ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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評されてこその一冊である。

3月21日(土) 雀初巣(すずめはじめてすくう)  旧暦2月27日


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神代植物公園にある「神代曙」という桜。


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「神代植物公園で発見、命名された」とあり、「染井吉野より数日早く開花し、開花直後の花は紅色が染井吉野より濃いなどの特徴がある」と記されている。
先日、朝の天気予報番組をみていたら、都内に移植されたこの「神代曙」が紹介されていた。


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わたしはこの桜のところでしばらく過ごしたのだった。

神代植物公園では、この神代曙のほかに数本の桜が咲いていた。

これはまた後日紹介します。





俳句総合誌「俳句α」春号を送っていただいた。


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ふらんす堂刊行書籍もとりあげられている。


なかでも神野紗希著『おんなの俳句』を、若い俳人である青本瑞季さんが評している。同時期に日本経済社より刊行された同じ著者による『もう泣かない電気毛布は裏切らない』もともに評されている。


両書ともになかなか厳しい批判的視座から書かれているのだが、ここでは『おんなの俳句』についてすこしその批評を紹介しておきたい。全文を紹介はできないので、これはこの書評を読んで貰うほうが良いとおもうのだが、舌足らずになってしまうことを承知で紹介したい。

(略)
『女の俳句』の前書きに表れるのは「女らしさ」が女性を束縛することへの問題意識であり、女性の書き手に限らず女性を対象とした俳句を語ることでそれを可視化し、その試みを通じて「らしさ」からの解放を目指す志向である。その試みは、神野が「女」であることを肉体的事実として捉える、つまりシスジェンダー女性以外の女性が無視されているという問題を抱え込むものの、フェミニズムの文脈に置くことはできる。しかし、ここでも問題となるのは、その語りの手つきである。
(略)
要は何が「女らしさ」を構成し、また要請するかという部分の可視化、批判がないためにーーこれは「らしさ」からの解放という目的意識のもとでは致命的なのだが-、俳句における「女らしさ」の表象の可視化の段階に留まってしまっているのだ。では可視化された「女らしさ」はどのようにはたらいてしまうかというと、残念ながらこれこそが俳句における「女」なのだと提示してしまうことで、「女らしさ」の強化の方向に作用してしまっている。(略)「らしさ」の解体は「らしさ」を生み出す構造への批判なしには生まれないのだが、(略)「らしさ」を生み出す構造、女性の主体性を認めず、消費対象とし、排除し続けた男性の視線と同化してしまっている。神野は後書きでこの本が時代遅れになるような自由な時代の到来を望むが、結果としては手続きの欠如のためにこうした時代錯誤に寄与してしまっているのだ。

と手厳しい。が、するどい批評である。
わたしはたいへん興味深く読んだ。本著は多くの人に読まれて評価もされているが、神野紗希さんより若い世代の女性がこうした視点を持って評するということに頼もしいものを思ったのである。
神野紗希さんもまばゆいばかりに才能にあふれた女性であるが、さらにきっちりと先輩俳人のやっていることに向き合い評しておこうという青本瑞季さんの姿勢がわたしには清々しく思えた。手放しですべてが評価されるのではなく、こういう批評を生み出したことも、『おんなの俳句』という著書があってこそである。いろいろと評価されてこその一冊である。
この評に興味を持たれた方は、是非全文をよむことをおすすめしたい。


ほかに、


花輪とし哉著『俳句を見る眼』

本書は正岡子規の「俳句を見る眼」、中村草田男の「キリスト教俳句」というテーマに焦点を絞ったユニークな評論集。子規と草田男とは意外な組み合わせに感じるが、本著の「前書き」によれば、著者はこの二人の間に高浜虚子を置き、子規ー虚子ー草田男という流れで俳句を俯瞰しているとのことで腑に落ちた。草田男は人間探求派として戦中戦後の大きな流れの一つであるが、子規・虚子からの連続性で捉えなおすことで新しい景色が見えてくる。本著の読後、改めて草田男を読み直したくなった。



坂内文應句集『天真』


本書は曹洞宗雙壁寺(そうへきじ)の住職でもある著者の第2句集。
〈俳句は裁断の詩芸といわれるが、短いがゆえ精神の屹立の根拠を保ち、小さいがゆえ強靱にして風化にも耐えよう〉〈本書自跋より〉とある通り、太く力強い句が並ぶ。それは禅の精神につながる清らかさで読者を圧倒する。
その「清らかさ」はある種の「新しさ」でもあり学ぶべきことが多い。
 風に消ゆ沢蟹の泡茅舎の忌
 初経や金泥の文字ばりばりと
 初夢やへそに金魚を飼うてをり



能城檀句集『カフェにて』

本書は故大牧広主宰の結社「港」で長く研鑽を重ねた著者の第1句集。
生活感ある題材を都会的な感性で捉えながら、〈心理〉の深いところへ降りてゆく作風は著者独自のものであろう。
〈心理〉という器を感情で溢れさせるのではなく、著者の身体を通して詩情を静かに時間をかけて濾過する。まるで良質な珈琲のようだ。是非味わってほしい清廉な一書。
 美しき手の人と見る蟻地獄
 浴衣着て踵の昏さひとは言はず
 サイフォンコーヒー狼を眠らせて






新型コロナウイルスについての情報はたくさんある。

スタッフのPさんが、ips細胞の山中教授がコロナに関してのHPを立ち上げたと言っておしえてくれた。

→「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」


ここで、3月10日にミュージシャンのYOSHIKIと対談した録画があるのだが、「新型コロナ」への危機意識をどう持つか、ということについて示唆的であり、たいへん参考になる。とわたしは思った。

興味のある方は是非に。

→「YOSHIKIさんと対談しました」


やはり危機意識は必要だって改めて思う。


そう言いながら仙川の街は人で溢れている。
マスクをしている人が多いのみでふだんの活気と変わりない。
危機的状況下に置かれているとはなかなか実感できないのが正直なところ。
しかし、ヤバイのだ。。。


今日はお花見日和である。


わたしも今日はビールなんぞを飲みながら、仕事をしてしまった。



評されてこその一冊である。_f0071480_15515232.jpg

あはっ。

いいでしょ、休日なんだからさ。






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by fragie777 | 2020-03-21 17:53 | Comments(0)


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