ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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詩人のごとき犬の背

5月30日(木)  旧暦4月26日


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東尋坊には夏薊が咲きあふれていた。


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海桐(とべら)の花も行くさきざきに咲いていた。


詩人のごとき犬の背_f0071480_18160690.jpg
毛虫もいた。
嫌いな人は、「ぎゃっ!」でしょ。


俳人の人は、東尋坊や永平寺はよく行かれるらしく、わたしのこのブログを見て、行ったことありますっていう人が多い。
わたしはたぶん始めて福井県に足を踏み入れたと思う。
富山県はまだ行ったことがない。
富山県というと、銘酒「立山」があり、日本酒をあまり飲まないわたしでもこのお酒は好きである。
富山県なら立山しか思いだせず、福井県に至っては、今度の旅の経験をしなかったら、わたしの中では空白のままであった。
あきれるでしょ。
まことにおそまつなyamaokaの教養であり、うすっぺらな人間性であることよ。
まっ、今にはじまったことじゃないどね。。。

実際にその土地に行かなくても、さまざまな知識や情報と想像力によって、その土地に精通している人間がいる。そういうのはあまりにもカッコよくてぐっと来るけど、わたしのような凡庸な人間は、旅をすることはいいのかもしれない。
たとえば、福井県という言葉がでてくると、東尋坊や永平寺や三国の町並みが思い出されて、5ミリくらいは福井県に近づいたような気がする。
しかし、である。
最近は、記憶することより、忘却の方がはなはだしくなって、わたしの記憶の装置もなんだかあやしいのである。
(もともとちょっとイカレテルなんて、言わないでよ)
しかし、めげずに知らない土地へ、未知なる世界へ、足を踏み入れたいと思っているyamaokaである。






今日も新刊紹介をしたい。

高橋多見歩句集『蹲る鳩』(うずくまるはと)。


詩人のごとき犬の背_f0071480_18164964.jpg

四六判ソフトカバー装  190頁

著者の高橋多見歩(たかはし・たみほ)さんは、1947年東京生まれ、現在は神奈川県相模原市在住、2002年職場句会に入会、2005年「天為」入会、2011年「天為」同人。俳人協会会員であり、日本野鳥の会、日本ウォーキング協会に所属しておられる。本句集は、2005年から2017年までの318句を収録した第1句集である。有馬朗人主宰が、序文を寄せている。

有馬主宰の序文の最初を紹介したい。

『蹲る鳩』は高橋多見歩さんの第一句集である。多見歩さんは二〇〇二年(平成一四)より職場句会で俳句を始め、二〇〇五年二月に「天為」へ入会、二〇一一年には早くも同人になった。日本ウオーキング協会に属し、健歩を楽しんでいる。ということからも号を多見歩とした理由が判る。この句集には二〇〇五年より、二〇一七年迄の三一八句が収められている。章立ても作句年代別でなくテーマ別にしたところが意欲的である。写真用材料の研究開発や知的財産業務という極めて知的な仕事に励んでこられたことからも推測できるように、知性的で判断力に優れた人である。また日本野鳥の会の会員でもあることから判るように、大いに鳥や獣などの自然観察に興味を持っている人物である。この句集名を「蹲る鳩」にしたこともさもありなんと思える。

この数行で人となりが彷彿としてくる。テーマ別と記されているが、そのテーマの立て方もユニークである。紹介すると、

第1章 鳥鳥の詩/第2章 精霊との交感/第3章 先人の知恵/第4章 過客となりて/第5章 深川下町江戸の街/第6章 日々の詩

となっている。なにゆえこのようにテーマ別にしたかということは、「あとがき」に記されている。

章立ては編年体ではなく、読んで頂き易く又より印象深いものとする為、テーマ別としました。

「読んで頂き易く」とあるのだが、これはなかなかの教養が下敷きになって出来上がった句も少なからずあり、読者の知識のほどを試されてしまうのである。そういう意味では、「より印象深いものとする為」という目的は果たされているかもしれない。いったいこのテーマはどんな意味を持っているのだろうと思いながら、読み進んでいくとおのずとそのテーマ性が見えてくるのである。あるいは、未知の言葉に出会ったら即座に調べる。するとその背後にあるものが浮き上がってきて、俳句の味わいを深めるのである。それもまた著者の意図したところか。ふたたび序文へ。

 当番の子を待つ牛や麦の秋  (第一章)
 一隅を得たる百足や涅槃絵図  (第二章)
 山国の速き囃子や星冴ゆる  (第四章)
 白々と大根干す軒遠囃子  ( 〃 )

などの句から写生力がよく働いていることが判るであろう。特に涅槃図に百足を発見したところが鋭い。
この観察力、写生力に加えて多見歩さんは構成力というか佳い意味での技巧力がある。 

たくさんの句を紹介しながら著者の特質に触れている序文であるが、ここではその一部のみ紹介した。

本句集の担当は文己さん。
文己さん、「第3章などはいろいろと調べながら読みました」ということ。その文己さんの好きな句は、

 落ち葉踏む馬の尻尾の機嫌かな
 鶺鴒の小走りに行く二月かな
 穴いくつ掘りたる犬の昼寝かな
 白き手を返して亡者呼ぶ踊
 二日目に美男となれる雪達磨
 良寛の手鞠を濡らす余花の雨
 蝉時雨ダリの時計は午後の二時
 明暗は未完のままに深む秋
 クリムトの金極まれる十二月
 風薫るカプリのカフェのカプチーノ
 船窓をことごとく開け年惜しむ
 鉢毎の春確かめて木場を去る
 逝く夏やペットボトルに透ける海
 耳鳴りの染み出る壁や夜の秋
 レモンジャム風は秋ねと妻の言ふ
 鰯雲詩人の如き犬の背
 霜の朝雨戸を繰れば犬の寄る

 良寛の手鞠を濡らす余花の雨

これは第3章の「先人の知恵」に収録されている一句である。先人とはもとより良寛である。「手鞠」と「余花の雨」が良寛によく響き合って、やさしい表情の一句だ。無理がない一句でわたしも好きな句である。

 逝く夏やペットボトルに透ける海

第6章の「日々の詩」に収録。わたしも印をつけた句。構図が良いと思った。有馬主宰言うところの「構成力」を思わせる一句だ。遠近法を取り入れて、夏がいくことをペットボトルという卑近なものと遠大な海に語らせている。言葉の配置と季語を語る道具立てがうまいなあと思った。

 レモンジャム風は秋ねと妻の言ふ

これはわたしは素通りしてしまったのだけど、面白い一句だと思う。やはり道具立てのうまさか。レモンジャムがすばらしく効果的だ。そんなに若くない夫婦の朝のひとこまだろう。トーストにレモンジャムをぬっていたとき、新涼の風がすーっと夫婦の間を通りぬける。そんな時に妻の発した一言を一句にしたのである。イチゴジャムでもリンゴジャムでもなく、やはりレモンジャムである。

 路地裏の金魚に話し掛けてをり

これはわたしの好きな一句である。本句集は「鳥鳥の詩」という項目が第1章にあるが、そこにはたくさんの鳥たちを中心に生き物が登場する。この一句は、第4章「深川下町江戸の街」に収録されているものだが、やはり生き物の金魚が詠まれている。下町の江戸の名残がかすかに残るような路地裏に飼われている金魚である。その金魚に話しかけているというのが、面白い。ざっくばらんな下町だからこそ金魚に話しかけたって怪しむ人もいないだろう。金魚もまた下町育ち、人間の親しさは十分承知しているところだ。そんな人間と金魚の距離感が面白い。それはまた、句集名となった「蹲る鳩」と著者との距離感に響きあうものだろうと思った。



本句集は鳥獣をテーマの一つとして取り上げております。鳥獣(自然)を観察する場合、出来る限り対象に近づき又存在を消して行うのが普通ですが、句集を纏める過程で左記の句が心に留まりました。

 うずくまる鳩に隣りて日向ぼこ

この句の「蹲る鳩の隣」と言う距離感及び立ち方が、動物の観察や俳句を作る上で重要と思い、今後その様な気持ちで自然を観察し俳句に取り組みたいとの気持ちを句集名に込めました。
(略)
句集を編む過程において自分自身の俳句を第三者の観点で振り返る事ができ、又「蹲る鳩の隣」の様な自然を見る距離感も認識することができました。これを糧に次のステップに進みたいと考えております。


「あとがき」を抜粋して紹介した。

ほかに、

 初蝶やペンより生るるアラブ文字
 ロボットの長き睫毛や西鶴忌
 出る杭を諭す兼好衣被
 万緑や小さき耳門の極楽寺
 去り状の書き出し太し蟬時雨
 乗合のバスを待たせて神の留守
 二の丸に残る武蔵野地虫出づ
 打ち水の店に出入りの雀かな
 コロッケの温き匂ひや波郷の忌
 足早な女礼者や木挽町
 書類にて太る鞄や秋暑し



本句集の装丁は和兎さん。

著者の高橋多見歩さんは、「鳩」にこだわられた。


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タイトルは艶なし金箔。


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表紙にもうっすらと蹲る鳩がいる。

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扉。


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 暖かく雪降る夜半や蕪村の忌


句集の最後におかれた一句である。

この蕪村忌の句は、蕪村の名画(夜色楼台図)を思い浮べつつ作ったに違いない。
高橋多見歩さんがこの『蹲る鳩』の出版を契機に、更に飛躍し、佳句を生み続けられることを祈っている。

有馬朗人主宰の序文より。



 鰯雲詩人の如き犬の背

この句も好きな一句である。文己さんもあげていた一句である。ここにも動物が登場する。小動物をこよなく愛する高橋多見歩さんだ。しかし、いったいどんな背中をしていたのだろうか。この犬は。。詩人のごときって、すごいイメージの飛躍である。でもなんだかわかるのだ。これはまるまると肥えている犬ではないな、洋犬というよりもどちらかというと日本犬か、いや雑種かもしれない。背は、ややごつごつとしていて陰影があり、何かを語っているのである。さびしさか、、「鰯雲」の季題によって、やけに思索的な犬の背中が見えてきたのかもしれない。わたしは、この句に登場する詩人は、やせた知的なわかくない男性詩人を思いうかべたのだけど、どうだろう。。

いったいどんな背中をしていたのだろう。
会ってみたかった。。。。






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by fragie777 | 2019-05-30 20:03 | Comments(0)


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