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11月24日(日) 旧暦10月28日
山里の銀杏紅葉。 今日の朝日新聞、青木亮人さんによる「俳句時評」に、ふらんす堂刊行の句集が二冊とりあげられている。タイトルは「忘却と想起」。 『人はそれを俳句と呼ぶ』について、「今泉の評論集は当時の資料を渉猟し、三鬼ら新興俳人の句の意図や魅力を復元させた好著で、今や戦時下の雰囲気が忘却の闇に埋もれてつつあることにも気付かせてくれる。」と書き、 同時に、日常とは忘れゆく時間の別名なのかもしれない。井越芳子『雪降る音』(9月、ふらんす堂)を見てみよう。 母逝きて家の中まで月明り 母なき秋の夜も月は煌々と冴え、その光は家の中の暗がりにも射しこむ。ほのかな月明かりは虚ろな哀しみを漂わせ、家はいつになく広い……この切実は別れも日々のうつろいの中で薄れてゆくのだろうか。いや、それゆえに井越は「家の中まで(までに傍点)と詠むのだ。あの秋だけの月明かりを、その悼みを忘れないために。 習慣と忘却の日常の中、想起すべき過去ああると信じること。安藤恭子『とびうを』(7月、ふらんす堂)の句は、私たちにも夏があったことを思い出させる。童話のように明るいひとときだった。 いつまでも潮の匂ひの夏帽子 今日は東京・帝国ホテルにて、俳誌「天頂」(波戸岡旭主宰)創刊20周年のお祝いの会があり伺って、今戻ったところである。 このお祝いの会については明日あらためてご報告したいと思う。 その前に俳句文学館で行われている「没後50年 石田波郷 回顧展」に行った。 今日が最終日である。 藤本美和子さんに教えてもらっていながら、なかなか行けず、 一昨日だったかしら、藤本さんからメールで「行った?24日までよ」と教えて貰わなかったら行きそびれてしまうところだった。。 この回顧展についてちょっと紹介をしたい。 ふんだんに資料が展示され充実した回顧展であった。(写真はOKということ) コーナーの一箇所に『石田波郷ー人とその作品』(清水基吉編・永田書房刊)がおかれている。 自由に手にとって読んでいいというので、中をのぞいてみた。 おもに波郷について、戦後の文壇や俳壇で活躍した俳人、歌人、作家などがその人となりについて書いている。 作品批評というよりも波郷との思い出が中心である。たいへん読みやすいし、面白い。 永田耕衣の文章をまっさきに読んでみた。 耕衣が「鶴」に投句していた時期があったことはよく知られている。 そこには、波郷という師への畏敬の言葉がつづられていた。「鶴」時代においても難解であると言われ、それに悩んでいた耕衣に、波郷はその作品への十全な理解を示し、それに歓喜した耕衣は波郷を師としてついていこうと思いつつ、いつしか山口誓子へと心がひかれ、「天狼」へ投句し「鶴」を止めざるをえなくなる、その次第が書かれているのだ。それに対して波郷は寛大な心意気をみせ、ふたりの間の信頼は壊れることなく交わりはつづいていく、そんなやりとりが波郷への尊敬の思いとともに語られているのだ。 ほかにも飯田龍太、中村草田男、加藤楸邨などをさっと読んだのだがとてもとても読み切れるものじゃない。 すこし目を通しただけでもみえてくるのは、波郷の懐の深さと人間性のあたたかさである。しかし、筋をとおすことにおいては鋼のような一徹さがあった。ひとたび会った人間を魅了せずにはおれない何か、があった。 この展示会の会場はとても良い気に満ちていた。 なんなのだろう。 ずっとここにいて展示を眺めていたいような。 どうしてだろう。 展示のうまさか。 波郷の魅力か。。。 ここには波郷のもつ人間の温かさと澄み切った何かに満ちている。 そう思った。 早く行っていれば、いろんな人に行くといいわよって言えたのに、今日が最後なんてとても残念。 でも、良かった! 行けたんですもの。 藤本美和子さん、 行ってきましたっ!!
by fragie777
| 2019-11-24 22:59
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