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12月5日(水) 納めの水天宮 旧暦10月28日
写真はパリ・カルチェ・ラタンにあるパンテオンの傍らのコルネイユ像。 (おお、こんなところにコルネイユさんが……)と思った。 17世紀のフランス古典主義の劇作家だ。ラシーヌ、モリエールとともに学生時代に読んだ(邦訳が中心)作家であるが、悲劇作家のラシーヌの格調は好きだったし、喜劇作家のモリエールはもっと好きでこちらは片っ端から読んだ。「守銭奴」「人間嫌い」「ドン・ジュアン」「病は気から」などなど、読めるものは読んだ。コルネイユも読んだのだが、何を読んだか覚えていない。しかし、である。モリエールも今は読み返すことがほとんどない。それらの本の一部はいまも書棚に古びておかれている。 学生時代に読んだものはいったいわたしの血や肉になっているのだろうか。 いや、何にもなってやしないわ、きっと。 しかし、こうやって思わぬところで出くわすコルネイユさんは、まったく知らないお方ではなく、青春の日々が甦りなんとなく懐かしく嬉しい思いを抱かせてくれる。 昨夜は友人たちと楽しいお酒を飲んだのはいいが、帰ってからなかなか寝つかれず夜中の2時過ぎになった。そういえば最近会った俳人の川島葵さんが、インターネットより朗読を聞いていると言っていたことを思い出し、彼女は太宰治や林芙美子を聴くと言っていたが、わたしは何を聞こうかと太宰なども検索し、「人間失格」があるということは分かったが、ちょっと聴く気分になれず、新約聖書の福音書を聴くことにした。「マタイによる福音書」が見つかったが、マタイはあの冒頭のアダムからつらなるイエスまでの系譜がちょっとイヤだなと思い、マルコの簡潔さがいいと思ったのだが、「マルコによる福音書」は見当たらず(きっとあると思うけど)「ルカによる福音書」があったので、クリスマスも近いことだし、ルカを聴くことにした。朗読は男性の声ではじまった。聴いているうちに眠くなるだろうと思いながら、天使ガブリエルが二度登場したところまでははっきりとしていたが、そのうちウツラウツラしはじめ、しかし、熟睡はできず朗読はつづいていた。2時間くらい経ったころ、ふたたびはっとして気づいたとき、今度は女性の声となって「第十七章」と始まった。そうか、まだ十七章かなどと思いながら、朗読を聴くことをやめて眠ることに専念するためにiPhoneを切ったのだった。 今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、 三森鉄治句集『山稜』の第5日目。 亡き師亡き村ひぐらしのこゑの中 三森鉄治 「亡き師亡き村」と「亡き」を二度重ねる。亡くなった先生、その先生がすでに亡くなってしまった村というのだ。この重複が深い喪失感を描き出す。三森は二十代半ばから飯田龍太に学んだ。2007年、龍太逝去。句集『山稜』から。 新刊紹介をしたい。 46判変型ソフトカバー装 144頁 本著は、昭和64年(1989)に刊行された波戸岡旭(はとおか・あきら)氏の第1句集『父の島」の新装版である。序文を能村登四郎、跋文を林翔が寄せている。 新装版にするにあたって、波戸岡氏の「復刻新装版のためのあとがき」を紹介したい。 まもなく年号が変わる。第一句集『父の島』の上梓は、昭和の最後の年であったから、あれからおよそ三十年が経ったことになる。この間、『天頂』『菊慈童』『星朧抄』『湖上賦』『惜秋賦』と、第六集まで編んだ。 平成の終わらんとする今、第一句集を文庫本化することに、さしたる意義は見出せないが、それでも自分にとって、今一度、原点であるものをとりだしてわが出発の足場を確認しておくことはそう無意味だとも思えない。 来年、わが「天頂」は創刊二十周年を迎える。それを記念に第七集を上梓することも考えているので、このたびの新装版上梓は、少なくとも私にとっての更なる飛躍のための踏み板とするという意義はあるかと思うのである。 『父の島』を上梓された時は、「沖」の同人でおられた波戸岡氏がいまは俳誌「天頂」を主宰され来年には20周年を迎えるという。そのためにもう一度原点に立ち返って、第1句集の作品をこうして形にのこして置こうというのである。「天頂」に学ぶ人たちにとっても、師の第1句集をこうしたハンディな形で手にすることは意味のあることだと思う。その瑞々しい叙情はいまでも健在であるとわたしは拝読しながら思ったのだった。 能村登四郎の序文と林翔の跋文を少し紹介したい。 波戸岡という名はあまりきかない名である。しかも書いてみると字面(じづら)が仲々悪くない。何かの時に生まれを尋ねてみたら、瀬戸内海の生口島(いくちじま)だという。数年前、私は初めて松山から尾道へ行く時に、船で大三島へ渡り、瀬戸内の海の美しさに魅せられた。波戸岡という名もやはり瀬戸内を離れては考えられない名だということを、その地を踏んでみてはじめて感じた。 耕して島は天頂まで潮騒 立ち泳ぎして島山をみじろがす 枯れといふ身軽さ海になかりけり 夜食とる大きな頭ばかりなり 瀧を見し総身針の如くなり 遠火事に把手の濡れてゐる不思議 波戸岡さんは、句会で点を稼いだり、最高点になる型の作家ではない。どっしり構えて、ものの本核を掴んでいく作家だと思っている。若い時に才智をひらめかせる人は、すぐ色褪せてしまうが、波戸岡さんはこの先もっと大きな力の出せる人だと思っている。(略) 句集の出方としては、もっとも時宜を得た出版だと思うが、この句集を土台にして、更に大きな飛躍を希望するものである。 能村登四郎の序文より抜粋して紹介。 以下は林翔の跋文より。 下り立ちて父なき島の油照り 虹の根にもつとも濡れて母の島 役者絵の顎うす蒼し秋黴雨 嫌はれて黴は極彩色に酔ふ 処女雪に声あげてわが倒れたり ふたすぢのちから等しきさくらんぼ 口紅をおとして妻もおぼろめく 母は子に千の手をもつ柳の芽 膝送りして新涼の畳かな 実はびっくりしたことから書き始めたかった。佳句が多いことにびっくりしたのである。何を今更と言われるかも知れないが、多士済々の「沖」に於て波戸岡旭氏は必ずしも眩ゆい存在ではなかった。今でこそ神奈川支部長として「沖」の一翼を担っているが、眩ゆい人が多すぎた為か、割合と地味な存在だったように思う。毎月数句ずつ発表していた時にはさほど目立たなかった人が、句集を出して遽かに光を放ったという例はよくあるが、波戸岡氏もその一人であろう。 能村、林両師とも、句会などで目立たない存在であったが、句集となってよりの波戸岡旭の作品の力にあらためて瞠目している。初版がすべて正漢字表記のため、この新装版もそれを踏襲したが、ここでの引用句はすべてはそうでないことをお許しいただきたい。 能村登四郎の序によると、波戸岡氏は早くに父親を亡くされ、母親の手によって育てられたという。『父の島』には「母の死」も詠まれているが、一貫しているのは母への思いだ。たくさんの句があるがいくつか紹介したい。 母は孫ふえて小さし白あぢさゐ にこやかに母は死を言ふ夜の蝉 冬耕の母に近づく衜あらず 母の忌のあと音たてて紅葉山 母失ひし遠き日も冬ぬくかりし だんだんと母が濃くなる大根干 母は子に千の手をもつ柳の芽 この句について、林翔は「母は作者の夫人であろう」と書き「愛児に対して限りなく手を掛けている母親を千手観音になぞらえた」と読み解いているが、わたしはまず波戸岡氏の母親の手を思い浮かべた。母の手の記憶があるから、目の前の子育てをしている妻の手を母の手に重ねて詠んだのではないか。亡くなった母を詠みつづける波戸岡氏ゆえにそう思ったのだ。また、そういう優しい母の記憶を持つ子ども時代を送った波戸岡氏は幸せであるとも。「母失ひし遠き日も冬ぬくかりし」という句があるように母の記憶はどこまでもあたたかだ。 肩先に靑空が觸れスキー履く この一句、さりげない一句であるが好きである。よく晴れ渡った山上のスキー場が見えて来る。気持ちの良い句である。雪のまぶしさや明るさ、弾む心までが見えて来る。「肩先に」がいいなあ。尖った若々しい肩先、かつて加山雄三演じた「若大将シリーズ」みたいだ。(古いなあ、わたしも……)スキーも遠い記憶となりつつあるyamaoakaであるが。 遠火事に把手の濡れてゐる不思議 能村登四郎が序文にあげていた句であるが、これも立ち止まってしまう一句である。「ゐる不思議」という下五があるが、全体の意味が不思議である。遠火事とドアの把手が濡れていることはなんら関係がないはずである、それをあえて取り合わせてしかもいけしゃあしゃあと「不思議」とおく。でも、濡れた把手が妙にリアルで面白いのだ。 かつて或る恩師が、私とよもやまの話をして下さっていた折、ふと、「私は若い頃には歌を作っていましたが、研究のためにやめたんですよ」とつぶやかれた。何気なくおっしゃった一言だったが、その時私はぎくりとしたのを、いまも昨日のことのように思い出す。折口信夫の高弟で、斯文の碩学である師の言葉に強く胸打たれ、自ら顧みて忸怩たるものがあった。菲才をかこちつつ、句作と称して空転する時間に苛立(いらだち)を覚え、幾度か俳句を断念しようと思っていた頃である。 けれど、季節の移ろいに出合うたびに、いつのまにか句らしきものを案じている自分に気づき、結局はとめられないできた。そうした迷いの時期にも、ともかくも「沖」への欠詠だけはしないできた。とりたててこれといったきっかけもないが、やがて、自分にとってはこの道も捨て難いものであることを、日一日と確信するようになった。 第1句集に収められた「あとがき」を紹介した。この頃は、波戸岡旭氏は、國學院大學で漢文を教えて折られたのではなかったかと思う。漢字へのこだわりがあって、正漢字表記を用いられたとも。 この新装版は君嶋真理子さんの装幀によるものである。 新装版のハンディなものであるが、堂々とした一冊となった。 とまれ、今見えているものの先を見、今聞こえているものの先を聞き、今詠めたその先を詠みたいと願う。この一念が私の句作を動かす原動力であることを、ここに記しておきたい。 「新装版のためのあとがき」より。 初心とは違ふ白さの泰山木 泰山木の花って大きくてやや黄色味がかっていて濃厚な白である。その肉厚の花びらゆえに重さを感じさせる白である。その泰山木の花の白を「初心とは違ふ」ととらえたところが面白いと思った。では初心の白ってどんな感じって、それは人によってさまざまかもしれないが、たとえば私だったら何だろう、う~んと、そうだな、辛夷の白とかそう思うけどどうかしらん、白百合の白をそう思う人もいるかも、そのイメージはさまざまあってもいいけど、少なくとも、泰山木の白じゃないねって思うのは共通していると思うんだけど、どう?いや、そんなことないぞ、って異議を唱える人がいるかもしれないが、少なくともyamaokaは、波戸岡旭氏に賛成である。 今日、池田澄子さんからお電話をいただいた。 「ねえ、あなた、すこし張り切りすぎじゃない。大丈夫なの?」心配してくださっている。 「ええ、本当に。。。自分でもおかしいよって思ってるんです。どうかしちまってるって」 「そうよ、今元気でもあとでどっときたりして、そうなると大変よ」 「ありがとうございます。そうですよねえ、なんだか、先を考えずに予定を入れていったらこうなちゃって。」 「ともかく、頑張りすぎない方がいいわよ」と優しくおっしゃって池田澄子さんは電話を切られたのだった。 自分でも呆れているし、このブログを読んでくださっている方もきっと呆れていると思う。 いまにぶっ倒れるかもしれなくてよ。 しかし、である。 先日、整体をうけたのだけど片山洋次郎先生は、「相変わらず力がありますねえ」とわたしの丹田をぐっと押しておっしゃったのだった。 どう思われます?
by fragie777
| 2018-12-05 20:01
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