|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
3月26日(火) 桜始開(さくらはじめてひらく) 旧暦2月20日
神代植物園では、枝垂桜がすでに開花していた。 わたしは傍にいってうっとりと花を見上げた。 鵯がやってきた。 この木を気に入っているらしく、わたしを脅すように傍をさっと飛び去った。 (あきらかに威嚇だな。。。) 莟もたくさんあってこれからますます咲き揃っていくのだろう。 23日は星野立子賞の授賞式であったが、受賞者である対中いずみさんは、翌日俳句仲間の金山桜子さんとふたりで星野立子の墓前にお参りをしたということである。 その写真を送っていただいた。 ![]() 金山桜子さん撮影。 存分に手を合わせて、御礼や今後の誓いなども申しまして、何か安堵いたしました。 と、対中いずみさんはメールを下さったのだった。 今日は新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装 190頁 著者の大坂茂子(おおさか・しげこ)さんは、昭和13年(1938)岩手県二戸市生まれ、現在は盛岡市在住。平成12年(2000)年「いわて社会保険センター俳句講座」に入門してより小原啄葉氏の指導下で俳句をはじめられた。平成13年(2001)「樹氷」(小原啄葉主宰)入会、平成15年(2003)「樹氷」同人となる。俳人協会会員、岩手県俳句連盟幹事。本句集は平成12年から平成29年(2017)の作品を収録した第1句集である。小原啄葉主宰が序文を寄せている。抜粋して紹介したい。 著者大坂茂子さんは、岩手県環境保健部医務課に、技術副主幹兼看護係長として勤務していた。従って県庁生活は私の後輩に当る。現在もなお岩手県看護連盟顧問等を経て、日本看護連盟名誉会員として活躍中である。私が茂子さんを知るようになったのは、彼女が平成十二年に「いわて社会保険センター俳句講座」に入門してからである。私は茂子さんの将来も考え、直ぐに「樹氷」への入会を勧めた。茂子さんは、岩手県看護連盟会長、顧問などの職を持ちながらも、俳句文芸にも天分を発揮。「樹氷」誌における成績も常に上位にあった。 という書きだしで序文ははじまる。そして大坂茂子さんの句をたくさん挙げて一つ一つを丹念に鑑賞しておられる。 地吹雪を潜りて北の貌となる 北の貌は北国の風土によって磨きぬかれた逞しい貌。その貌は猛烈な地吹雪によって鍛えられた貌であると作者は言う。私に〈名物と訊かれ吹雪と応へけり〉という拙句があるが、北国の吹雪は殊の外厳しい。地吹雪は、地面に降り積もった雪が風に吹き上げられるもので、視界が奪われるほどである。 「俳句は風土の詩」。この句は風雪に耐えぬく北国の人間像をよく描いている。 ほかに、 幾度も母抱きかかへ明易し 裸木の孤高の黙も鬼房忌 鳩居堂に香買つてゐる敬老日 葉桜やどのベンチにもホームレス 桜満開人間誰か狂ひ出す テムズ河越えて女王の夏離宮 創世記のやうな空なる大夕焼 霾や幾万の鶏埋められて 著者大坂茂子さんの作品は発想自体から既に他を抜いていた。これは天分というほかに言いようがない。特に地吹雪の句、葉桜の句、桜の句等は永く後世に伝えられ、後進のよき参考になることであろう。 本句集の担当はPさんである。 人日の山白雲に正座せり 恍惚の人となりゆく百日紅 地吹雪を潜りて北の貌となる 冬の虹太く短く田に立てり山河あり青空があり山笑ふ 萩月の佳き日を選び逝きにけり 悲しみはルオーのピエロ青葉木菟 Pさん曰く、絵画の句が多いと。たしかにこのほかに「首長きモジリアニの絵春愁」「マチス画の光飛び散る夏日かな」「重ねゆくゴッホの彩や豊の秋」「ゲルニカの空となりゆく大夕焼」などがあり、絵を見ることがお好きな大坂茂子さんなんだろうと思った。そのなかでもわたしが特に好きなのは次の一句である。 ピカソの青流してをりし秋の川 秋の川の色に「ピカソの青」を見るというのが面白いと思った。川にもまたそれぞれ四季があるが、とりわけ澄んだ美しい色をみせるのは秋の水だ。その色を「ピカソの青」と捉えたところがすこぶるいいなあと思ったのだ。「流れてゐたり」ではなく、「流してをりし」と秋に主体があるように詠むことによってあやふやな色でなく、「ピカソの青」の色がわたしたちの脳裏に鮮明に刻まれるのだ。そしてその川は「春の川」でも「夏の川」でもなく「秋の川」以外には考えられない。シンプルにして極めて印象的な一句だと思った。 恍惚の人となりゆく百日紅 100歳を超えられているお母さまを詠んだ句だろうか。これは「百日紅」がすごく良いと思った。100日も咲き続ける百日紅の花、炎天下に鮮やかな色失わずに咲き続けている夢見るような花である。この花を猛暑のころに見上げると頭がくらくらしてくることがある。目の前の老いて衰弱していく母の傍らに咲く「百日紅」の花。恍惚の母をあたたかく肯いながら、そういう母であってもどこかに美をとどめておきたい、そんな著者の切々とした思いが伝わってくくる一句だ。 百歳の命ますぐに石蕗の花 母住まぬ家に日当る石蕗の花 句集名となった「石蕗の花」の句は二句ある。どちらもお母さまを詠んだ句である。あとがきに「句集には母の句が多くありますが、啄葉先生から「百歳のお母様の句を沢山作りなさい」と励まして頂きました。とあるように本句集にはお母さまの句がたくさん収録されている。きっと著者の大坂茂子さんにとってお母さまは、この「石蕗の花」のように明るい花のような存在であるのだろう。老いてもなおこうして娘に肯定的に詠まれ続ける母上というのは、なんとも倖せな存在だ。 二〇一一年三月十一日の東日本大震災の被災体験も忘れられない出来事でした。 と「あとがき」にあるように、被災された時の句もたくさん収録されている。 真つ黒な津波の跡の春の泥 家毎に死者の目印鳥雲に 大地震の年の豊かな栗の花 いくつか紹介したが、このようにして被災体験が本句集に刻印されている。そうして生きて来られた今日なのである。 ほかに、 冬の川黒き音して流れけり 泣くやうに笑むやうに舞ふ春の雪 音のなき音を重ねて春の雪 雛の如母は小さくなられけり 泣くことも会話の一つ火恋し 御茶ノ水駅とは佳き名水温む 裸木の晩年といふ自由かな 本句集の装釘は君嶋真理子さん。 石蕗の花の黄色をどこかにイメージした装釘となった。 見返しは淡桃色。 表紙のクロスは、淡い黄色。 型押しがきれいである。 扉。 花布は、紅。 この紅色が装釘の差し色となっている。 慎ましやかな大坂茂子さんは、最初「装釘がすこし華やかすぎて」と言っておられたのだが、出来上がった本を見てとても気に入ってくださったのだった。 晩学の俳句との出合いではありましたが、俳句を学ぶことにより、人生が楽しく、豊かになりました。 と「あとがき」に大坂茂子さん。 みちのくの桜は蒼く咲きにけり きっと「みちのく」に住んでおられる大坂茂子さんの実感であり発見なのだろうと思った。この句から野澤節子の「さきみちてさくらあおざめゐたるかな」の句をすぐに思いだしたが、野澤節子の句は桜は目の前の桜から見出された実感であり、大坂さんの句は、目の前の桜にかぎらず「みちのく」という古称が支配するところの桜であり、それは一人の実感を超えて説得力を持つのではないか、とわたしは思った。桜の季節に東北を旅したときは、きっとこの大坂さんの一句を思いだすだろう。特に震災を経たみちのく人はこの「蒼く」にさまざまな思いを籠めているのではないか。。と思う。実際は震災前に詠まれた一句ではあるが。
by fragie777
| 2019-03-26 19:36
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||