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8月5日(水) 旧暦6月16日
神代水生植物園。 すでに秋の気配だ。 咲いていた夏菊。 いまカレンダーを見たら、もうあと数日で立秋。 残暑の厳しい日々となりそうだ。 字のそばに鉛筆ころげ夏休 橋本鶏二 子どもたちにとって今年はどんな夏休みになるのだろうか。。。 新刊紹介をしたい。 A5判ペーパーバックスタイル 72頁 四句組 第1句集シリーズⅡ 著者の静誠司(しずか・せいじ)さんは、1966年静岡県生まれ、静岡県静岡市在住。1987年静岡大学俳句会入会、2010年【船団」入会。第1句集である。跋文を坪内稔典氏が寄せている。 タイトルは「ががんぼ、そしてイクイク」。 ががんぼの気持ちを百字で述べなさい 坪内さんは、「句集『優しい詩』の夏の部の傑作は、なんといってもががんぼの気持ちだよ、と私。あの百字で述べよ、ね、とカミさん。」と「カミさん」と紙面において言葉をかわしている。 はて、「ががんぼ」って、どんなんだっけって思って「歳時記」をひらいた。 「蚊をおおきくしたような姿をもつが、足は長く細い。弱々しい虫で、すぐ足がもげたりする。灯下に飛来し、止まろうとしてもがくさまをよく目にする。」とある。 ああ、わかった、あの虫のことか。すぐ足がもげたり、もがいたりで、なかなかこの世では生きにくい虫なのかもしれない。そうなると、ががんぼには創造主への言い分がたんとあるにちがいない。百字でも足らないくらい。人間がふっとその気持ちを思いやったりしてしまう、はかない虫なのだ。 じゃ、「イクイク」は? 静岡市葵区イクイク青葉風 「静岡市葵区イクイク青葉風」が静誠司の傑作だと言い張ると、静誠司は困るかなあ。彼ってやや変態、と思われかねない。 いや、そんな心配は無用であろう。変態とは常識からのちょっとした逸脱だが、言葉が変態に近づくと詩が生まれる。葵区に性的興奮をもたらした静誠司は詩人(俳人)であり、次の句はまぎれもなく変態的、つまり傑作なのだ。 と坪内さん。カミさんは反対らしい。 あなたも、「びわ食べて君とつるりんしたいなあ」って作ったでしょ。イクイクとつるりん、少し卑猥よ。私の好みではない。私はががんぼの句を静さんの代表作として断固推したいわ。 「カミさん」は「ががんぼ派?」だ。 カミさんの意見に反対ではない。でも、イクイクやつるりんをどこかに残しておきたいのだ。卑猥が好きというのではなく(いや、もしかしたら好きなのかもしれないが)、なんとなく人に軽蔑されたり馬鹿にされる一面、そういうものを自分の言葉の世界に持っていたい。 と坪内さん。 どう思います? わたしは「エロさ」ってあっていいんじゃない派かな。。。 引き続き坪内さんは、 桜餅葉っぱで隠しきれぬもの レタスでもなかなか直らない寝癖 つぶやけばつぶやくほどに葡萄つぶ 時雨れてもクッピーラムネ四個分 寒鴉オカンやっぱりアカンって これらも私の愛誦句だが、いわゆる俳句ではない。俳句らしくないのだ。高校の国語科の教師である静さんには、俳句らしい俳句が十分に分かっている。分かったうえでの逸脱、あるいは変態が、彼の優しい詩だ。えっ、何が優しいのか、って。葉っぱでは隠しきれない桜餅の気持ちへの同感、共感ですよ。 さて、担当のPさんの好きな句は、 ダボダボのトレーナーから脚と春 酔っ払ってないもん花疲れだもん鉄骨の中赤裸々な旱あり 天の川視力0.4なりに ベーグルよりドーナツよりの冬日和 ダボダボのトレーナーから脚と春 これはぜったい若い女子がモデルだな、とふんだ。そうでないと「春」が効いてこないし、「春」のおき方がうまいと思う。「春」とおくのはやはりおじさん的視点かな、なんていうと静さんにしかれるかもしれないけれど。 酔っ払ってないもん花疲れだもん ちょっと甘えたように言う女性の姿をまず彷彿するけれど、それより「おねえ」を自称する方がこんな風に言うのをすぐに想像したyamaokaである。「花疲れ」というちょっと風雅のある言葉をここで出すのは、若い女性よりそれなりに人生をいきてきた人でないと言えない、←こんなことを言うと差別になっちゃうかな、わたしのように若くない女は、こう言う言葉遣いはあまりしない。作者の静さんは、勝手に解釈しなさいよっていうことだと思う。 春風のもうけ話に乗ってみる この句、わたしはすぐに○をつけた。というのは、商売っ気のあるyamaokaであるので、(しかし慎重な部分もある)「春風」が吹く季節だったら「乗ってみる」のも悪くない。「春風」という季語をこんな風に使ってみせるんだ。堅気な人もおもわず乗せられてしまいそうな「春風」だ。 君が泣く三分前の雲の峰 この句も好き。わたしはこの句を読んで、どういうわけか細田守監督のアニメ映画「時をかける少女」(←大好き)を思い出した。この一句、青春の領域のものだ。「時をかける少女」では、夏の青い空と白い雲がことさら印象的だった。そしてどうしようもなく切ないのだ。静誠司さんってこういう句もつくってしまうんだ。若々しいたましいを持っている方だ。真琴は千昭に出会うために時をかけていかなくてはいけないのだ。 きっかけは、大学三年、学部の先輩に勧められて参加した大学俳句会の句会でした。以来、大学句会の主宰でいらっしゃった福本一郎先生、大学の集中講義に来てくださった縁から「船団」に導いてくださることとなった坪内稔典先生、今に至るまで句会を共にしてきた芳野ヒロユキ氏、「船団」で出会った方々、そして静岡句会の仲間たちなどなど多くの方々より、たくさんの教え、刺激を受けながら、ここまで俳句を続けてこられたことに、心より感謝申し上げます。 この句集は、そういったこれまでの三十年間に詠んだ句から選んで編まれたものです。句を選びながらの作業は、これまでを振り返るとてもよい機会となりました。そして、句を読み返しながら、作句当時の思いや句会の雰囲気が自然と蘇ってくるのが不思議でもあり楽しくもありました。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集を装幀した和兎さんは、句集の色をローズ色をかんじさせるようなやわらかな茶色にした。 それがこの句集の世界とよく響き合っているのではないだろうか。 帯の写真は、お嬢さんの「詩優(しゆ)」ちゃん(四歳)が撮ったものという。 句集名「優しい詩」には、娘「詩優」ちゃんの名前が入っている。 秋晴の河馬には負けぬ欠伸する 気持ちのよいこの一句は、坪内稔典さんへの挨拶の句であろうか。「河馬」を自称する坪内さんである。欠伸をしている河馬をみて、坪内さんを思い、その河馬に負けないくらい大欠伸をして、さらに自在に楽しい句作りをしていきたい、そんな思いをこめた(?)一句とわたしは読んだ。 もし金魚なら付き合ってくれたのかい この句、かなり好きな一句である。こんな言葉、わたしも男に言わせてみたい、 なあんてね。 深大寺のお蕎麦屋さんで飲んだラムネ。
by fragie777
| 2020-08-05 18:56
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