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10月20日(日) 旧暦9月22日
今日の新宿の空。 台風20号が近づいているという。 気持ちが晴れ晴れとせず、落ち着かない日々である。 新刊紹介をしたい。 今年「濃美」は10周年を迎えられた。先日そのお祝いの会が催されたのであるが、その会に間に合わすべく本著は刊行されたのである。 渡辺純枝さんは、昭和22年(1947)三重県生まれ、昭和60年(1985)「青樹」同人、平成20年(2008)「青樹」終刊。平成21年(2009)「濃美」同人参加、平成23年「濃美」主宰となり現在に至る俳人である。師系は長谷川双魚。句集は『只中』『空華』『環』『凜』の4句集のほかに、アンソロジー『現代俳句の精鋭』「現代俳句の新鋭」などがあり、本著はそれら所収の作品より100句を選んで自解を付したもの。わたしは渡辺純枝さんとは、かつて牧羊社勤務時代に第1句集『只中』と『現代俳句の精鋭』を担当したご縁があり、またふらんす堂からは第3句集『環』を刊行されている。 数句、紹介したい。 湯に浸るやうに息して花の中 明治神宮会館で、長谷川双魚先生がお元気な頃、祝賀会があった。参加者は三百人ぐらいだったろうか。私はまだ入会して数年の新人で三十代の初めであったので、余りの人数に小さくなって最後尾に座っていた。入選、秀作を読み上げる中で一向に私の句は読まれなくて、やはり経験が不足だと思った最後に、大会賞一席の作品として読まれた。恐れ多い事であった。(句集『只中』一九八五年刊) 揺れてゐる牡丹を飛びし水の玉 魚目先生の吟行会で出来た。 先生は、じっと考えておられ「これでいいんだなぁー。」と仰言って特選を下さった。先生の作品「木鶏と言へば転がる露の玉」をふと思う。私は露の玉を相撲の稽古場と解釈した。 「いまだ木鶏たりえず。」あの強い双葉山の言葉を思った。御存命中にお聞きしたかった。(句集『空華』一九九二年刊) ごはごはの浴衣や手足よろこびぬ 浴衣をその夏初めて着る日は何だかそわそわする。ピーンと糊の効いたそれは気持までしゃきっとさせるのだ。 ごわごわした袖に手を通しながら、これから友人と観に行く打ち上げ花火を思う。潮の匂いのする浜辺、なつかしい。 (句集『環』二〇〇五年刊) 母さんと吾を呼ぶ夫と豆の飯 娘が生まれてから、夫は私の事をお母さんと呼ぶ。私も当然、夫をお父さんと呼んで来た。義父は違っていた。最期の時まで義母を名前で呼んでいた。夫は今も私を母さんと呼んでいるが、私はと言うと「爺さん」と呼んでいる。夫は何の抵抗も無いようだ。(句集『凜』二〇一五年刊) 馬を見にゆくときだけの冬帽子 動物が好きだ。動物にはそれぞれの美しさがある、愛らしさもある、哀れさもある。馬は特に美しい。家の近くに競走馬を飼っている所があって、時々見に行く。 (句集『空華』一九九二年刊) 巻末に付した俳句についてのエッセイ「日常という事」から一部抜粋して紹介したい。 俳句を詠むという事は、自分の日常を詠む事です。と私は言い続けて来た。 とてもまともな生活をしているとは思えないほどに、諸々の日常に手抜きをしている私ではあるが、昨秋から体調を崩しながらの中で、行った事を数えると、十一月に年内最後の庭の枯芝を刈り、十二月には障子を貼った。一月は庭木達に寒肥を撒き、薔薇の剪定をする。年に三回や四回の消毒も欠かさない。秋の内に、春咲きの花の種を蒔き、球根を植える。実を付けない柚子の木の成り木責めも行った。すると、翌年沢山の実を付けてくれた、そういう事もあった。そのどれもが実に楽しい。 こうして、ささやかながら、まだ私の生活の中に季語が生きている。少し草臥れもするが、生活とは手間がかかるものなのである。(略) 最後に、俳句を作るに当って、四季の変化に敏感であれと言いたい。空の色、風の音、鳥の声、草の花……それらの刻々の変化に身をもって感応したい。私も木や草花と同じ命を賜ったものであるから、私自身も刻々と変化を重ねているのであるから。 吟行に於いては、既に何度も行った場所である、と言う理由で避けたがる人も居るが、何度行っても毎回違うのである。季節の変化ばかりではない。私自身が変化している。当然、同じ物を見ても捉え方が異なり、感じ方もその作句方法も違って来る。 渡辺純枝氏より先日、おはがきをいただいたのであるが、美しい薔薇の写真のはがきで、「わが家の庭で咲いた薔薇です」と添え書きがしてあった。日常を丁寧生きておられることがその一枚のはがきからからも伝わってきたのだった。 「ふらんす堂通信」の短歌投稿欄「しののめ集」の選者をしておられる東直子氏の第1歌集がこの度文庫本(ちくま文庫)となって刊行された。 ご寄贈いただいたので少し紹介を。 裏カバ-に記された紹介コピーには、 人気歌人で、作家としても活躍している東直子のデビュー歌集。代表歌「廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て」ほか、シンプルな言葉ながら一筋縄ではいかない独特の世界観が広がる347首。小林恭二、穂村弘、高野公彦らによる単行本刊行時の栞文に、新たに花山周子による解説、川上弘美との対談も収録。 とある。 できたての名詞のようなあやうさで静かにこわれはじめる空よ 柿の木にちっちゃな柿がすずなりで父さんわたしは不機嫌でした ばくぜんとおまえが好きだ僕がまだ針葉樹林だったころから お別れの儀式は長いふぁふぁふぁふぁとうすずみいろのせんぷうきのはね その人はプラットホームの向こうで笑う 白いタオルのようなうそつき 歌集『春原さんのリコーダー』より。定価700円+税 ちくま文庫
by fragie777
| 2019-10-20 18:36
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