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12月8日(土) 大雪(たいせつ) 旧暦11月12日
今日は大雪。 歳時記カレンダーには、北風日増しに強く、雪おおいに降る、とあり、今日の寒さはまさにその通りである。 ![]() 落葉。 美しい色がある。 今日は「大雪」らしい寒さとなったが、わたしは髪をカットした。 美容院に行く時間もなくて伸ばし放題のわたしの髪だった。 さっぱりはしたが、耳のあたりがすーすーして心許ない。 こういう時に風邪をひくのよ、気をつけなくてはね。 クリスマスが近づいているということもあって、わたしも久しぶりで山下達郎の「クリスマス・イブ」を切なく聴き、カウンターテナーのスラバによるカッシーニの「アヴェ・マリア」をうっとりと聴く。 そして、「天使」についてしばし思いを巡らせた。 天使とは文字通り神の使いのことで、ヨーロッパの中世芸術には必ずといってよいほど登場する。重たそうな羽を背中から生やして、男でもなく女でもなくアンドロギュヌス的であり、神と人間の間に位置する霊的な存在だ。ああ、でも、ヴィム・ベンダースの映画「ベルリン・天使の詩」に出てくる天使は立派なおじさんだった。 わたしはこの天使、あんまり好みじゃなかった。当時は。。。 ベルギーの王立美術館で見たピーター・ブリューゲルの「叛逆天使の墜落」には、叛逆転天使とそれと戦う天使ミカエル、彼(?)が率いるたくさんの天使たちが登場してそれはもう大乱闘を繰り広げていた。このミカエルは悪くない。もの思う天使はわたしたちもよく知っているデュラーの「メランコリア」と名づけられた天使だ。「受胎告知」には、必ず天使ガブリエルが登場するが、ダ・ヴィンチの「受胎告知」とシモーネ・マルティーニの「受胎告知」がフィレンツェのウフィツィ美術館で見たなかでとりわけ印象的だったが、フィレンツェにはサン・マルコ修道院の壁に描かれたフラ・アンジェリコのフレスコ画の受胎告知がある。壁に描かれているので、この場所に行かなければ見られないということもあって、修道院の階段を胸をドキドキさせながら登っていくと現れるのである。出会いの演出効果抜群というものだ。ここに描かれた天使ガブリエルは、どう見ても女性だ。この受胎告知にやっと出会うことができたのは15年以上も前のことである。フラ・アンジェリコの天使ガブリエルに比べて、ダヴィンチや、マルティーニの天使ガブリエルは、どちらかというと美青年風である。わたしにとって天使という存在はやはりアンドロギュヌス(両性具有)的なものであるので、こっちの方が好みである。とくにダ・ヴィンチの天使ガブリエルは、横顔がとりわけ美しくエロティックでさえある。 こんなことを書いていってどうするんだい、ともう一人のyamaokaがわたしに言う。 そ、そうよね。 12月2日付けの京都新聞を送っていただいた。 俳人の彌榮浩樹さんが、「詩歌の本棚」にふらんす堂刊行の句集を3冊取り上げて下さっている。 紹介したい。 『往診の午後』(ふらんす堂)は井上文彦の第1句集。2008年から2018年までの、342句を収録。 往診に立待月を連れとして 医師としての日常の中で出会った印象的な「月」。「連れとして」の見立てが温か。 山の端に紫立ちて夏に入る みづうみの水より淡し冬の虹 ふもとから順に春来る棚田かな 「夏」「冬」「春」に対する新鮮な感受の印象が、端正な句姿として描出されている。 苺摘む朝は鳥より早く起き 探梅や白梅町に車停め 生活者としての自分が、季節折々の色に染められる、その愉しさ。よくわかる。 啓蟄の雨に畑はざわめけり 藤袴渡りの蝶を休ませて 雨の畑。花にとまる蝶。平凡な事物が俳句の言語空間の中で祝祭めいた気配を纏う。 父と逢ふ納骨堂や鳥曇 亡き父への、言葉にし難い思いの、造形化だ。「鳥曇」の暗い明るさが、絶妙。 昭和28年滋賀県生まれ。大津市在住。 『ブロンズ兎』(ふらんす堂)は藤井なお子の第1句集。1999年から2018年までの句を収録。 朝風呂の匂ひ泰山木の花 ブロンズ兎万緑をいつも跳ぶ 奇矯な「匂ひ」、「いつも跳ぶ」の断言。大胆な措辞を〈実〉の重みが裏打ちする。 飛び飛びに席空いてゐる菊膾 少女なら風を起こして葉鶏頭 木琴につづく鉄琴濃いあぢさゐ 意外な言葉の組み合わせだが、季語「菊膾」「葉鶏頭」「濃いあぢさゐ」の質感が強い説得力となっていて、一句全体には深く首肯させられる。 羊歯飾る空港すでに暮れてをり 花束を包むセロファン梅雨寒し クリスマス来る掌に馬の息 静謐な三句だが、実景を印象的に切り取る感覚の冴えが鮮やか。濡れた輝きがある。 無花果の中に蟻ゐる父の庭 「無花果の中に蟻ゐる」のリアルと「父の庭」の不思議さとの奇妙な調和が快い。 1963年愛知県生まれ。茨木市在住。「船団」所属。 『旅ごころ』(ふらんす堂)は松山牧子の第1句集。 野梅の香乗せる野の風峰の風 残花なほ峠の風と遊びをり 水音の変はる涼しさ丸木橋 「風」「野」「水」「橋」のもつ質感の多層性・重層性が、切れ味のよい措辞にのせて、造形的に表出されている。 鴟尾少し覗かせ花の天守なる 秋繭に蔟(まぶし)のぬくみありにけり 造作物「鴟尾」「蔟」の魅力的な渋い表情と、季語「花」「秋繭」の風趣とが、一体となって滋味を醸している。 鬼の面とれば童顔冬ぬくし 引越して名残の雪に目覚めけり 人事を詠んだ二句。日常に潜むささやかなズレへの仄かな驚きが、体感的に詠まれている。詩的感興は、深い。 水鳥の千の声とも羽音とも 鴫遊ぶ通天閣へ水尾伸ばし 壮麗な「水鳥」と暢気な「鴫」・対照的だが、どちらも艶やかで印象的な冬の景だ。 昭和14年山口県生まれ。福知山市在住。「円虹」所属、「ホトトギス」同人。 さっき「天使」についておしゃべりをしてしまったが、わたしが新宿という雑踏の街を好きなのは、ごくたまにいますれ違ったのは「天使」だったのではないか?!、って思うことがあるからだ。 とりわけ聖性で輝いているわけではない。それはもっと重くれたちょっと見は汚れた様にみえるかもしれないが。でもそういうときがある。 新宿はそういう街だ。 天使たちはそれはさまざまで、多くの場合、羽が見えない。
by fragie777
| 2019-12-07 19:56
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