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6月25日(月) 旧暦5月12日
昼顔の花。 このかすかなピンク色がけっこう好み。 新聞の紹介記事をまず紹介したい。 すこし前の17日の朝日新聞の「風信」に、塙義子句集『実南天』が紹介された。 父母になき余生賜り実南天 第3句集(共著含む)。作者は長年「萬緑」に投句。 23日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、花谷清句集『球殻』より。 石鹸(シャボン)玉吹かれて無理のなきかたち 花谷 清 子どもが入ってしまいそうな大きなシャボン玉を想像した。それほど大きくなくとも、ゆらゆら揺れながら重力と気圧と表面張力の折り合いを探っている。職場や学校や家庭で人間にもこんなところがあるかもしれない。句集『球殻』から。 24日の毎日新聞の「今週の本棚」には、高野公彦著『北原白秋の百首』が紹介された。抜粋して紹介したい。 白秋の生涯にわたる表現活動を、「詩の一つの焦点とし、短歌をもう一つの焦点とした大きな楕円」と喩え、「自分の心を表わす言葉を少しでも〈音楽〉に近づけてゆく。それが歌人白秋の最も究めたかった目標ではなかったか」と言う。 現代歌人の中でもとりわけ言語感覚豊かな著者による、白秋の歌と鑑賞の魅力を堪能できる一冊。 平明な文章により、この迷宮に遊ぶ楽しさを味わう。 25日の毎日新聞の新刊紹介には、ふらんす堂刊行書籍が二冊とりあげられている。 まず、『自句自解Ⅱベスト100仁平勝』。 俳壇の論客による自句エッセイ集。〈なきがらの横にビールを注いでをり〉など、自死を選んだ弟にちなむくだりや、大人の生き方を描いた文章に読者はしみじみとさせられる。 もう一冊は小林都史子句集『木の葉舟』。 なんとまあ遺品の中に木の葉髪 柩には楽譜に煙草革ジャンパー 92歳の第2句集。嘆かぬきっぱりとした作風は、逆縁という不幸を詠むにも生かされている。 同じ毎日新聞の岩岡中正さんによる「俳句時評」は、岩淵喜代子句集『穀象』と、西村和子俳句日記『自由切符』に触れている。 抜粋して紹介したい。タイトルは「混沌に『母船』求め」。 5月26日、岩手県北上市で日本現代詩文学館賞が、岩淵喜代子『穀象』に贈られた。 穀象に或る日母船のやうな影 水母また骨を探してただよへり 虚々と鳴く鯰に髭のありにけり 生きてゐるかぎりの手足山椒魚 これは、穀象、水母、鯰、山椒魚という異形の動物たちがクローズアップされた不思議な世界。確かに俳味俳諧味なのだが、それを超えてどこかシュールで寓話性あふれる、まるでヒエロニムス・ボスの世界を思わせる。昭和に続く平成の終りの今、この一種世紀末的混沌と不安の中で、「存在」の確かさが求められている。浮遊して寄辺ないこの時代に、掲句のように生のかなしみをいとおしみ包みこんでくれる、私たちの「母船」はどこにあるのだろうか。本書には、夢と現(うつつ)の間からものを見ている人間の眼差しがある。 他方、西村和子『自由切符』は日記形式による、日々の確かな感動の記録。著者自身「日々異なる季語を詠むことで、これほど日常を襞深く過したこともなかった」という、一年間の充実した生の証しであり、己との存問の記録である。一方で歯切れの良い向日性の俳句とともに、他方でしみじみと繊細な情感あふれる句や古典を踏まえた句も魅力。一句一句に、著者の豊かな時空の記憶がこめられている。 光増しつつ白木蓮(はくれん)の花仕度 爽籟や音読の句の立ち上がる 鹿鳴くや茶粥の椀を置きたれば 読初の今は昔のものがたり 今日はお客さまがいろいろとあった。 午前中には、鵜山仁、丘子ご夫妻。 5月に亡くなったお母さまの井坂弘子遺句集『柊の花』を刊行させていただいた。 その御礼にとわざわざご来社くださったのだ。 「友人や知り合いの方に少しずつ差し上げているのですが、皆さんとても喜んでくださいます。読みやすいっておっしゃられて」と鵜山丘子(たかこ)さん。 「本もすごくきれいに仕上げてくださって」とおっしゃっていただけたのは、版元としてはとても嬉しい。 本句集は、丘子さんのご主人の鵜山仁(ひとし)氏の尽力に負うところが大きい。 鵜山仁氏は、文学座所属の演出家であり、その多彩な作品は演劇界のあらゆる賞を受賞されており、日本の演劇界における優れた演出家のお一人である。 生前に井坂弘子さんより選句をお願いされていた鵜山氏は、超多忙な時間を割いて、選句と編集に取り組まれたのだった。 言葉のみならず空間を意識される舞台演出家の目によって編集された俳句は、一句一句の配置に心を配り、俳句が一つの映像のように立ち上がり次の句の映像へと移っていく。そんな細やかな演出を感じさせるものがある。 たとえば、68ページから69ページへと並べられた作品、 大空に黄金ちりばめ枇杷熟れぬ 空青し向日葵の目の濃く淡く 塀越ゆる百日紅の白空真青 まくわ瓜黄の一と色に燃えゐたり 朝まだき蝉の唱名始まれり ふり晴るる空に合はせて蝉の声 最初の一句から鮮やかな色彩が立ち上がる。大空の青と黄金の枇杷、その色は次の一句へと渡されていき、今度は向日葵の黄色と青空、そして三句目は、百日紅の白と真青なる空。ページが移ってふたたび真桑瓜の黄色がもえたつ、そして次の句からは色彩が消え、音へとわたしたちの感覚を誘っていく、その音は時間の経過とともにますます激しくなる。際やかな映像から鋭い音への移行。そして空間から時間へと意識が変わる。さりげなく配されていてそれと意識しないと読み過ごしてしまうかもしれないが、実は研ぎ澄まされた演出があるのだ。たまたま開いた2ページなのだが、ほかのページも同じように演出者の目によって編集されたものだ。 亡くなられた井坂洋子さんは、ご自身の俳句が、鵜山仁氏によっていかなる世界を見せてもらえるか、きっとそれを楽しみにしておられたのだと思う。もちろん収録された一句一句は味わい深いものがあり、それ自体できっちりした俳句である。しかし、どう並べるか、どういう句をもってくるか、自選ではなく別の他者の目を介在させることで、あるドラマチックな世界が立ち上がる。鵜山氏はきっと俳句を演劇空間のなかにおき、一句一句の関係性を大事にしながらあえて言えば句を素材にしながら句からたちあがる劇空間を構成していったのだ。今日お目にかかってあらためてそれを思った。 これは通常の俳句を編むという行為とすこし異なるのかもしれないが、たいへん面白い試みだ。 俳句の作品群がまったく異なる表現者の編集によって新しい世界を獲得していく。 いろんな形でこれからそういうことが為されていってもいいんじゃないかって、鵜山氏にお目にかかってふっとそんなことを思ったのだった。 「演劇とは、言葉を音にすることであって、行間や間(ま)にあるものを拾っていくことんなです」 という鵜山仁氏の言葉が印象的だった。 鵜山仁、鵜山丘子さんご夫妻。 お二人は慶應大学のフランス文学をともに学ばれて、コーラス部のサークルで知り合ったということである。 鵜山氏が座長をつとめる文学座は、そもそも久保田万太郎が岸田国士などと作ったものである。 鵜山氏のお母さまも俳句を作られていて、氏ご自身も虚子の句をよく読まれていたという。芝居でも小林一茶なども手がけられたとも。やはり、俳句との縁(えにし)は浅からぬ、ということなのかもしれない。 「僕が句を選んで並べたわけですが、義母の大切な句を落としてしまっているのではないかとそんなことも思います」とポツリとおっしゃった鵜山仁氏である。そういう思いのある方だからこそ、井坂弘子さんは鵜山氏に託されたのだとわたしは思ったのだった。 お昼よりお二人のお客さまである。 もうずっと前からお約束をしており、わたしはお目にかかることを楽しみにしていたのである。 俳誌「秋麗」主宰の藤田直子さんと、「秋麗」に所属されている志摩鏡子さん。 志摩鏡子さんは松山市にお住まいである。 「秋麗」に数年間にわたって連載されていたエッセイを一冊にまとめるべくご来社くださったのだ。 日常をただ綴ったエッセイというのではなく、日々の時間のなかで出会ったものについて志摩さんの見識や文学的素養を活かしてその出会いを掘り下げて語ってみせるというエッセイである。しかも文章は読み手の心にすっと入ってくるものでいつの間にか引きこまれてしまう。 「ふつうのエッセイとはどこかちがうのよねえ」と藤田直子主宰。 志摩さんの散文の魅力を志摩さん以上に理解し、その面白さをいかに効果的に一冊にするか、さすがにちゃんと視点をもっておられてそのことをわたしたちに語ってくださった。 わたしは藤田さんのお話を聴きながらつくづく、面倒見の良い主宰であるなあ、と実感したのだった。 担当の文己さんがいろんな本を用意して見ていただき、造本やレイアウトを決められた。 志摩さんは、いろいろな才ある方で書道もボタニカルアートもなさる。 今日はご自身の作品をお持ちになって、それをどこかに使いたいというご希望がある。 原稿をいただきながらご本人の希望を伺う時って、わたしは大好きな時間である。 なんでも可能になる時間、これからどんな本が作られていくんだろうって思い、ワクワクする時間。 原稿にこれから魔法がかけられていく時間。と、秘かにわたしが呼んでいる時間。 本づくりみょうりの時間である。 藤田直子さん(左)と志摩鏡子さん。 伺えば、同じ歳でお誕生月も近く、しかも後から分かったそうなのだが、ともに立教大学出身ということ。 藤田さんは高校は立教女学院出身、志摩さんは、地元のミッション系の女子高校を卒業ということで、会ったときから気持が通じあっておられるという。 女子だけの高校を卒業した経験のある女子は、けっこう益荒男スピリットがあるもんである。 (わたしもミッション系ではないが女子高校だった) 女だけの世界で生き生き伸び伸びしちゃうと、女性としてのジェンダーがあまり問われないのである。 で、 そうでない世界に行ってびっくりしちゃうのよ。。。ねえ。 今日は遠いところを有り難うございました。志摩鏡子さま。 また、御多忙のところを有り難うございました。藤田直子さま。 お二人ともお疲れがでませんように。 今日はとても暑かったんですもの。。。。。
by fragie777
| 2018-06-25 21:02
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