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7月11日(木) 旧暦6月9日
梅雨ただ中の矢川緑地。その4 この辺はよく蛇がいる。 今は「ふらんす堂通信161号」編集期間である。 すでにコラム、編集後記、編集室より、を書いてわたしさきほどまでゲラの校正をしていた。 まだ途中であるので、明日その続きをやる予定。 今日は仕事場に来てより一度も外へ出ていない。 ずっとバランスボールに乗っかって、いやお昼をたべるときは椅子の上で、食べ終わったらグウスカ寝て、そしてふたたびバランスボールを呼び寄せてどっかと大きなお尻をおいて仕事にいそしんだのである。 最近ではバランスボールに乗りながら、ひょいっと脚を組んじゃうこともあるのだが、それは身体によくないらしい。 猫背も駄目ですってさ。(整体の先生が言っていた) 背筋をのばして姿勢よく乗れば、体幹を鍛えるのに効果があるということである。 新刊紹介をしたい。 四六判仮フランス装カバー装 182頁 俳人・ふけとしこさんの第5句集である。前句集『インコに肩を』から10年ぶりと「あとがき」にある。前句集のタイトルには「インコ」がいて今度は「羊」、それもただの「羊」ではなく「眠たい羊」である。ふけとしこさんは、野山を散策することがお好きで民間植物博士とわたしが密かによぶほどに草花に精通している。「ふけさん、この花の名はなあに?」と伺えば「それはね」と言いながら、愛しそうにその草花を手にとって「〇〇〇よ」って草花に語りかけるように教えてくれる。身の回りにささやかに咲いている小さなものが愛おしくって愛おしくってならない、そんな方だが、今回句集を拝読して、その愛おしい気持ちは草花だけでなく、小動物たち、もちろん(虫や魚もふくめて)にも及ぶということがよく分かった。人間関係の些事に心を砕く時間があったら草花や生き物たちの命に触れていたいそんな人なんだろうと思う。 春寒やぎつしぎつしとゆく翼 山羊が脛汚して戻る春の草 驢馬の名にレンゲとナズナ春の夕 野鼠の子がきゆきゆと鳴く竹が散る 水に咲き水に散る花青大将 ががんぼに三面鏡を貸したまま 子別れの鴉に水の広ごりぬ 秋燕や大きくものを焚きし跡 鹿若し風踏んで四肢浮かせたる 水光る腹を細めてくる蛭に やっぱり動物好きだって思った。というのはこれはほんの一部だけれどいろんな生き物が登場する。蟻やむささびや雀蛾や、それはもういろいろ。 春寒やぎつしぎつしとゆく翼 なんの鳥であるかはわからないが、春寒の空気をきしませながら、「ぎつしぎつしとゆく翼」であるから、きっと小さな鳥ではない。白鷺かもしくは青鷺かそのあたりか。「翼重たく」などと言わないところがいい。「ぎつしぎつし」なんて、なんとも命のかたまりが空を飛んでいくような迫力がある。ほかの人には聞こえなかったのだが、ふけさんの耳だけには「ぎつしぎつし」の音が届いたんだ。わたしはそう思う。春寒という季語によって命の躍動感までみえてくる。 黒蟻の死よ首折つて腰折つて 蟻が死んでいる。その様をさらに見入っている作者がいる。首を折っているだけでなく、腰も折っている。それを描写して一句にした。死んだ蟻はすべてこのような死に様であるわけではなく、いろいろな死のかたちがあるだろうと思うが、わたしはこの句に会って、蟻の死に様のひとつの形を認識した。そうか、そんな風に死んでいる蟻もいるのだ。やがて首がちぎれ、腰も切り離されて、すべてが土に化していくだろう、あるいは風に飛ばされていくか。 ふけとしこさんは、生き物にかなり近い距離にいて愛しむ気持ちの強い方だが、俳人の目となったときは時としてギアチェンジをし、心をやや冷ややかにし、見る聞く嗅ぐ触るなどの五体を総動員して詠む対象にアクセスする。残酷になり得るということも人間の特権であるので、こんな句も作ってしまう。 蟻地獄暴いてよりを気の合うて わたし好きだなこの句。蟻地獄には気の毒だけどこういう残酷さってちょっと小気味良い。こんな時ふけさんの前でいい人ぶったりしたら、チラッと見られて、フンって鼻で笑われそう、だけどふけとしこさんは、意地悪な方ではけっしてないので、仲間はずれにはしない、とわたしは勝手に思っている。しかし、関西人は奥が深いからね。。。。 春の水とはこどもの手待つてゐる この一句もいいな。俳人の小島健さんの「指を入れ手をいれにけり春の水」という句を思い出したのだが、この句も好き、小島さんの句は春の水へと大人が働きかける手であるの対して、ふけさんの一句は、「こどもの手」を待っている春の水だ。もう十分にゆるんで優しくなった春の水、いいなあ、ふっくらとしたこどもの手がみえてくる。「春の水」をこんな風に待つ側に立って詠んだ人はまだいない。 桃咲いて柩の中といふところ 自画像の頬に青足す桜どき 襖外すおそらく父の指紋だらけ 枕辺に父の来てゐる青葉木菟 箱庭の二人心中でもしさう 刑死とや蜻蛉ひとつが沼を飛び 桃の雫泉下覗いてきたやうに コワイなと思った句をあえて抜いてみた。どう、こわくない? 桃の花があかあかと明るく咲いているのにどうして柩の中を思うわけ?これはたぶん柩の中に自分が横たわっている感触のようなものを思っているんだと思う。自画像の頬にいろをたすのになんで青? 日常のさまざまな局面に死が潜んでいる、あるいはそんな気配がある。桃の雫だって、これでは桃も腐臭がするようでおいしくないのでは、、、ふけさんの内面はあんがい長閑ではないのかもしれない。非日常がときとして日常をおびやかす。そんなひやっとした感触。 「歳時記」とは有難いもの。実際の季節や生活とはずれてきていることも多いが、それはそれ。時空を自在に遊ばせてもらえるとても楽しいもの。読み物としても、である。 年を重ねてきても知らぬことばかりだが、それでも……ぼんやりとした輪郭が実体をもって現れることが偶にはある。これが嬉しい。 今は街中で暮らす身だが、私が親しく思うのはやっぱり山野。郊外吟行や句座を共にして下さる方々、草木探訪に付き合って下さる方達があって、私の俳句生活も何とか続けることができている。皆さんには感謝しかない。 「あとがき」の言葉である。「ぼんやりとした輪郭が実体をもって現れることが偶にはある。」とあって、そうだよ、ご自身でも気づかない心の闇が俳句をとおして見えるということだよねって思ったら、「嬉しい」とあるので、あらら私違っていたおもったところ、するとわたしはこのブログでふけさんの暗黒部分(?)をあぶり出してしまったのか。大きなお世話でした。ふけさんごめんなさい。 それはともかく、好きな句がまだまだあるのでその一部を紹介したい。 しやつくりの止まらぬ嬰に燕くる 膝の日を払ふついでに春愁も 花の夜の骨煎餅をほきと折り 巣作りの途中鴉が落とすもの 消印の地をまだ知らず青葉騒 紙石鹸紙白粉も夏の果 小鳥来る手を合はすとき指組むとき 昆虫館学芸員へ稲光 先頭が芙蓉の角でゐなくなる 銀杏散るノート買ふにも橋越えて 雪だるまだつたかもこの塊は 一坪がほどの商ひ日脚伸ぶ 春を待つ燐寸より落つ火の玉も 本句集の装丁は和兎さん。 タイトルは青メタル箔。 カバーと表紙のとの間に青い部分が細くあるが、これが当初の装丁にはなかったもの。 色校正が出来上がった時点で、和兎さんが考えついた。 「眠たい羊」の夢の部分だ。 上のカバーを外すともう一枚ブルーの夢の用紙が現れる。 2,3ミリの幅であるが効果的である。 表紙、 見返しもまた夢の用紙を。 そして扉。 ふけとしこさんは、装丁に関しては「お任せ」と言ってくださったので、こんな風に自由に遊ばせてもらった。 もうひとつ、これはわたしが本文を校了にするときに思い立ったのだが、この装丁に響きあわせて、 本文の刷り色をセピア色にした。 かなり黒に近いセピアであるので、気づかない人は多いと思う、 通常の句集と比べてもらうとやはり違う。(比べてみて) 本文の刷り色をスミ以外のものにするのは案外むずかしい。 しかし、装丁によく合っていると出来上がりが楽しい。。 雪の日を眠たい羊眠い山羊 句集名となった一句である。 ラフイメージのときに、いろんな羊がいたのだけれど、 ふけさんはこの羊を選ばれたのだった。 (可愛らしい羊を選ばなかったこともふけとしこさんらしいって、いま改めて思う) 冬深し生きる限りを皿汚し この句にはぐっときた。 そうだよな、人間が生きるって言うことはそんなきれいごとじゃないよって、さらりと言って心憎いまでだ。わたしはどこかまだまだ甘ちょろいところがあるけど、かっこいいリアリストである、ふけさんは。「皿汚し」は、人間のあらゆる欲望から排泄行為までをふくめた謂いであり、「冬深し」がそういう人間の有様を引き受けている。いや、救っていると言ったら言い過ぎだろうか。。 昨日、おひとりお客さまがみえられた。 春原(すのはら)順子さん。 第1句集を上梓されるご予定があって、ご来社くださった。 春原さんは、俳誌「未来図」で30年ほど学んでこられたが、いまは未来図をおやめになって、何人かの俳句仲間と俳句を作られているという。 俳人協会へも30年おつとめになり、やはり少し前におやめになられたという。 俳人協会では、図書館の係をされていて、とても楽しくお仕事をされてきたご様子である。 「俳人協会で送っていただくたくさんの句集をみながら、わたしは自分の句集をつくろうっていう気持ちは少しもなかったのです。」と春原さん。 「でも、今年初めにちょっと病気をしまして、ああ、わたし、もし死んだらわたしの俳句全部捨てられちゃうっておもったんです。主人も子どもも俳句をしないもんですから、だからやはり一冊にしておこうと思いました」 そしてどんな句集になさりたいか、資料本などをご覧になりながらいろいろと検討されたのだった。 「ああ、これがいいわ」って小さな句集を手にされて、四六判よりややこぶりの句集にされることにお決めになられたのだった。 春原順子さん。 「春原(すのはら)っていう名字は、珍しいですね。初めてです」と申しあげると、 「ええ、よく言われます。主人の名字なんですけれど、主人の郷里の長野にはあるんですよ」と春原さん。 「でもわたしは東京生まれの江戸っ子よ」とシャキッと仰有ったとき、「おお、やはり」っておもったのだった。
by fragie777
| 2019-07-11 20:40
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