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1月20日(月) 大寒 二十日正月 旧暦12月26日
水仙。 今日は大寒。 しかし、このあたたかさは何だろう。 わたしは薄手のセーターにマフラーを巻いただけでコートもはおらず、外を飛び回っていた。 「大寒」とは「寒さがもっとも厳しいこと」とあり、「敵(かたき)のごとく対(むか)ひたり」と富安風生が詠んだ大寒であるが、こんなに人間とねんごろになってしまっていいの、大寒よ。 異常なあたたかさに一抹の不安をおぼえるわたしたちである。 さて、「第11回桂信子賞」の報告をしたい。 兵庫県伊丹市の柿衞文庫で午後1時半より行われた。 受賞者は、瀬戸内寂聴さんと神野紗希さん。 瀬戸内さんは、法話のご予定があってお見えにならず直筆のメッセージが読み上げられた。 神野紗希さんは、俳人・神野紗希のできるまでを、今日までに出会った俳句とその学びを中心にご自身の経験をまじえて清々しく語られたのだった。 柿衞文庫理事長の坪内稔典さんのご挨拶。 「柿衞文庫を修復するこの機会に、桂信子賞は、この第11回をもってひとまず終わりにしたい。修復後に再会するかどうかをかんがえたい」とご挨拶。 わたしは驚き、会場も一瞬どよめく。 受賞者の神野紗希さんとはご縁がふかく、この受賞をとても喜んでおられた坪内さんである。 選考委員の宇多喜代子さん。 「桂信子賞は終わりとなるが、終わりは始まりである、とわたしは思っている。若い人たちを中心にきっと再開されるのではないか」 「97歳の現役俳人と36歳の若い俳人、おふたりの受賞をともに喜びたい」 選考委員の黒田杏子さん。 受賞された瀬戸内寂聴さんとの出会いから今日までの交流の日々を、深い思いをもって語られた。日頃聞けないような驚くべきエピソードが満載で会場はしいんと聞き入っていた。 選考委員の西村和子さん。 「紗希さんを見ていると、しなやかに自然にやっている、いい時代になったのだなあと思う。我々の母親や我々が俳句をつくり続けてきので、今の紗希さんがあると思う」 欠席をされた選考委員である寺井谷子さんからは、送られたきたお祝いの言葉が代読された。 受賞者・神野紗希さんの講演。 「俳句と出会ったのは16歳、そしていま思うのは、俳句は否定の詩ではなく肯定の詩であるということです」 若い受賞者である神野紗希さんに会場は惜しみない拍手をおくっていた。 記念撮影。 いまは女が力を持って元気である。だから、女だけのイベントや、女だけのなにか、ということに男性側から逆差別ではないか、というような発言もあるようだ。そういうことからいえば、これからは男女にあまねく平等に開かれたもの、が要求されてくるのではないか。そんな発言もあった。たしかに見渡せば、女は元気いいなあ、老いも若きも、である。 理事長の坪内稔典さん、会場でも端の方で恥ずかしそうにしておられたのが、ちょっと今の時代を象徴しているようで、わたしはそういう存在のありようもいいなあと思いながら笑ってしまったのだった。 ごめんなさい、坪内さん。 席にすわって授賞式が始まるのをまっているとき、わたしの隣に座った女性が、「yamaokaさんですか。ブログ楽しみに毎日見てます」って声をかけて下さった。お名前をうかがったところ、「文葉(ふみよう)」さんと名乗られた。結社は「草樹」に入られていて、桂信子が亡くなったあととのこと、吉田成子さんについて俳句を学んでいるということだが、わたしは、ずっと前から存知上げている方のように、たのしくお喋りをしてしまった。 授賞式には、40人くらいの方が見えていた。その中には、存知上げている方々もいらっしゃってご挨拶をいただいたりしたのだった。 「桂信子賞」、再開はきっとあると思うが、ひとまず終わりというのが少し残念な思いでわたしは東京に戻ってきたのだった。 そして、俳誌「炎環」の新年会にについても少し紹介したい。 以下はPさんのレポート 炎環の新年会にご招待いただきました。 江戸川区のタワーホール船堀にて、一部、二部の総会、新年句会から三部は懇親会でした。 炎環の新年会はいつも和気藹々と季語にまつわるゲームなどが行われます。 去年は、山崎彩さんの『ペリドット』、倉持梨恵さんの『水になるまで』を刊行致しました。 今年は関根誠子さんの句集も準備中です。 今年もどうぞよろしくお願い致します! ご挨拶される石寒太主宰。 今日はお客さまがいらっしゃった。 九州宮崎県からである。 田上比呂美さん。 田上さんは、俳誌「鷹」の同人、この度はじめての句集を上梓される予定である。 今日は、そのご挨拶にいらしてくださった。 「鷹」は、18日に新年会が東京で行われ、それに出席するために田上さんも上京されたのである。 そのおついでにふらんす堂まで足を伸ばしてくださったのである。 田上比呂美さん。 俳句は、田上さんのお母さまが「鷹」の布施伊夜子さんに学んでおられたご縁で、始められたという。 2017年に句集『媚薬』を上梓された加賀東鷭さんもおなじ地元の俳句仲間である。 宮崎県は、宮崎県俳人協会という超結社の会があって、そこには「鷹」の俳人もたくさんおられ、俳句が盛んであるということだ。 よき交流が俳人同士であるようで、とても楽しそうにお話をされる田上比呂美さんであった。 午前中にいらして、これから飛行機で帰ります。と早々にお帰りになられたのだった。 明日は新刊を紹介します。
by fragie777
| 2020-01-20 19:13
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Comments(4)
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文葉
at 2020-01-20 21:36
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記事の中に登場させて頂きましてありがとうございます。
吉田先生との出会いのきっかけは句集「日永」のこちらの記事でした。 桂信子賞の授賞式で山岡さんにお会いできるなんて嬉しいサプライズでしょう。 毎号楽しみな「ふらんす堂通信」、163号が届くのを 楽しみにしております。
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fragie777 at 2020-01-20 21:47
文葉さま
コメントをありがとうございます! 不思議なご縁を思っております。 友の会にもお入りいただいているのでした。。 もっといろいろとお話をしたかったのですが、 またお会いできますように。。。 (yamaoka)
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オスカー
at 2020-01-21 15:55
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こんにちは。
記事と関係のない質問で申し訳ないのですが、小野寺左右志良という俳人をご存知ないでしょうか? 雪まくり、という言葉を調べていた時にこの方の俳句が出てきたのですが、お名前の読み方もよくわからなくて。もし何かご存知でしたら教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
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fragie777 at 2020-01-21 19:43
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