ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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縄文への指向。

4月19日(金)  旧暦3月15日



縄文への指向。_f0071480_17402567.jpg

わが家の「あおだもの花」が咲いていた。

今朝気づいた。

夏を感じさせるような涼やかな花である。


縄文への指向。_f0071480_17403270.jpg


ここにはかつて夏椿を植えたのであるが、何度植えても枯れてしまった。

あおだもの木は枯れずに毎年こうして花を咲かせてくれる。







今日の坪内稔典さんによる「e船団 今日の一句』は、昨日と同じ『現代俳句文庫 池田澄子句集』より。

 育たなくなれば大人ぞ春のくれ    池田澄子

間もなく誕生日が来て私は後期高齢者になるのだが、育たなくなったと感じるもの(身体的なものに多い)と、まだ育っているかも(感性的なものにわずか)と思うものとがある。後者は錯覚とか独善かもしれないが、今までになかった何か、だ。



今日はちょっとさびしい一句である。大人になんかなりたくないって思っても、仕方がない。わたしは、こころの中に少女を飼っているのだけど、そしてその少女がときどきぬっと顔を出すことがあるんだけれど、多分わたし以外の人間には見えないと思う。外側からみれば年季の入った苔むした女である。
池田さんのこの句は、ややシニカルな意味がこめられているのだろうか。。








新刊紹介をしたい。

川口正博句集『たぶの木』(たぶのき)


縄文への指向。_f0071480_17404928.jpg
四六判ソフトカバー装グラシン巻き 182頁 3句組


著者の川口正博(かわぐち・まさひろ)さんは、昭和24年(1949)宮崎県宮崎市生まれ、宮崎市在住。平成12年(2000)に俳句を始め、平成15年(2003)「椎の実」に入会、平成21年(2009)「澤」(小澤實主宰)に入会。平成25年(2013)「椎の実作家賞」受賞、平成28年(2016)「椎の実季羊賞」受賞。現在「椎の実」、「澤」同人。俳人協会会員。本句集は平成15年(2003)から平成26年(2014)まで12年間の作品を収録した第1句集である。帯と序を小澤實主宰が寄せている。

 遁走の蜥蜴に重き尻尾あり

詠むべき対象である蜥蜴と作者が重なって、ひとつになる。そこに強い魅力が生まれている。正博俳句は縄文をよく指向している。それがたしかな手応えと新しみを生み出しているのだ。

小澤主宰の帯のことばである。
序文には、

蜥蜴の句をはじめ、小動物の句が本集の大きな魅力となっている。

 刈田なり烏ととんとおりにけり
 のんのんと蛭は泳ぎぬ雨の午後
 毛虫焼く焔ぽぽぽと青ませて

これらのオノマトペ、擬態語のなんと巧みであることか。それぞれ「ととんと」「のんのんと」「ぽぽぽと」がどうしようもなく動かしがたい。魅力的な表現になっている。烏も蛭も毛虫までもが、正博さんと重なるのだが、オノマトペが動物との通路になっている。縄文学者小林達雄氏に、日本語におけるオノマトペの多さは縄文時代が現代に生きている証であると教えられた。これら小動物の句には、その意味で縄文の匂いを感じるのだ。
 
 蝮打ち殺して午後を何もせず
 大概の男は阿房冷酒酌む
 猪鍋に藷焼酎の日暮あり
 昼酒はぬすむにしかず初時雨
 ふるさとの屠蘇は焼酎しかも藷
 酒好きの風邪拗らせてしまひけり

本集『たぶの木』を正博さんとともに編んで、さらにこの序を書いて来て、正博さんの縄文への指向の強さに気付いた。正博さんは、ぼくの中に共通するものを嗅ぎとって、はるか宮崎から澤に参加してくださったのだ。ともに酒を飲んでいて心地よいのは、その共通する指向のせいなのだと納得することができた。


序文の一部を紹介したが、小澤實主宰は、本句集の作品に「縄文の匂い」を嗅ぎ取っている。
句集名「たぶの木」は、著者の故郷を代表する木であるという。本句集にはたくさんのたぶの木が登場する。二句のみを紹介する。

 蟻穴を出てたぶの木を登りけり
 たぶの木に露の箒の掛けてあり

そして著者が心を寄せる木でもあるという。
「たぶの木」と言ってもすぐにそのイメージを持つことができないので、ウィキペディアを見てみた。

日本では東北地方から九州・沖縄の森林に分布し、とくに海岸近くに多い。照葉樹林の代表的樹種のひとつで、各地の神社の「鎮守の森」によく大木として育っている。

とあり、大木で神社などに見られるらしい。花は地味なんだそうだ。著者の川口正博さんにとってはどの木より親しみのある木なのである。
本句集の担当は、Pさん。

 狐跳ねをり山中のぽつかり野
 遁走の蜥蜴に重き尻尾あり
 秋深し諏訪に良き人らと眠り
 海水もて洗ふ甲板五月来る
 雷あらばほかみとなる犬飼はむ
 わが臍のふくふくとある初湯かな
 鶴歩むかくりかくりと田を汚し
 青き海より太刀魚を引き抜けり
 新緑のまずたぶの木を頼りとす
 底紅や鉄工所より朝の音

 わが臍のふくふくとある初湯かな

「とりわけこの一句が好き」って言ってPさんはさっき退社した。なるほど。身体が温かくなってくるような気持ちのいい句だ。初湯につかりながら五臓六腑の充実を臍に見出している。お臍が嬉しそうにしているようにもみえる。年の初めにこんな風に思えたらなんと倖せなことよ。

 青き海より太刀魚を引き抜けり

わたしのこの一句に立ち止まった。太刀魚って長くて細くてシャープな魚である。「釣り上げた」のではなくて「引き抜けり」と詠んだところが巧い。まさに引き抜くように釣り上げたのだろう。そしてあえて「海」に青きをかぶせた。海の青さごと太刀魚を引き抜いたという、この一句を海の青さが支配した。鮮烈な印象を与える一句だ。

 行く春の豚に十二の乳首あり

豚に十二の乳首があるっていうこと知らなかった。長閑でややけだるさを感じさせる一句だ。よく肥えた子育て真っ最中の豚なのだろうか、しかし、きっと豚は忙しそうにはしていないのだろう。生命の生成の渦中にいる豚にも春はすでに逝こうとしている。時はとどまることなく常ならずではあるけれど、子育ての豚の乳首は漲っている。命の手応えというべきか。


平成十一年に仕事を辞め何もすることが無い時に妻のすすめにより公民館の俳句講座を受講したのが始まりでした。全く俳句から離れた時もありましたが、飼犬「ガク」との夕散歩の折に句がふっと浮ぶことがあり再び始めました。私の句は、生れ育った在所(加江田)やその周辺の四季を詠んだものです。山があり川があり谷があり、その間に集落があり田畑があります。その先には海(日向灘)があり青島があります。その全てが私の句作の場であります。

「あとがき」を抜粋して紹介した。

ほかに、

 神主の春田走れる早さかな
 蟇しばらく酒を断たうかと
 零余子飯むしろ淋しき日なりけり
 節分の鬼の行方を知らざりき
 蜉蝣に最も昼のかがやけり
 三月の雲どかどかと海にあり
 八月の蟻そくそくとそくそくと
 酒は酌むべしかなぶんのぶつかるも
 鶏頭を見る呼鈴を押しつつも
 柊の花なり神の匂ひせり


本句集の装幀は和兎さん。


縄文への指向。_f0071480_17405288.jpg


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縄文への指向。_f0071480_17405533.jpg
カバーはグラシンで巻かれている。


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縄文への指向。_f0071480_17410145.jpg
扉。 
見返しは、表紙と同じ用紙。


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いつか正博さんの故郷宮崎を訪ねて、たぶの木の葉鳴りの下で藷焼酎を酌んでみたい。


と小澤實主宰。(序より。)



 薄氷の水へと戻る音したる

「薄氷(うすらい)」が、溶けて水へと戻ったとき、その音を聞いたというのだ。いったいどんな音だったのだろうか。そのことには触れていない。しかし、音がしたのだ。溶けるという氷から水への変化は通常無音であると思う。だけれども氷がある緊張の下からその形態をくずして一挙に溶けるとき微かな音をたてることだってあるだろう。その音を聞きとめたのだ。その音によって耳が春の音を捉えたのだ。







「今日はノー残業デーにしましょう」ってスタッフたちは、みんな定時に帰っていった。

(いいなあ…)

わたしは「ブログ」を書かなくっちゃいけないから、一緒に帰れない。

「ひと月に一度はかならずノー残業デーにしましょう」だってさ。

別に文句はないけど、羨ましいぞ。。。







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by fragie777 | 2019-04-19 19:32 | Comments(0)


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