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7月13日(土) 旧暦6月11日
今日の午前中、住宅街をあるいていたらこんなにも熟した木苺が。。。。 思わず食べようと手をのばしたのだが、人様のお家の木苺であったことに気づく。 食べないのかなあ、 うまそうだなあ、 となごりおしそうに振り返りながら歩いていくと、老婦人に呼び止められた。 そして、わたしのカーディガンをそっとつまんで、 「いい色ねえ」と。 「まあ、ありがとうございます!派手でしょう」と言うと、 「ううん、そんなことない、いい色よ!」って。 わたしはにっこりと最上級の笑いをそのかたに差し上げたのだった。 さて、そのいい色というのは、「蛍光色といっていいほどのオレンジ色」である。 梅雨のさなかに著ると、テンションがあがるし景気づけにもなるし、なにより気に入っている。 でもむちゃくちゃ派手よ。。。。 (顔が地味だからいいやって思ってるけど) もっかふらんす堂のホームページで「俳句日記」の連載をお願いしている櫂未知子さんが、「婦人公論」をまとめておくってくださった。 櫂未知子さんは、「婦人公論」で俳句の選者をされている。 そこに句集評を短くされているのだが、ふらんす堂刊行の句集もずいぶん取り上げてくださっていることを知った。 恥ずかしながら全然知らなかった。 ということは著者の方も知らないと思う。 このブログで紹介して、本は著者の方に送ってさしあげよう。 「婦人公論」2015年9月22日号より 「ひとり」「ふたり」「みごもり」。これ、句集の章の名前なのです。江渡華子第二句集『笑ふ』(ふらんす堂)は、独身時代から結婚・妊娠・出産までの作品を収めています。 「ほら、雪」と呼んでもしづかなる胎児 子に名前つけてよ春を呼ぶやうに 紫陽花や笑つてほしいから笑ふ 一人と一人が夫婦になり、やがて子が生まれ、家族として成長してゆく。そんな、以前は当り前のように思われていたことが、近年の日本では貴重になってしまいました。子の成長を見守り、時に悩まされながらも、著者はその作品の世界をゆっくりと深めてゆけることでしょう。 2016年3月22日号より 俳人には、職業が濃く反映された作品を詠む人と、本業とはあまり関係のないように見える句をつくる人がいます。CMのコピーライター、プロデューサーとして活躍する益岡茱萸の第一句集『汽水』(ふらんす堂)を読みますと、著者は後者のように思われました。 霧の中大人の位置を忘れけり 白魚の汽水を乞うて囚はるる 阿と吽の間を抜けし春埃 言葉に頼りすぎず、自分と自然(季題)との関係を問い直しているような一冊でした。 2017年の7月25号より 私は俳句作品にカタカナ言葉を入れることを好みません。当然、選をする際にも、よほどのことがない限り、頂かないのがふつうです。しかし、折勝家鴨の第1句集『ログインパスワード』(ふらんす堂)は、署名から受けるイメージを内容が異なっていました。 露の世や畑のなかのラブホテル 折勝家鴨 梅白し死者のログインパスワード 一句目の「ラブホテル」。地方では若い夫婦が縁者に気兼ねして利用するものだと聞いたことがあります。二句目は、署名のもとになった作品。ある人が世を去ることで失われた鍵のようなものが込められいます。一見軽そうでいて、じつはとても奥行きのある句集だといえましょうか。 2018年10月23日号より 俳句は花や鳥の美しさを詠むだけではなく、ふだんの暮らしの中で出合うあれこれも素材になります。永訣もその一つです。 死にがほとなりゆく寝がほ新樹光 患者IDタグも遺品や青葉寒 遺品なる手帳に未来あをあらし 池田瑠那の第一句集『金輪際』(ふらんす堂)より。たまたま二句目、三句目が同じ「遺品」をテーマにしています。この句集の後半の一連は、ほとんど新婚といってもよい時期に、輪禍によっていきなりもたらされた夫の死を詠んだものでした。これは過酷です。しかし、俳人は俳句によって世界とつながるしかない。そう決意した著者の勇気と、俳句と向き合う姿勢に大いに感銘を受けました。 2019年3月26日号より 一見、俳句のようだけれど実は違うという詩型があります。樋口由紀子の第三句集『めるくまーる』(ふらんす堂)から、作品を引いてみましょう。 老人は転んでしまう月の山 正しくは池に近づく蛇の音 夏空は躊躇の意味を数えない 青痣をよくよく見れば九月なり ここに引いた句には、それぞれ「月」「蛇」「夏空」「九月」という、季語に似たもの(もしくは季語)が入っています。しかし、著者はそういう意識をあまり持っていないかもしれません。『めるくまーる』は川柳の句集です。俳句と同じ十七音ながら。かなり深い意味を持たせた一句一句に驚かれる読者が多いことでしょう。 2019年1月22日号より 「生者死者、水も石も人のほとりに棲む生きものも、思わぬ近さに感じながらの一集となった」とあとがきに書いている句集があります。飯田晴句集『ゆめの変り目』です。 水といふ水ひつぱつて氷りけり 秋風の野を脱ぎ捨てるやう逝けり 冬蝶のどこにもふれぬ眩しさよ 二句目は、夫君の急逝に際して詠まれたもの。嘆くのが俳句ではなく、まず事実を受け止めることから文芸は始まるということを教えてくれた一句でした。思いを必死に述べるのではなく、現実を見る。そして、ふさわしい季語を選ぶ。さらに、一句にまとめる。ときに非情とも受け取られがちな俳句ならではの、みごとな一冊でした。 送っていただいた「婦人公論」。 「俳人は俳句によって世界とつながるしかない。」 という櫂未知子さんの評のことばがこころにぐわーぐわーんと響いている。 余談であるが、むかしといってもいつ頃だったろう、昭和の時代であるが、この「婦人公論」がA5判の月刊誌であった時、金子國義の絵が表紙を飾っていた何年間かがあった。 その絵がインパクトがあって、忘れられない。 絵の力が脳天を一撃したような感じ。 わたしはその時にはじめて画家・金子國義を知ったのだった。 ちょっと調べてみたら1970年代である。 金子國義の作品のなかでも金子國義を金子國義たらしめた、もっとも良い作品が描かれた時代だったのではないか。 いまだったらもうそれだけで雑誌を買っているかもしれない。。。 四ッ谷龍さんから、四ッ谷さんの個人誌「むしめがね」№22を送っていただいた。 「特集1」が『田中裕明の思い出』である。 明日のこのブログであらためて紹介したいと思う。 今日は、カットの予約をいれてあるので、これからばっさりと髪を切ってくる。 ばっさり切って、いい女になって戻ってくるからさ。 じゃ。
by fragie777
| 2019-07-13 16:45
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