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4月15日(水) 旧暦3月23日
白山吹の花。 なんとも詩情のある花である。 サロメーヤ・ネリス詩集『あさはやくに(ANKSTI RYTĄ)』を訳した木村文さんからメールをいただいた。 このあいだリトアニアに渡航した際に「あさはやくに」について取材をうけたのですが、その記事がウェブで出たのでお送りします。LRTというリトアニアの国営放送のウェブメディアです。珍しく写真写りがいいので、ぜひ写真だけでも見てください。 ということでさっそくアクセスした。 以下より→「あさはやくに」 「私たちの言語を愛した日本人がサロメーヤ・ネリスを翻訳しました。彼女によってリトアニアの美しさを明らかにする詩人が紹介されたのです」 見出しをグーグル翻訳の力を借りながらなんとか訳した。 すべてリトアニア語で書かれているので、おいそれとは内容がつかめないのだが、木村さんの写真や詩集の写真がとても鮮明でいい。 木村文さん、かっこいいなあ。 20歳半ばにしていい仕事をしている誇りにみちた輝きがある。 新刊紹介をしたい。 菊判変形ハードカバー装帯あり。 214頁 2句組 著者の河内文雄(こうち・ふみお)さんは、昭和24年(1949)岐阜県飛騨高山生れ。平成28年俳誌「銀化」(中原道夫主宰)に入会、平成28年「銀化」同人、俳人協会会員。 本句集は第1句集、中原道夫主宰が序文を寄せている。また、句集名も中原主宰によりものである。 「見知加計(みちかけ)」という面白いタイトルについて、中原主宰は序文でこう書いている。 この句集『美知加計』(盈ち虧けの万葉仮名の元となる表記)は月毎十二ヶ月の章に分かれているところからの月の盈ち虧けにひっかけたという訳だ。 そして、河内文雄という俳人について、 河内さんの句の特徴は何といっても、ウィット(機知、頓知、才知)と洒脱に集約されるが、当意即妙、打てば響くような脳の回転に舌を巻く。 足先を斥候に出す初湯かな 〈睦月〉 お加減は如何ですとの応へ春 〈弥生〉 水虫お主もなかなかやるよのう 〈水無月〉 ただでさへ暑きに写楽大首絵 〈文月〉 流れ星あふぐ歳でもなからうに 〈長月〉 すさまじや心の縁に畳み皺 〈霜月〉 いくつかの句を抜粋して紹介したが、著者のさらなる魅力についてこう語る。 凧あげの奥義はいまだ掌に 〈睦月〉 天や火の上に火つくりどんど焼 〃 紅梅はうみ白梅はやま似合ふ 〈如月〉 晩学はすなはち初学梅ひらく 〃 消すために書く黒板や鳥雲に 〈卯月〉 うなじよりあしくびに抜け夜の薄暑 〈皐月〉 父の日はいつしか偲ぶ日となりぬ 〈水無月〉 両目より両耳疎遠五月闇 〃 夏帯と少し長めのまばたきと 〈文月〉 せうそこの絶えてひさしや花氷 〃 などをあげて、 前半部分だけでも、これだけ機知を抑えたしっとりとした作品が脇を固める。むしろ古風といえるような味わいの句群。ひょっとして生国飛驒高山で極身近かな人達にやらされていた という俳句は、こういう伝統的な姿に近かったのではないか、と勘繰ってみる。そうでもなければ、数年でこの〝硬軟〟のバランスの取れた全体を見せるには、相当の力が要る。彼は〝只者〟ではない。 著者の河内文雄さんはお医者さまである。作品にはあえてそれを思わせるものはないが、「あとがき」で自身の病気にふれた部分を読むとおのずと医業にたずさわる人であることがわかる。 また、師・中原道夫との(運命の)出会いも、俳句との出会いもドラマチックである。それについては本句集をぜひに読んでいただきたい。 小豆粥吹く飾り気の無き時間 うなじよりあしくびに抜け夜の薄暑生き恥を仕立て直して夏に入る 実直な木通で通すあなかしこ 担当の文己さんが好きな句としてあげたものだが、やはり絶妙なウイットがあっておもしろい。 生き恥を仕立て直して夏に入る この一句、「生き恥」ですぐにわたしなど反応してしまった。毎日毎日、懲りることもなくこのブログに「生き恥」をさらしているyamaokaである。この句、「仕立て直して」が最高だ。河内さんは、自身の「生き恥」は認識しているのだ、それをきっちり「仕立て直そう」という根性がすごい。普通は、「生き恥」は字のごとく、恥ずかしいものだ、それはそれとして引き受けて再生産して見栄えの良きものとして、「夏に入る」のである。だから、おおいにすっきりとした風遠しのよい仕立て直しの「生き恥」である。もはや、すがすがしいものに変容しているのかも。。自身をみる目に余裕があり遊び心がある。それもすてきだ。 実直な木通で通すあなかしこ これも面白い一句。「木通」は「あけび」と読み、これが季語だ。なんともとぼけた一句である。「あなかしこ」に笑ってしまう。「あなかしこ」は、手紙などの最後に女性がおく挨拶語。「失礼いたします」っていうようなニュアンスか。さて、「木通」が実直であるかどうかなんてわたしは知らないことだけど、おそらく河内さんは、「木通」を見ていて、ふっとこの句が浮かんできたのではないだろうか。ひとをくった遊び心満載で、こういう句の前ではケチをつけたりしたら粋ではない。この句に出会ってしまったので、たぶん今後「木通」をみたら「ああ、実直な……」と思ってしまうだろうなあ。 晩学はすなはち初学梅ひらく わたしはこの句が好きである。中原主宰も序文にあげられてたが。学ぶ人の心のへりくだりがあって、それが初々しく咲きはじめた梅と響きあう。だいたい、「初学」という言葉と「梅」(イメージとしては白梅であるが)という言葉ほどよく似合うものはない、似合いすぎているって思う。晩学とはすなわち河内さんにとって「俳句」のことだろう。俳句を学びはじめたときの新鮮な気持ちをも託した一句と読んだ。 闘病後に出会った俳句について、「あとがき」に河内文雄さんがこう書く。(このあとがきは「句集らしからぬ不思議な話をします。」という書き出しではじまり、ご自身の病状の詳細な観察とその病気との詳しい戦いが記されていて、そこも大変興味ふかいのだが、永くなるので割愛します) 東京駅の雑踏の中で、中原主宰と、共通の友人Sさんと、私の三名が、これ以上ないというタイミングで偶然顔を合わせたのは、ちょうどそのころのことです。その後私は銀化に参加させていただき、平成二九年の二月から投句することになりました。 その奇跡が起こったのは丸二年経った平成三一年の二月です。何の気なしに手に取った英語の文献を自分はスラスラと読んでいました。それがあまりにも自然だったので、気づくのに少し時間がかかったほどです。それに気づいたときは思わず叫び声を上げました。医学の常識では考えられないことが、本当にさり気なく自分の身にも起こったのです。 脳梗塞や脳塞栓の後遺症の治療に、俳句が役に立つかもしれないという話が、たまたま先日の句会のあとの雑談で出ました。そうですそうです! 私がまさに、その実例です! 今回私は、この句集をまるで医学レポートを書くような気持ちで著しました。月別の脳のアクティビティの違いの資料になるかもしれないという思いから、作品は月ごとにまとめることにしました。 医師としての思いが込められた句集である。 本句集の装丁は、中原道夫主宰によるもの。 タイトルは銀箔。 モノトーンのようであるが、そうではなく赤、青、紫の色が潜んでいる。 布クロスは紫鼠ともよぶべき色で渋いのだが、華やかな色である。 扉。 花布は、紺と白のツートンカラー。 栞紐は、グレー 帯に月がある。 それにしても舌鋒鮮やか。これがほんの二、三年での達成であるから、新人としてもて囃される時期などなかった。既にして熟練。彼は”只者”ではない。「銀化」に軽い気持ちで誘ったのは誤算だった?それとも、今後の「銀化」の太い屋台骨になる?あとで私は先見の明があったねと言われたいと思う。どちらにしても巨大な鉱脈に打ち当たった感触がある。 (中原道夫・帯文) 父の日はいつしか偲ぶ日となりぬ 好きな一句である。「父」という存在のさびしさがある。母は愛される存在であるが、父は偲ばれる存在か。「ハハ」という音がもつ広がり、「チチ」という音がもつ直線、父への道は狭くさびしく、せつない。 余談であるが、先日、テレビで河内文雄さんを見た。「新型コロナウイルス対策」について取材を受けられていた。また、フェイスブックなどで、はやくからこの「ウイルスの恐ろしさ」について、発言されていた。 句集の制作をおすすめしながら、一方で「コロナ」の状況と向き合い大変であられたと思う。 句集は出来上がったが、ウイルスとの戦いはつづいている。 くれぐれもお気をつけていただきたいと思っております。
by fragie777
| 2020-04-15 20:12
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