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7月23日(木) 桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) 旧暦6月3日
仙川沿いの百日紅。 いまとてもきれいだ。 今日はほぼ一日仕事。 午前中は家で仕事をし、午後からは仕事場で。 ちょっと根を詰めた作業をしなくてはならず、最近は座ってばかりのデスクワークなので、 机を高くして立って作業をした。 3時間ほどほぼ立ち続けでゲラの赤字合わせをしたのであるが、立ちつづけていることに少しも疲れなかった。 かえって腰も痛くならず、 ときにはこうして立ったまま仕事をするのがいいかもしれないと思った次第である。 今日は田中裕明・森賀まり共著『癒しの一句』より、22日の日付のものを紹介したい。 まもなく刊行になる『橋本鶏二の百句』の著者である中村雅樹氏の作品を田中裕明さんが鑑賞している。 中村雅樹氏の紹介もかねて。 漢籍は廊下に移し青簾 中村雅樹 作者中村雅樹は昭和23年(1948)広島生まれ。学究の道の人である。俳句は宇佐美魚目に師事。 漢籍とは中国の書籍という意味だが、これはこの人の学問の対象なのだろう。何かの事情で一旦、山と積まれた漢籍を廊下に移して部屋がひろびろとなった。窓には庭に向けて新しい簾を掛けている。夏だからといって研究を怠けてはいられない。身の周りを涼しげにしつらえて、さあこれから勉強だ。 若い学者の家の清祥なるようすが青簾という季語で伝わってくる。作者を学者と知らなくても、漢籍と青簾という言葉で、夏の日本家屋の涼やかなありようが浮かんでくれば、上々の作品である。 掲出句は平成元年作、句集『果断』所収。この句集の同じ年に「木版の漢字ひしめく春の蝉」という作品も収められている。(簾・夏) 簾をかけることなんてわたしの家ではやらない。 ふるさとの家ではかつてやったことがあったが、いまはもうない。 襖をはずして簾をかけるとがぜん家がひろびとしてきて風が通る。 その経験はある。 それももうはるか遠い記憶となりつつある。 が、思い出せば鮮明に思い出すことができ、その簾の匂い、そこを通ってくる人間の声、人の動き、すべてが鮮やかな記憶となって甦る。 幼い頃の記憶は、色あせることなく心の奥で生きつづけているのだ。
by fragie777
| 2020-07-23 20:47
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