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6月26日(火) 菖蒲華(あやめはなさく) 旧暦5月12日
今日の七十二候に従って、神代植物水生公園の花菖蒲。 すでに盛りは過ぎてしまったと思うが。 先日、第九回田中裕明賞受賞の小野あらた句集『毫』を再版したのであるが、迂闊なことに帯をつけるのを忘れてしまった。 もとより初版本に帯がない本だったので、再版をいそぐあまりそのことを考えずにすすめてしまったのである。 遅ればせながら帯を急遽つくったのだった。 どう! 帯とはまさにこういうためにあるものである。 帯にはそれぞれ選考委員の言葉を付した。 この帯色は、本句集のクーター(貼り合わせていない背からのぞく部分)と扉の用紙の色である。 やはりこうでなくっちゃね!! それでは、 さっそくに新刊紹介をしたい。 ふらんす堂のホームページの連載サイト「俳句日記」に2017年の1月から12月まで連載していただいたものを一冊にしたものである。 俳句に日記形式の短文を添えるものだが、現実には当日より一週間から数日前に原稿をいただく。 だから執筆者は、日にちを先取りした文章を書くわけである。 しかし、こうして一冊となってみると、まさに日記の様のことこまかに充実した日々が綴られている。 とくに西村和子さんの「日常の質の高さ」はどうだろう。 ヘンな言い方で恐縮だが、物理的にも精神的にも豊饒な日常が展開されていくのである。 いまあらためて1年間を読み通してその思いを新たにした。 いくつかの日記を紹介したい。 一月七日(土) 【季語=初仕事】 いまだにペン胼胝が消えない指。丁寧な選句ができるよう、マニキュアを塗ることも仕事をはじめる時の儀式。句作も選句も添削も、手仕事だ。 ペン胼胝にあてて朱筆や初仕事 四月十三日(木)【季語=啄木忌】 定型詩の魅力に目覚めたのは、中学生の時、啄木の歌を知ったから。その頃買った岩波文庫を、今も折々ひらく。昭和三十八年発行、第二十七刷、定価★★★。★ひとつたしか五十円。好きな歌に印がついている。 頬の寒き 流離の旅の人として 路問ふほどのこと言ひしのみ この歌もそのひとつ。 啄木忌天地焼けたる文庫愛(を) し 六月二十七日(火) 【季語=沙羅の花】 十数年前、海老蔵襲名興行を歌舞伎座で夫と観た。お父さんの團十郎さんが急性白血病のため、安宅の関の弁慶役を急遽坂東三津五郎さんが演じた。六方を踏んで花道を去る三津五郎さんに、芝居の神様が光を注いでいるのが見えたと思った。その日から大和屋のファンになった。 あの日感動を分け合った夫も、名優たちも、もはやこの世の人ではない。 この数日、マンションの玄関の沙羅の花がしきりに散る。 亡き人の数ほど散りて沙羅の花 八月三日(木) 【季語=冷奴】 とうふは京都嵯峨野の森嘉のきぬごしが最高と思っていた。関西暮らしの頃は時々味わったが、東京では望めない。先日、山形で木綿豆腐の「だし」を食べ、久しぶりに木綿を買ってまねてみた。オクラ、茗荷、胡瓜、大葉を微塵切りにして、だし醤油で和えて冷奴に載せただけだが、あっさりしていて食が進んだ。なぜ「だし」と呼ぶのだろう、他の野菜も刻むのだろうか。 冷奴絹に如(し )かずと思ひしが 十月二十九日(日) 【季語=秋深し】 金戒光明寺で夫の十三回忌の法要。「じいじはどうして死んじゃったの」 孫の無邪気な言葉に胸を突かれる。 「どうして死んじゃったの」この歳月、心の内で折々その問いかけを繰り返してきた。たぶんこれからもずっと。 少年のなぜは我が何故秋深し 十二月九日(土) 【季語=漱石忌】 漱石山房には弟子たちが集まる日が決められていたそうだ。師弟の時間は、失われてみると至福の時だったと知る。清崎先生に三十三年間師事したが、関西に移り住んでからは句会で直接指導を受けることが叶わなくなった。そのかわり、何度か先生のお宅を訪ねて、一人で話を伺ったことがある。句集出版の折など、俳句人⽣の節⽬だったと思う。私の問いに対する先生の答は時に私の想像を超えるものだった。その言葉が今も心に響いている。 漱石忌対座の時の戻らざる 十二月三十一日(日) 【季語=年の夜】 賑やかな孫たちが帰り、大晦日の静けさがやって来る。六十代最後の年が暮れてゆく。 年暮れてわがよふけゆく風の音おとに心のうちのすさまじきかな 『紫式部日記』、寛弘五(一〇〇八)年師走二十九日。 年の夜の風の音にぞ死者亡者 たくさんの日記を紹介したいところであるが、わずかにとどめる。 西村和子さんにとって2017年は60代最後の年となったのである。 この一年ほど季節の移りゆきをこまやかに感じたことはなかった。日々異なる季語を詠むことで、これほど日常を襞深く過したこともなかった。六十代最後の年の何よりの記念になった。(略) 題名は七月七日の句からとった。この一冊を手にした日付から読んでいただいてもいいし、飛ばし読み、あと戻り、拾い読み自由。日記とは言え日録ではないので、書きながらも思いは時空を超えて千年の昔へ飛んだこともあり、遥か彼方の光景を思って詠んだ句もある。一ページの扉から、心の奥底や追憶や将来の夢へ旅立っていただけたら嬉しい。(略) 私の七冊目のちょっと風変わりな、いとしい句集となった。 「あとがき」を抜粋して紹介。 本句集の魅力にひとつに季語の多彩さがある。ほぼ毎日異なる季語で詠まれている。 西村和子さんが行方克巳さんと代表をつとめる俳誌「知音」の人たちは、この「俳句日記」がアップされると同時にページにアクセスし、みな師と同じ季語で俳句を作ったと言う。 本書の製作担当のPさんは、「西村先生は、美意識のある方だと思いました。また。亡くなったご主人への思いの深さも。お一人で寂びしいかもしれないけど、日々の暮らしの充実した豊かさはきっと俳句とともにある人生によるもんなんだなあって思いました」 わたしはそれを聞いて、また本書を拝読して(ああ、本当にそう……)と心から思ったのだった。 西村和子さんは、本書においていろいろな季語にも挑戦しておられる。 いままで聞いたり見たりしたことがない季語もある。 そのうちのひとつを紹介すると、「酒星」。 知ってました? 本書で学んでくださいませ。 本書の装丁は和兎さん。 紫が美しい。 金箔がよく映える。 扉。 花布は金。 栞紐は、紫。 こういう紫は、若いねえちゃんにはまだまだなもの。 成熟し奥行きのある女性にこそふさわしい。 西村和子さんはひと目でこの紫を気に入られた。 集名の「自由切符」は、7月7日の〈白靴や乗り降り自由切符得て〉による。 まさにいま西村和子さんは、この「自由切符」を手にしている。 自由切符の欲しい方、 本書には、それを手にする方法が書いてあるとわたしは思っている。 でもね、心を研ぎ澄まし静かに集中力をもって本書の声に耳を傾けないと、なかなかこの「自由切符」を手にする方法を習得することができなくてよ。 うーん、 かなり難しいかも。 でも、 絶対不可能っては思いたくない。 頑張りましょうよ。。。。
by fragie777
| 2018-06-26 21:42
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