続けて行くはずである。(行方克巳・あとがき) 巫依子さんが、近影写真を送ってくださった。 この句集「青き薔薇」は、27歳から47歳の今に至る… 私の俳句人生20年を凝縮した第1句集です。 その間、結婚~離婚~尾道への移住~開業…様々な人生の節目がありました。 新婚時代の第1章にはじまり、自分の中の無償の愛に目覚めゆく第7章に至るまで、 いつもいつも傍らに恋があって、いつもいつも俳句と共に歩んで来ました。 もっと器用に生きられたら…とも思いますが、器用に生きられない私だから詠めた句があります。 また、今回の句集タイトル「青き薔薇」は、自然界には無い色の薔薇。 私の俳号 巫 依子も、そして俳句作品一句一句も、私にとってすべては事実に基づく創作の幻であります。 ですか、そこに浮かび上がる真実にこそ、誰かのお心と響き合えるものがあると思っております。 この句集中に、ただ1句でも読者の方のお心にふれる句があれば、私も少しは報われる?救われる(笑)思いです。 「句集刊行によせて」メッセージを下さった。 かつて、もう何年も前のこと、一度ふらんす堂にいらして下さったことがある。 あれから少しもお変わりなく溌剌と輝いておられるのが素敵だ。 きっといい歳のとりかたをされているのだと思う。 巫依子さま 句集のご上梓おめでとうございます。 句集刊行の実現がかなったこと、わたしたちもとても喜んでおります。
by fragie777
| 2020-10-04 18:31
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