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9月11日(火) 二百十日 旧暦8月13日
こういうの穫って食べるのが美味しいのだろうか。 あるいは熟しすぎなのだろうか。 横目で見ながら通りすぎる。 先日のクーラー故障騒ぎで、ふらんす堂はフレックスタイムが成立しつつある。 というのは、クーラーが故障して扇風機のみで頑張っていたある日、夕方になってヨレヨレとなったスタッフが「早く出社して、早く帰りたい」と言いだしたのである。 yamaokaはそれを聞いて、 「いいんじゃない」と一言。 わたし以外は全員といっても約三名は、一時間ほど早く出社していたようである。 「お昼前の時間がたっぷりあると仕事がはかどるう!」とか言っていた。 夕方はみな早々と帰るわねえと、いつもと出社体勢が変わらないyamaokaには思えたが、遅くまでやることがいいわけじゃないのでそれもありね、と。 クーラーは直ったが、早く来ることのメリットに気づいたスタッフたちはフレックスタイムを自発的に導入(オーバーな)したのである。 能率よく心地よく仕事ができることが一番なので、いいんじゃないってわたしも思う。 というわけでわたしがブログを書き始めるときはすでにスタッフは帰ってしまったあと。 スタッフの文己さんとPさんはこれから府中で映画を観るんですって。 いいなあ。 仕事を終えて、夜を楽しむのも悪いことじゃない。 そういえば、わたしも出版社勤めの時に、仕事帰りによく映画を観た。 残業はぜったいしない、がモットーだったの。 家に帰ると夫なるものが子どもをおんぶして夕ご飯の食器を洗っていたこともある。 言っておきますが、わたしだってちゃんと家事をしましたから。(いちおう、かな) 家事を分担しながら、それぞれが自己実現を夢見て働いていた時代のことだ。 あたらしい結婚のかたちがないだろうか、なんてけっこうとんがっていた。 さて、今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、ひきつづき小島一慶句集『入口のやうに出口のややうに』から。 あつぱれは天下の言葉芋の秋 小島一慶 満開の桜の山を秀吉が扇を手にほめている。「あっぱれ」という言葉にはそんな長閑なイメージがある。常人が口にしても、なかなかさまにならない。まさに天下人にふさわしい言葉なのだろう。句集『入口のように出口のやうに』から。 今日の「四季」には、「サトイモの葉」とキャプションがあって芋の葉の写真がある。 で、 わたしも最近撮った芋の葉を。 まるまるとした芋の露。 すべては丸いものへと収束していくのだろうか。。。。。 (わずかでもとんがっていたい。。。あはっ。)←心の声。
by fragie777
| 2019-09-11 18:48
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