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8月31日(月) 二百十日 旧暦7月13日
暮れてゆく仙川。 八月も今日でおわる。 マスクをし続けた日々、ことさら暑かった日々だった。 八月を送る水葬のやうに 川崎展宏 八月が逝くと息する草や空 八田木枯 昨日付の朝日新聞の「風信」で、篠崎央子句集『火の貌』が紹介されていた。 未来図賞受賞の著者の第1句集。「血族の村しづかなり花胡瓜」「狐火の目撃者みな老いにけり」 今日はこの篠崎央子句集『火の貌』(ひのかお)を紹介したい。 四六判ソフトカバー装帯有り 220頁 二句組 著者の篠崎央子(ひさこ)さんは、昭和50年(1975)茨城県生まれ、東京都練馬区在住。平成14年(2002)「未来図」入会、平成17年(2005)朝日俳句新人賞奨励賞受賞、平成18年(2006)未来図新人賞受賞、平成19年(2007)「未来図」同人、平成30年(2018)未来図賞受賞。俳人協会会員、「未来図」編集同人。本句集は、第1句集、跋文を角谷昌子さんが寄せている。 本句集の出来上がりを楽しみにしておられた鍵和田秞子主宰は、刊行を待たず6月11日に急逝されたのだった。 跋文を書かれた角谷昌子氏は、「いのちの血脈」と題し、篠崎央子さんの俳人としての魂の琴線にふれた懇切なる跋文を寄せられている。ここではそのほんの一部となるが、抜粋して紹介したい。 央子さんは茨城県の「小さな村」で生まれ育ったと言う。大学時代に『万葉集』を専攻したのは、親しんだ共同体意識がその根底にあるからではないか。天磐戸の女神と村落で神々の饗宴のために舞った娘のイメージが、なんとなく結びつく。舞ひめのような雰囲気の央子さんは、神の言葉である「咒詞」への特別な思いを幾代も経て血脈に受け継いでいるのではなかろうか。(略) 海鼠腸やどろりとうねる海のあり 白き炎(ほ)を吐きて女滝の凍てにけり 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな 〈海鼠腸〉をすすりながら眺める冬の海は、鉛色にうねり続ける。〈女滝〉は〈白き炎〉を曳きながらその丈を結氷させてゆく。鶏冠から顎の肉ぜんにかけて真赤な〈にはとり〉は燃えるような〈火の貌〉だ。年明けのめでたさを寿ぎながら、天地へ高々と声を上げる。作者は〈海〉〈女滝〉〈にはとり〉と一体化してそれぞれの本質に迫る。この対象との一体感は鍵和田主宰の詠みぶりにも通う。央子さんは、中村草田男、鍵和田秞子のいのちを詠み、俳句の可能性を探るという志をしっかりと継いでいよう。 さらに『万葉集』の特色とされる「内部衝迫の強さ」「雄勁さ」を血脈に受けて自然の中のいのちを詠む姿勢が明らかである。 本句集を一読すると、そのうちに激しいものを秘めた意識的かつ知的な女性像が立ち上がってくる。自身の故郷の風土性を精神の核として、洗練さよりも骨太の混沌をその身に引き受ける、句集をとおしてわたしに見えてきた篠崎央子さん像である。 握手してどくだみの香を移したる 伝票のうつすらと濡れ鱧料理東京の空を重しと鳥帰る 春風を飲み干すやうに笑ひけり あらたまの光の束を曳く孔雀 帰るには惜しき風なり浜豌豆 肋骨に花火の音の溜まりゆく 痩身の夫蟷螂に狙はるる 担当の文己さんが、好きな句を紹介した。 握手してどくだみの香を移したる 跋文で角谷さんもひいておられた一句である。「どくだみの香」を移したる、と平然と詠んでいるところがなんともである。「どくだみの香」は、人によって好き嫌いがある。わたしは嫌いではないが、ものすごく好きというのではない。しかし、わたしが思うに篠崎央子さんは、「好き」なのだと思う。だからどくだみの匂いのする手を洗うこともなく、あえて相手にその香を移したのだ。篠崎さんにしては非常に好意的な行為なのであるが、ここにわずかな悪意というのではないが、ちょっと困らせてやろうと言った思いがないわけではない。わたしが好きなんだから、あなた、いいしょ、と。そういうところが篠崎央子さんの面白さであり、魅力なんだと思う。なかなか一筋縄ではいかない人だ。ぼんやりしていたら、いたずらされてしまいそう。しかし、あたたかな、いや熱い血の通っている人だ。だから愛される。 痩身の夫蟷螂に狙はるる 「痩身の夫」を存じあげているゆえに思わず笑ってしまった。おなじ「未来図」同人で、出版社の編集者である飯田冬眞さんである。ふらんす堂から第1句集『時効』を上梓されている。蟷螂にややたじろいでいる夫を見ながら、余裕をもって面白がっている作者が見えてくる。夫は痩身であるが、作者は痩身ではなくふくよかな身体をお持ちなのだろう。蟷螂も太ってはいない、痩身同士の対決である。ユーモラスな一句だ。どっちが勝利したのであろうか。わたしが思うに、冬眞さんは篠崎央子さんのうしろに逃げたような気がする。そうではありませんこと、飯田冬眞さん。 春風を飲み干すやうに笑ひけり 自画像であるか、それともそういう人に向き合ったのだろうか。どちらでもいいが、いったいどんな笑い顔なのだ。と最初思い、それからゆったりとして笑っている女性の晴れ晴れとした顔が浮かんできた。いいねえ、「春風を飲み干す」なんて、どこのミューズだ。まぶしい美しい笑顔。肺活量のたっぷりとしたミューズ。巧みな比喩であると思う。 ヒステリーは母譲りなり木瓜の花 好きなだけ眠りて未婚花海棠 句集の前半に並べておかれた二句である。この開き直り方がなんとも好ましい。「ヒステリー」と自身を詠んではばからず、未婚を謳歌しているようで、「花海棠」がすこし複雑な心境を表している。二句とも季語がいい。自身をよく見ている作者であるが、「黒葡萄ぶつかりながら生きてをり」の句もあるように、1+1=2では割り切れないものをかかえてもいる。不器用な面もあるのだと思う。 太股も胡瓜も太る介護かな うなづくも撫づるも介護ちちろ鳴く 夫の両親を介護されたときの句である。角谷さんも跋でふれておられる。この肝のすわった女性が篠崎央子さんなのだ。かなりシンドイ状況をユーモラスに詠んでいる。ただ、複雑な葛藤もこの作者だからこそ感じないわけではない。 恋とは、新しい言葉との出会いである。幼い頃より動植物が好きだった。鴨を見れば、尻を触りたい衝動が走り、蚕を見れば頰ずりしたくなる。屁糞葛を首飾りにしたり、十薬をコップに活けたりしてはよく怒られた。美しすぎるものが俳句の題材にならないように、恋もまた少し歪なものを対象としてきた。 霊威を持つものは、みな異形である。私は、茨城県つくば市の片隅にある小さな村で育った。村の人たちは、鳥や木々に希望のようなものを託していた。鳥も木々も完璧ではなく、どこか歪である。畑で収穫される野菜も清流で釣り上げる魚も左右非対称で、ただ、陽の光のなかで輝いていた。 大学に入り『万葉集』を研究するようになったとき、それまで漠然と抱いていた動植物に対する憧れが、言葉になることを知った。万葉人は、鳥や鹿や草花、大樹に魂を通わせ、歌となした。その言葉に触れるたびに、故郷の村人の根底に流れている魂の記憶を思った。(略) 私にとっては、第一句集となる本書のタイトルは、 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな に拠った。朝という刻を告げる鶏は、火のような形相を持つ。鍵和田秞子師もまた、火のような情熱を持ち、私達の俳句を明日へと導いてくれている。師の燃え上がる俳句精神に接した弟子の一人としてこれからも邁進してゆきたい。 たくさんの事を語られている「あとがき」から抜粋して紹介した。 本句集の装幀は君嶋真理子さん。 赤がメインカラーである。 文字のみならず、金箔の使い方がさすが君嶋さん、芸が細かい。 ラフイメージをみせてもらったときに、わたしは美しい一冊になると思った。 カバーをはずした表紙。 校了間際の六月十一日、鍵和田秞子師の訃報が舞い込んできました。病床の師が「楽しみだ」と言って下さった本句集をお渡しすることは叶いませんでした。心よりご冥福をお祈り致します。 「あとがき」の追記に記された一文である。 近影写真をお願いしたところ、送ってくださった。 ![]() 篠崎央子さん 鍵和田秞子主宰から「そろそろ句集を出しましょうか」と言われてから3年の月日を経て、このたび出版することとなった。出版が遅れたのは今となれば、私の心の弱さからと自信を持って言える。自分の中で、誰にも負けない信念みたいなものを見つけるのに3年かかっただけの話なのだ。主宰に選句を依頼した時は、すでにご入院中であった。その場で数ページをめくられ「ちゃんとした写実の句がある」とおっしゃった。その後、私の句集の句稿はいつも主宰の枕元にあった。病院にお見舞いに来られた方々には、句稿の1ページ目が見えたらしく、第1句目の〈野焼き終へ仁王の如き父の顔〉が良いとの応援の言葉を頂いた。 句集出版間際、鍵和田秞子主宰は急逝された。その悲しみは今も癒えることはない。だが、改めて自身の第1句集を手にしたとき、句集の1句1句の中に主宰が生きていると思った。句集の中には、主宰が「この句、新しいの?本人が良いと思っているなら良いけど」と迷われた句も入っている。そんな「未来図」での青春の詰まった第1句集である。 句集に至るまでの思いを寄せて下さったので、紹介させてもらった。 鍵和田秞子氏の弟子に対する愛情と師への篠崎央子さんの思いが伝わってくる文章である。 さて、 縄文のビーナスに臍山眠る わたしの好きな一句であり、これは多分自画像ではないか。篠崎さんの精神はまさに縄文土器が象徴するように闇をひきずりながら混沌としたエネルギーにあふれたもの、そこに共鳴しているようにわたしには思える。そこにある臍。それが肝心だ。力強い臍をもった縄文のビーナス、それが篠崎央子さんなのではないか。 句集を読んでこの一句に出会ったとき、まさに、とわたしは思ったのだった。
by fragie777
| 2020-08-31 19:25
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