|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
9月3日(木) 旧暦7月16日
夕暮れの案山子。 美人の案山子である。 マスクとジャケットが同じ模様、大きいピアスが軽やかでなかなかおしゃれである。 今日は午前中は銀行まわり。 朝晩は大分涼しくなったが昼間はやはり暑さが厳しい。 仙川商店街には最近、マッサージ店や整体店などの店が急激にふえた。 どの店もけっこうお客で賑わっている。 お客さんに若い人が多いのにおどろくが、みなストレスをかかえているのかもしれない。 最近出来たその店の前を通ると、 骸骨がいる。 いつもぎょっとしてしまう。 しかし、 このように骨となったらもう何も問題はないのだ。 その骨の廻りに取りついているものがあるときが問題なのだ。 そしてこのようにさっぱりした骨の姿にたっするまでの時間を「人生」などとわたしたちは呼んで、喜んだり悲しんだりするのだ。 骨となった暁にはマッサージなどもう必要ない。 死ねば野分生きてゐしかば争へり 加藤楸邨 この句がふっと浮かんできた。 まもなく刊行になる北大路翼著『加藤楸邨の百句』で、北大路さんはもちろんこの句をとりあげて評しているが、どんな感想を寄せていたか。 本著のテーマは「人間の業と向きあふ」 である。 楸邨の句が、21世紀はじめの過酷な時代を生きる人間にどう響いていくか、9月1日付けの讀賣新聞では、加藤楸邨のあたらしい『全句集』(上下)がこの8月に青土社から刊行されたことを掲載していた。句集未収録の3400句や未発表の句約500句が収録されているという。 楸邨がいま、 どのように読まれていくか、 興味のあることろである。 喉ふかく羽抜鶏鳴くただ一度 加藤楸邨 9月15日刊行である。
by fragie777
| 2020-09-03 18:48
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||