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7月28日(火) 旧暦6月8日
ほんとうによく降る。 雨にしとどに濡れた白粉花。 今日は一日在宅にて仕事。 であったが、 実は夕食をすませていまは仕事場である。 仕事場でなくては出来ない仕事がいろいろとあって、それらをヤッツケ(?)にやってきた。 一通りすませてブログを書いているところ。 俳人の加藤かな文さんが発行人である俳誌「家」8月号が送られてきた。 「俳句にちかく」という連載をされており、「俳句分類63」というタイトルがあり【新しい俳句/新しくない俳句】というテーマで文章を寄せておられる。 そこで、山口昭男著『波多野爽波の百句』について触れているので抜粋して紹介したい。 (略) 私たちは自分が思っているほどには「新しい俳句」をつくろうとしていないのだと思う。まずはその事実を認めよう。その上で、そもそも俳句は「新しい俳句」でなければならないのかを考えよう。「サザエさん」や「水戸黄門」のように、いつも変わることなく、決して「新しくない」から愛されているものは数多い。「新しくない」ことはそんなに罪なことなのか。食べ物や飲み物だって、いつも同じものばかり口にして、やっぱりうまいな、これ、という人間はたくさんいるはず。 (略) 俳句はそういう一面が強い。ルーティーンによく馴染む。毎年毎年同じ季語を読む。いつも同じ発想が湧く。信念があってやっているわけではない。何も考えていないと、貧乏ゆすりのように体が動く。その結果同じような俳句を繰り返して詠む。 (略) 「新しい俳句」は誰もが希求する理想の俳句モデルではなく、むしろ俳句の本質を知らぬ素人たちの勝手な言い草にすぎないのではないか。と、そんな風にちょっと斜にかまえるのいつもの私のやり方、その一方で自分の俳句だけはいつも「新しい俳句」であると思っている。なぜ人々はそれに気づかないのだろうと思っている。煩悩深き俗物の一人だなあとつくづく思う。 「新しい俳句」の夢を見ていたら、はっと目の覚めるようなできごとがあった。山口昭男の『波多野爽波の百句』(ふらんす堂)を手にしたところ、そこに「新しい俳句への挑戦」なる副題が記されていたのだ。平成俳壇のアイドルは結局のところ虚子であったと私は思うのだが、令和俳壇のそれは爽波だろう。今や、日本列島を縦に横に貫くのは「楸邨山脈」ではなく、「爽波山脈」である。あの人も、この人も。もちろん山口も。(森澄雄、岡井省二、児玉輝代の私は、「楸邨アルプス天然水」で育った昭和の男よ。) そうか。爽波の最優先事項は「新しい俳句」だったのか。何を今さら、と言われるかもしれぬが、山口の指摘は爽波の本質を突いている、と腑に落ちた。 目下、岩井英雅著『森澄雄の百句」が、この『爽波の百句』と並んで好評である。 その師系につらなる加藤かな文さんの『波多野爽波の百句』評であるゆえにおもしろく読んだ。 8月には北大路翼著『加藤楸邨の百句」も刊行予定。 森澄雄の、あるいは加藤楸邨の最優先事項は、何か。。。 そんなことを念頭において読むと、その作家の本質が見えてくるのかもしれない。 今日は夕方に、雨降る仙川沿いを歩いた。 仙川につくやいなや、 わたしの(!)翡翠が飛んできた。 「ひさしぶり!」っていうように鳴いて、美しい羽を翻してみせた。 (嬉しいお出迎えだ)と私はおもい、飛んでいったさきの橋の反対側を覗き込んだ。 いた、いた、セミコちゃんである。 「来たの?」っていうように、わたしの方を見る。 可愛いなあ…… するとセミオくんも飛んできた。 上がセミオ、下がセミコ。 セミオくん。 しばらく一緒にいる。(とわたしは思っている) そして、彼らにお別れをして、わたしは仙川沿いを歩いていく。(この後なんどか彼らには出会うのだが) ややっ、 なにか小さなものが動いている。 亀だ。 かなりのスピードで移動している。 小さな亀である。 白さるすべりの花が散っている。 川のなかにポチャンと飛び込んで消えた。 一時間ほどを仙川べりを散歩して家に帰ったのだが、 わたしは汗と雨でぐっしょりと濡れてしまっていた。 さあ、ブログは書けた。 しかし、まだやらねばならぬことが残っている。 もう少し仕事をしてから帰るつもり。 梅雨豪雨山のおもてに縞をなし 長谷川素逝
by fragie777
| 2020-07-28 22:34
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