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5月2日(木) 八十八夜 旧暦3月28日
夕方近くあるいて仕事場へ。 途中の畑に咲いていたおおでまりの花。 午前中は雨が降っていたが午後から晴れてきた。 さてと、 昨日のつづきのサントリー美術館の「information or inspiration 左脳と右脳でたのしむ日本の美」について紹介しようと思う。 部屋は入り口がふたつあって白い部屋(information)と黒い部屋(inspiration) に分かれる。 わたしたちはまず何の情報もうけずに作品を見ようということにした。 部屋はほぼ真っ暗。 そして、 小さな窓からのぞくようにして作品をみるのだ。 たとえば、これ。 そして、こちらが白い部屋からのもの。 これは、白い部屋の情報によると、「朱漆塗瓶子」とあり、室町時代(15世紀)のものである。説明には「根来塗(ねごろぬり)」とあり、黒漆に朱漆を重ねて塗るもので、中世に和歌山県の根来寺で始められたといわれている、とある。 黒い部屋から。 その色の鮮やかさにドキッとする。 「色絵鶏形香炉」とあり、江戸時代中期、17世紀から18世紀にかけてもので、「肥前・有田/柿右衛門様式」とある。 高さは30センチ近いもので、主に「ヨーロッパへの輸出用に作られたもの」。 そして、白い部屋からは、 こんな感じ。 この展示の面白さは作品によっては反対側の部屋が見えるようになっていること、したがって向こうからのぞき込んでいる人間もみえる。 こんどは白い部屋から 「藍色徳利」 江戸後期、18世紀から19世紀前半のもの。江戸時代に人々が「びいどろ」と呼んだ吹きガラスによる酒瓶。 黒い部屋の展示。 色を感じさせず、ただただ並べてある。 白部屋から 「赤楽茶碗 銘 熟柿」 作者は、本阿弥光悦、江戸時代前期 17世紀後半。解説によると、光悦は専門的な陶工ではないため、楽焼の伝統にこどわることなく自由な発想をもって制作に臨んだのであり、本作もそうして光悦の創意あふれる茶碗の一つに位置づけられている。と。 黒い部屋から 写真がぶれてしまったのだけど、これは茶碗を伏せたところを見せている。 黒い部屋より。 これは一枚の色紙をこんな風に透明なガラス4枚にわけてみせたもの。 真正面からみると一枚の色紙になるという寸法。 書は本阿弥光悦、下絵は俵屋宗達。 金泥のみで蔦の下絵を描き、その上に「新古今集」巻四・秋歌上に所収の前大僧正慈円の和歌を散らし書きした色紙。とある。 そして、会場の階段を下りていくと不思議な光景に出くわした。 みな傘をさして一定方向に歩いている。 なんだろう? 傘の影がなにかを映しだしている。 傘をさしながら足元をみると映像が流れていく。その映像はどうやら、空であったり雲であったり鳥が飛びさったりしていく。 時間ごとに異なる空の表情が現れるのだ。 空が上にではなく、足元に現れていく。 これは、雨。 木が映し出されている。 そしてまた都会にビルディングだったりもした。 こんな遊びの空間も用意されているのが心憎い。 黒い部屋より。 いったいこれはなんだ。 長い帯状のものがある。 中心にあるものは、掛け軸のなかの書画である。 白い部屋へ行くと 掛け軸である。(ちょっとピンボケ) 「蓮下絵百人一首和歌巻断簡」とあり、作者は本阿弥光悦、下絵は俵屋宗達。 小倉百人一首を本阿弥光悦が散らし書きした作品である。 西行と寂蓮の歌が書かれている。 嘆けとて月やはものをおもはするかこちかほなる我涙哉 西行法師 村雨の露もまだひぬ槙の葉に霧たち上(る)秋の夕暮 寂蓮法師 本来は全長25メートルに及ぶ長巻で、小さな蓮の葉から蕾を経て花が咲き、やがて枯れていくという、蓮の一生っを描いた作品だった。近代になって諸家に分断されて所蔵されていたが、関東大震災によって前半の25首と後半の31首が失われたという。 黒い部屋はその25メートルにわたるものの一部を再現してみせたものか。 黒い部屋からのぞいたもの。 白い部屋から見ると 「薩摩切子 紅色被三段重」。明治初期のものである。 解説には、「薩摩記切子のDNAを引き継ぐも、被せガラスの厚みや素地ガラスの磨き、丸文の合わせ等各所にムラやばらつきが見られ、時代の転換に翻弄されて薩摩切子の終焉が感じられる。」とある。 そして、この作品をふたたび、黒の部屋から 今度はこんな風に。 昨日紹介したおなじく薩摩切子「藍色被船形鉢」 もう一度紹介したい。 最初の黒い部屋から そして白い部屋から そしてふたたび、黒い部屋から。 一つの作品がいろいろな見せ方をする面白である。 つまりは、この展示は「見せ方としてのアート」なのではないか。とわたしは思ったのだった。 すごく楽しい時間だった。 この展示をプロデュースしたのは、「デザインオフィスnendo」代表の佐藤オオキさん。 鑑賞者が美術作品を前にしたときに、その作品の背景にある制作過程や、作者の意図や想いなどを知ることで生まれる感動と、ただただ理由もなく心が揺さぶられる感動という、2種類の感動があると仮定、前者を「information(左脳的感動)」、後者を「inspiration(右脳的感動)」と位置づけ、同一の作品に対して2つの異なる鑑賞の仕方を提案することを考えた。 「information」が作品を解説する文字情報が豊富なのに対し、「inspiration」は作品の一部のみをフィーチャーした「偏った」見せ方をすることで、日本美術に馴染みの薄い鑑賞者でも直感的にその魅力を感じ取ってもらえることを目指した。 購入した本展示の図録の巻末にある佐藤オオキさんの言葉の一部である。 この図録がまた面白い。 黒のページと白のページに分かれいてそれらを同時に開くことができる。 すべてが刺激にみちた試みである。 時間のある方、六本木まで足を延ばしてみませんこと。 おすすめです。 展示を見終わったあとに、サントリー美術館が入っている東京ミッドタウンのなかのいろんなお店を冷かしながら眺めるのも楽しいひと時となると思う。 あるお店にはいって、友人はくしゃくしゃにしてもよい帽子を、わたしは久米島絣の日傘を買ってしまった。 どちらも日本の伝統的な職人さんの仕事である。 展示を見なかったらあるいは手にすることもなかったかもしれない。。 乃木坂のイタリア料理といい、ちょっと散財してしまったので、 あとの連休はすこし自粛して過ごすつもり。 そして、 これは、展示作品のなかでわたしが一番気に入ったもの。 「色絵鶴香合」 作者は野々村仁清、江戸時代前期のもの。高さは10センチに足りないもので、香を入れる容器である。 欲しい。。。。
by fragie777
| 2019-05-02 19:31
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